西インド諸島のハイチには、「シタデル城」と呼ばれる小さな城が立っていた。この城は元々は黒人が建てた城で、ここの城主は生前、自分の命令に従わない白人を次々と虐殺しては、近くの池にその死体を投げ込むというようなことを平然と行っていた。
その池の水が血のように真っ赤であるのは、そういた因縁があるのではないかという・・いわばいわく付きの城と池であった。
1952年6月、この地を4人の人間が訪れた。ジョゼフ・クルーゾーとその妻のマリー、それに二人の助手である。
4人は仕事でこの近辺を調査するために訪れたのであるが、仕事中、突然ジョゼフの気分が悪くなってしまった。
「少し休んだ方がいいかもしれない。4人は池のほとりに座って休憩をとることにした。妻のマリーが、「ジョゼフは私が見てるから、あなた達二人はちょっとその辺でも散歩してきたら?お城の方を見物してきてもいいわよ。」と言うので、二人の助手はとりあえずその言葉に従い、この付近を散策してみることにした。
助手たちがしばらく歩いて池の方を振り返ってみると、マリーは夫の横に座ってはいるが、何か池の方をじっと見つめているようだった。
「別に状況は変わってないみたいだ。」
そう思い直して、また二人は向きを変え、歩き始めようとした瞬間、突然後ろから「パーン!」という銃声が響いた。
びっくりして助手たちが振り返ってみると、マリーは、まだ硝煙の立ち上る銃を手に持ったまま呆然と立ちすくんでいた。助手たちはすぐにマリーの元へ駆けつけた。しかし、当のマリーは、
「私、ジョゼフを殺してしまった・・。殺してしまった・・。」とつぶやくばかりだった。
だがよく見ると、目の前に横たわっている死体はジョゼフではない。なぜかその場には、城の管理人であるレオンという男が、胸を撃ち抜かれて死んでいたのである。
さっきまでそこで寝ていたジョゼフはどこへ消えてしまったのか・・。そしてなぜ城の管理人であるレオンがここにいて、今、この場で死んでいるのか・・。全く理解が出来ない出来事だ。
マリーは殺人の現行犯で逮捕された。たが、マリーに詳しく事情を聞いてみると、その話は全く理解に苦しむものであった。
「あの時私は、じっと池の水を見つめていました。すると、池に映った私の顔がみるみる醜い男に変化したのです。そしてその醜い男は、いきなり池から出てきて私の首を絞めたのです。
それから後のことは覚えていません。きっとジョゼフの持っていた銃をとっさに取って、その醜い男を撃ったんだと思います。私にもわけが分かりません。一体なぜ、こんなことになってしまったのか・・。」
ところで撃ち殺された、城の管理人レオンの方であるが、あの日、時計が午後2時を打った時、レオンの妻は、城の庭で草木の手入れをしている夫をはっきりと目撃している。
マリーが池のほとりでレオンを射殺したのは午後2時5分。城と池は約2km離れている。徒歩で、5分で2kmの道のりは行けるわけがない。しかも、二人の助手が、マリーとジョゼフの間を離れていたのは、ほんの1分か2分の間である。
そして何よりも奇妙なことは、ジョゼフは一体どこへ行ってしまったのか。
警察も大がかりな捜索を行ったが、結局その姿は発見されず、行方不明ということになってしまった。マリーは取り調べを受け、精神鑑定を受けた結果、病院に収容された。
それから半年後のある日、アメリカの調査団がこの城を訪れた。この調査団は、マリーの殺人事件とは無関係で、学術的な見地から、この城そのものを調べにきた調査団である。
調査団は城の中に入り、あれこれと調べているうちに、何十年も誰も入ったことのない地下牢の方へと調査が進んでいった。
ある地下牢のカギをあけたところ、その中に一体の死体を発見した。調べてみると、それはなんと半年前に行方不明になったジョゼフの死体であった。死体は白骨化し、変わり果てた姿になっていたが、服や持ち物などからジョゼフであることが断定された。
しかし、この地下牢は、何十年も開けられた形跡がなく、第一かけられたカギはすでに錆びついてしまっている。なぜこのような場所にジョゼフの死体があったのか。そして撃ち殺されたレオンは、どうやって5分で2kmもの道のりを移動したのだろうか。結局この城の殺人事件の謎はいまだに解明されていないのである。