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No.042 猟銃で三菱銀行を襲撃・梅川昭美02〜射殺

極悪非道の梅川に対し、警察は突入しての射殺を狙う。突入のタイミングは、梅川と突入班との間に、人質が誰もいない位置関係となった時である。監視している捜査員と隠れている突入班は、その一瞬を待ち続ける。


▼犯人の素性が警察に判明する

No.041からの本文では事件の犯人の名前を最初から「梅川」と書いたが、実際この日のこの時には、警察側には犯人の名前や正体は全く分かっていない状態だった。

0時50分ごろ。現場に強力な情報が飛び込んできた。犯人が三菱銀行まで乗ってきた車は盗難車だということはすでに判明していたが、その車を盗んだという、いわば犯人の共犯ともいえる人物が、岐阜県多治見市の多治見駅前で職務質問によって逮捕されたというのである。

この時、多治見駅の交番の前をせわしなくうろうろしている男がいた。警官が不審に思って「ここで何をしているのか。」と尋ねると、

「今、大阪で銀行強盗をしとる男はワシの友達なんや!」
と、自分から話し始めた。そして犯人が現場まで乗って行った車は自分が盗んだものだとも自供したという。

更に「三菱銀行の犯人は自分の小学校の時の同級生で、去年の12月23日に一緒に銀行強盗をやろうと誘われた。車は1月12日に三重県四日市市で盗んだ。そして車は銀行強盗に使う目的だということも知っていた。逃走を手伝うように車の中で待っている役目を頼まれたが、『俺は降りる』と言って逃げて来た。」と言うのである。

この自動車窃盗犯(31)自体も前科5犯であったが、この男の自供により、犯人の名前が警察側に判明した。大阪市住吉区に住む梅川昭美(うめかわ てるみ)30歳、無職。この知らせを受けてマスコミ各社は大々的にウメカワ テルミの名前を報道したが、「てるみ」の読み方は間違いであった(あきよし と読む)。後に梅川がラジオのニュースを聞いた時に、名前の読み方が違うと激怒している。そしてこの共犯の自供により、梅川の住所も判明した。

その住所に捜査員を向かわせ、梅川が実在の人物であり、今、自宅にはいないことを確認し、供述と合わせて犯人が梅川であることを断定する。


▼少しずつ人質を解放

一方、梅川は再び行員を通じてまたもや要求を出す。今度は洋酒1本、日本酒1本、缶ビール2本を届けろという。伊藤管理官が梅川に電話して缶ビールだけだと説得した。その後カップ麺10個と熱湯の入ったポットが先に届けられたが、ビールはまだだった。
警察が捕らえた銀行内での梅川の映像

行員たちは寒さで震えている。この光景を見て梅川は、
「寒かったらその辺に転がってる死体に灯油をかけて燃やしたらええんや。」と笑いながら言う。

この後、サンドイッチ10人分が届けられたが、ビールはまだである。行員がビールと暖房を強める件で催促の電話を入れた。以前女子行員は全裸のままである。

「寒いもん、疲れたもんがおったら手を上げえ。」と梅川が言うと2、3人が手を上げたが、
「文句の多いやっちゃな。いっそ死んでしもたら寒くもつらくもないで。」
と言うと、すぐに手を降ろした。


全員に向かって言う。「トイレの使用を許したる。ただし、1人20秒までや。1秒でも遅れたら誰か死ぬことになるさかい、よう覚えとき。」
この後しばらくして、客でこの銀行に来ていた高齢の男性が梅川に「トイレに行かせて下さい。」と頼んだ。

梅川が「お前、年なんぼや。」と聞くと「76です。」と言う。

「お前は帰ってもええわ。ご苦労さん、長生きせえよ。」と、ここに至ってようやく人質の1人が開放された。

深夜3時25分、ようやくビールが1本だけ届けられた。梅川は念のため男子行員に一口飲ませて毒見をさせた。15分経ってその行員に特に変化がなかったため、一気に飲み干した。そして再び2階の警察に「ラジオを10分以内に入れいや!要求を聞き入れない時は人質を殺す!」と電話した。

しかし30分近く待ってもラジオは差し入れられなかった。梅川は頭に来てまたもや猟銃を発砲する。天井に向けてではない。その辺にあったロッカーに向かって撃ったのだ。跳ね返った散弾が行員の1人(54)の顔に当たった。死亡はしなかったが、この行員は倒れてそのまま死んだフリをした。

この後、梅川は「ビールのお返しや。」と言って客の1人の女性(24)を開放したが、依然要求のラジオは届けられない。女子行員からも「殺されます。早くラジオを入れて下さい!」「お願いです。ラジオとお酒を早く!もう限界です!」と催促の電話が特捜本部に2本かかってくる。

5時7分、「警察は何を考えとるんや。ラジオはどないなったんや!」と電話した後、発砲する。しかし6時になっても依然警察の反応はない。「ラジオを入れんと、もう1人殺す!」と再び電話。その12分後、「何をしとるんや!早う持って降りて来い!言うてんのが分からんのか!これが最後や!」とまた電話をかける。


梅川の発砲によって明けられた穴
この頃、警察はATM(現金自動支払機)のあたりになんとか隙間(すきま)を作り、ここから内部の様子を探れるようになった。また、集音マイクを仕掛け、音声も拾えるようになった。

6時15分、ようやく要求のラジオを特捜本部が1階に届けにきた。梅川は早速ラジオをつけて、ニュースを聞き始める。

だがラジオで、自分の名前が「うめかわ てるみ」と報道されていることに腹を立て、すぐに特捜本部に電話し「俺の名前はアキヨシじゃ!」と怒鳴り、この後人質の一部を開放した時にも「名前はアキヨシだと報道の奴らに言っとけ!」と怒鳴っている。

酒を要求する電話をかけ、その17分後にまたもや特捜本部に電話する。電話の相手はずっと伊藤管理官が務めていた。
「警察の責任者を出せや。強行突破するんやろ。」「被害を少なくするのがお前の役目やろ。酒を入れたら帰す。」

電話を切った後、ラジオのニュースで年や住まいまで言われていることを受けて、
「もう、バレたか。バレたらしょうがない。何か方法を考えないと・・。」と、1人でつぶやく。

7時24分にカップ酒が1本差し入れられる。そして7時40分「ラジオの見返りや」ということで客の1人である主婦(41)を開放した。しかし行員に対しては「最後は皆殺しや!」と怒鳴る。

この後、女子行員を通じて差し入れ要求の電話が入る。「ホットコーヒー35人分、ホットミルク3人分を差し入れて下さい。」


▼友人たちに最後の挨拶

8時47分。この頃から梅川が意味深な発言を始める。特捜本部に電話し、伊藤管理官に
「玉出(西成区)の交差点の手前にレストランがある。その前に俺の車のマツダコスモが停めてある。トランクの中に知り合いの男から借りた8ミリの撮影機が入っとる。俺は死ぬから、それを本人に返しとってくれ。それからトランクの中には散弾も入っとるから、これは警察で処分してくれや。」

そして男子行員に、自分の車のキーを渡し、上(3階の特捜本部)に通じる階段に置きに行かせた。この後間もなくして人質の57歳の男性を解放してやる。

次に梅川は、銀行の電話から自分の友人たちに次々と電話をかけ始めた。友人(33)に電話し、「カメラと車は返すで。もう一生会えんやろ。」
この後も行き付けの喫茶店のマスターやスナックの経営者、マージャン仲間に次々に電話する。

「ワシや、梅川や。やってしもうた。もうあかん。」
「捕まったら死刑や。みんな元気でやってくれ。」
「あんたのところに5、6千円ツケあったな、あれきちんとするさかいな。」
(友人に電話で自首を勧められて)もう言わんでくれ。今度のことはずっと前から考えてたことなんや。その結果、こうなってしもうたんや。」
「借金、返すで。女を人質に取ると警察には効果あるで。」

この頃から梅川は射殺の可能性が頭をよぎっていたのかも知れない。これまで服を脱がさせていた行員たちに、服を着ても良いという許可も与えた。


▼母親が到着

警察の方では梅川の素性を洗い出し、母親が香川県に住んでいるということを突き止め、大阪府警のヘリコプターが香川県に急行して母親を迎えに行き、梅川の説得のために大阪の現場まで来てもらうこととなった。

10時29分、母親が現場に到着した。「説得してもらえるか?」との問いかけに母親は「撃たれて死んでも構いません、下へ降ります。」と答えた。
銀行内では梅川がまたもやビールを要求していた。

11時4分、ビールを届けると同時に伊藤管理官が梅川に電話する。
「ビール、届いたやろ。おふくろさんが心配して駆けつけたぞ。」

これを聞いた梅川は「そらあかん、切るわ。」と言って電話を切った後、
「おふくろが来たら一緒に死んだるわ!」と逆に怒りをあらわにした。

この後、人質の1人を「ビールの代わりや。」と言って、また1人釈放してやった。


▼梅川の借金返済

梅川は大阪のミナミで、十数年間バーテン兼ツケの取り立て人として働いていたが、その店がつぶれてしまい、無職となっていた。その後、バーやクラブにお客用の贈答品を売る仕事を自分で始めたがこれがうまくいかず、強盗に入った時には500万円以上の借金がある状態だった。

梅川が男子行員に相談を持ちかけた。
「俺はおふくろに遺産として500万残したいんや。それから俺の借金500万を返したいが、後で警察に没収されたんじゃ何にもならへん。没収されんような合理的な方法を考えるんや。」

これに対して集まった3人の行員は検討を始め、「銀行が融資したという形にするのがいいかと思います。」と意見を述べた。
「なら、俺が人質を解放する謝礼として、三菱銀行が自由な意思で金を出すということにして、上司の決裁をもらってこいや。」と梅川は指示した。行員が2階の支店長室へ上がり、中田次長に報告すると、中田次長もこれを承認した。

13時13分に弁当33人分を差し入れすると、また、客の女性の1人(24)を開放してやった。この後、伊藤管理官が梅川に電話し、「おふくろさんに代わるぞ。」と言って母親が電話を代わったが「もしもし」と言った瞬間、電話は切られた。もう一度電話をかけるが梅川は「おふくろの姿が見えたら撃つで。ええな!」とだけ答え、電話を切った。

14時42分、梅川は、人質の1人である進藤業務係長(40)に、先ほど話がついた金を持って行かせるために、その配り先8か所を書き止めさせる。その中には梅川の愛人に100万円、という項目も含まれていた。

銀行で人質を取った状態で、梅川は行員に命じて、自分の借金をそれぞれの借入先に配達させようというのである。

行き付けのスナックの経営者に電話し、
「今から銀行員をあんたの所に行かせるわ。銀行員には行き先のメモを渡しとるから、この銀行員の道案内を頼むで。メモに書いてある金をそれぞれに渡して欲しいんや。」

現金を鞄に入れて進藤係長が銀行を出る。一時的な開放となるが、梅川は念を押すように言っておいた。

「相手に金を受け取らせるかどうかはお前のやり方一つや。それで人質がどうなるか決まるで。失敗したら全員を殺す。相手に金を渡したら、そのたびに俺に電話してこい。」

進藤係長は梅川の借金返済の配達に出発した。


▼母親からの手紙

また梅川が電話で要求を出した。
「リポビタンDを3本入れろ。代わりに人質を出したる。」

間もなく、リポビタンDが届けられたが、それと一緒に梅川の母親の書いた手紙も一緒に届けられた。梅川はその手紙を女子行員に読み上げさせた。

「お母さんが来ていますのよ
朝のてれびで知ったのですが、おまえどうしたことをしたのです
いま、でんわをかけてもらったけれど、なんですぐきってしまったのか
いまそこにいるおかたを、わけをはなして、母上のたのみですから、ゆるしてあげてください
早くだしてください、母上のたのみです、母より」

しかし読みにくいところがあるのか、女子行員は時々首をかしげながら読んでいた。
「おふくろはそんな字しか書けへんのや。」

梅川が1人で喋り始めた。
「俺にはおふくろしかおらんのや。子供のころからおふくろと一緒に苦労したんや。おふくろは大好きや。一緒に暮らしたいんや。」「俺は子供のころ、勤め先の人妻を刺し殺して刑務所に入ったことがある。俺が殺すのは男だけやと思うなよ。」

「銀行強盗は18日か19日にやるつもりやった。都合が悪うなって延びたんや。」「猟銃で脅したら2〜3分で金を出すと思うとったんやが・・。」「乗って来た車で逃げるつもりで、着て来たコートを脱いだら服装も変わるんで、客に混じって逃げるつもりやった。」
一通り喋り終わると、リポビタンの見返りとして客の女性の1人(19)を開放してやった。


▼負傷者と遺体を解放

行員の1人が「負傷者の3人も開放してもらえませんか・・?」と梅川に要望した。
立てこもっていた銀行内

この時の時間は、1月27日15時15分。この時点での負傷者は

●梅川が強盗に入った直後、電話しようとしていた行員に2発を放ち、1発は電話の行員を即死させたが、残りの1発を後頭部に浴びて倒れていた行員。1月26日14時32分負傷。この時点で24時間以上経過していた。

●渋谷雄一(47)梅川が金のありかを聞いたが、あいまいな返事しかしなかったため猟銃で撃つ。とっさによけたが右肩に散弾を受けた。この後耳を切られた行員。1月26日16時50分負傷。22時間半経過。

●ラジオがなかなか差し入れられないことに腹を立てた梅川がロッカーに向かって発砲し、跳ね返った弾丸を顔に受け、そのまま死を装っていた行員。1月27日3時53分負傷。11時間以上経過。

梅川は「あかん。」と答えたが、その後渋谷雄一が「出したってくれ。」と叫んだ。「生きとったんか!殺したる!」と猟銃を構えたが、間もなく銃を降ろし「3人を出したれ。」と指示した。ここに至って負傷者がようやく開放され、病院へと運ばれた。

この後、借金返済の配達に行っていた進藤係長から「予定通り配っています。」と報告の電話が入った。しかしこの返済は法律上無効となる。覆面パトカーで後をつけていた警察が返済先をまわり、501万円全部を回収している。

この後、お客の1人の男性(25)を開放した。また、事件発生の瞬間からカウンターの陰に隠れていた客の女性(51)が、21時間14分も隠れ続けた上に、ついに這(は)いながら廊下に出て自力で脱出した。

16時過ぎ、20時過ぎにそれぞれ食事の差し入れ要求の電話をかけ、特捜本部が差し入れる。
21時、借金の返済にまわっていた進藤係長からこの日の最終報告で、「5件の借金を返しました。残りは明日まわります。」と電話で報告を受けた。進藤係長は再び三菱銀行へ戻り、人質となる。この進藤係長の働きに満足した梅川は女性行員を2人(24)(40)を順次開放してやった。

しかしこの行員たちを解放した後「開放はこれが最後や。」とも言い放った。残る人質は男子行員7人、女子行員18人の計25人となった。


1月28日。再び日付が変わって0時04分、梅川は、死亡している前畠巡査の拳銃を取って来るように男子行員に取りに行かせた。耳をそいだナイフを渡して「これでつりヒモを切れ。」と指示した。

拳銃を手に入れて試しに撃ってみようとしたが、引き金に安全ゴムがはめてあることに気づかず「故障しとるわ。」と言いながら実弾5発を抜いて机の上に投げ出した。抜いた実弾のうち4発はすでに奪っていた楠本警部補の拳銃に込める。

この後、ズボンを脱がされていた人質の男子行員に、自分がズボンの下にはいていたジャージを渡してはかせた。梅川は、最初の計画では金を奪った後、服装を変えて客と一緒に逃げるつもりだったので、変装用にとズボンの下にジャージをはいていたのだ。

深夜2時を過ぎたころ、放置されていた遺体(行員2人・警官2人)が異臭を放っていたことにたまらなくなった行員が「遺体を出して下さい。」と梅川に頼んだ。梅川もこの異臭には我慢出来ないと思っており、すんなり同意した。遺体は特捜本部の手により担架に乗せられて救急車で住吉署の仮安置室へ運ばれた。

「ブラシ・鏡・乳液・カミソリ・セッケン・パッチ・タオル」を差し入れろ。「ビタミン剤と朝刊や。」と、次々と差し入れを要求する。

4時ごろ梅川は「お前ら、顔色が悪い。」と言って、行員たちにラジオ体操をやらせ、男子行員には逆立ちをさせた。

「メシを食おう。お前ら、何でも好きなものを言え。豪華なものを注文せえ。」と話しかけ、女子行員にメモを取らせて、またもや特捜本部に差し入れの電話をかける。しかし、この時の本部の対応が気に入らないと、1発発砲する。電話で本部が何ごとかと聞き返すと「眠気覚ましの1発や。」と答えた。

梅川がヒゲを剃(そ)り終わったころ、注文したおにぎりやスパゲティ、味噌汁、トースト、キツネうどん、バター、アラレ、アイスクリーム、メロンが届く。


▼狙撃に向けて

一階の銀行内にも梅川の目の届かないところに捜査員は入り込んでいた。朝の7時過ぎ、一階トイレに来た男子行員に「突入する。その時は身を伏せろ。」と捜査員が一方的にささやいた。

また、梅川の借金返済のために一時的に銀行を出る機会を与えられた進藤係長も、再び人質となって戻って来る前に特捜本部から「突入のチャンスがあれば合図してくれ。」と言われており、この時間帯に進藤係長がトイレに行った時にも捜査員と接触し「今回はチャンスがあると思います。合図をしますのでよろしく。」と、捜査員に話した。

間もなく朝刊が差し入れられた。梅川は支店長席に腰を降ろし、今、自分の起こしているこの事件の記事を、そばに立たせた女子行員に読み上げさせた。


8時、覗(のぞ)き穴から監視していた捜査員が「チャンスあり。」と特捜本部に無線連絡した。支店長席に座っている梅川と人質との位置関係が、狙撃に適した位置関係になりそうな雰囲気なのである。突入班(第二機動隊零中隊)6人は足音で気づかれないために靴を脱いで、臨戦態勢に入った。

行内ではここで見張り役が交代させられた。借金返済に行かされた時に、警察が内部から突入チャンスの合図をしてくれと頼んでいた進藤係長が交代で見張り役にされたのだ。ますます警察側にとっては都合が良い。

だがそうすんなりとはいかなかった。梅川が先ほど自分のジャージをはかせた男子行員に、今度は自分が来ていた背広や帽子、サングラスを渡し、これを着ろと言う。その代わりに男子行員が着ていた服を脱がせて自分がそれを着た。

要するに自分の身代わりに仕立てあげようというのだ。更に実弾を抜いた猟銃も渡し、梅川は警官から奪った拳銃を持った。

「お前、この格好で『人質の解放や!』と言うて俺と一緒に外に出るんや。うまいこと逃げられるやろ。」

この計画に驚いた進藤係長は、このままでは行員の方が間違えられて狙撃されてしまうと思い、通路の端から覗(のぞ)いていた捜査員に「駄目だ!」という意味で、小さく首を振り、必死で異常な顔つきをした。首振りと異常な表情が突入班に伝わり、作戦実行はこの時点ではまだ出来ない。

しかし5分後、梅川は気が変わったのか、再び男子行員と服を交換して元の服装に戻る。猟銃も取り上げ、また弾を込めた。

8時30分、梅川は支店長席に座り、猟銃を片手に持って自分で新聞を読み始めた。
この5分後、突入班のリーダーは内部の様子が書かれたメモを受け取った。

「両手で新聞を広げて読む。猟銃、拳銃とも机。ウトウト、首落とす。」

ほとんど寝ていない梅川に疲れが出てきたのだ。


▼射殺

突入班の第二機動隊零中隊(特殊急襲部隊{SAT}の前身組織)の6人は通用口から床を這(は)って進み、銀行内へ潜入した。見張り役の進藤係長と目が合い、進藤係長はうなずいている。潜入はここまでは大丈夫だったようだ。6人は机やロッカーを積み上げられて作られたバリケードの陰に隠れるように散開して身を潜(ひそ)めた。突入班の潜入はまだ気づかれていない。

梅川は支店長席でメロンを食べた後、食後のお茶を持って来るように一番近くにいた女子行員に言いつけた。猟銃と拳銃は依然机の上に置かれ、眠いのか、その間にもウトウトしているようだ。女子行員が部屋の隅にあるポットに向かって湯飲みを持って歩き始めた。一番近くにいた人質が梅川の側(そば)を離れたのだ。梅川の周りに誰もいなくなった。覗(のぞ)き穴から見ていた管理官がハンディトーキーで松原警部に「チャンス!」と報告する。

松原警部は「突入!」と隊員に伝え、突入班の6人がバリケードの陰から一斉に飛び出し、梅川目がけて突進を始めた。

「伏せろ!」

突入班が人質に叫ぶ。

狙撃後、多くの救急車が銀行前に集結
この声にハッとして目を覚ました梅川は、机の上の拳銃を掴(つか)み、慌てて構える。しかし遅かった。

7〜8メートルの距離まで接近した突入班は、次の瞬間、梅川目がけて一斉に発砲した。

8発が発射され、そのうちの3発が頭と首、胸に命中した。弾丸を浴びた梅川は一瞬で血ダルマとなった。

「殺すぞ・・。」
そう言いながら、梅川はそのまま席から崩れ落ちた。

梅川狙撃の連絡を受けて大量の警官隊が銀行の玄関へ殺到する。すぐに人質全員を解放。次々と毛布をかぶって警官に付き添われて人質たちが出て来る。

しかしハイジャックなどで人質から開放された人々であれば、みんな喜びの表情で手を振り、嬉しさを表すものであるが、今回の事件に限っては、開放された人質たちの表情はみんな暗かった。開放の嬉しさなど全く感じられない。目の前の殺人と恐怖による支配が大きな傷跡となっていたのかも知れない。

梅川は救急車で大阪警察病院に運ばれた。この時点では危篤(きとく)状態で、まだ死亡してはいなかった。人質たちも次々と救急車に乗せられて府内7か所の病院に運ばれていった。

42時間に渡る惨劇がようやく終了した。


耳を切り取られた渋谷行員は病院での治療が終わった後、あの時自分の耳を切った行員について「あの人には何の恨みもありませんよ。全くない。あの状況では仕方がなかった。こんなことをさせた犯人には、今でも殺してやりたい、と思っているのが本音です。」と報道陣に語った。

一方、梅川の手術に立ち会った母親は「息子はもうあかんのですかいの?」と聞いた後、
「電話で『自首しなさい』と言ったがあの子は聞いてくれんかった。私は耳が遠いし、字もうまく書けんので、よう伝わらんかったんかも知れん。」
「私だけは最後まであの子の味方でいてやりたかった。」
「でも、もう、あかんでしょう・・。」と涙ながらに語った。母親もまた、犠牲者の1人である。
17時43分、梅川は死亡が確認された。



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