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No.34 全員が謎の失踪を遂げた「マリー・セレスト号」の怪異



1872年12月4日、イギリスのグラチア号が、大西洋上を漂う一隻の帆船(はんせん = 帆で動く船)を発見した。
その船の名前は「マリー・セレスト号」。だが、どこかに向かっているような様子はなく、完全に海の上を漂っているような状態だったので、ひょっとしたら乗組員たちに何かあったのではないかと思い、グラチア号は、マリー・セレスト号に近づいて声をかけてみた。

船を横付けして、マリー・セレスト号に、船長以下、数人の乗組員か乗り込んで行った。だが、その船の中には人っ子一人いない。海賊に襲われたにしても、伝染病が流行って乗組員全員が死亡したにしても、死体があるはずだ。だが、生存者も死体も何一つ発見されない。

すぐにグラチア号は、この船をジブラルタルに運び、港湾警察で調べてもらうことにした。すると次々と奇怪なことが分かったのである。この、無人で漂流していた「マリー・セレスト号」は、乗組員9名を乗せて11月7日にニューヨーク港を出航していたことが分かった。そして発見されたのが12月4日の朝。

船長室のテーブルに置かれた朝食は食べかけのままで、コーヒーはまだ暖かく、湯気を立てていた。

そしてかたわらに置いてある、赤ん坊のミルクビンは、少し飲みかけのままであった。また、船の倉庫にはたくさんの食料や飲み水もあり、8万ドル相当のアルコールの樽も置いてあったが何も盗まれた気配がない。

救命ボートも全部そのままで綱をほどいた形跡もなかった。また、調理室では、火にかけた鍋がグツグツと煮立っており、水夫の部屋では食べかけの鳥の丸焼きと、シチューがそのまま残っていた。

洗面所では、あたかも今までヒゲを剃っていたかのような形跡があり、別の水夫の部屋には血のついたナイフが置いてあった。そして船長の航海日誌には「12月4日、我が妻、マリーが」と走り書きがされていた。

12月4日の朝、この船に何が起こったのか。そして9人の乗組員は、何もかもやりかけのまま、どこへ消えてしまったのか、今だに謎のままである。



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