1968年6月1日。深夜、アルゼンチンの弁護士であるビダル氏とその夫人は、ブエノスアイレスの国道2号線を車で走っていた。前を走るのは妹夫婦の車である。これから一緒に親戚の家にいいくところだった。

シャスコム市を通りかかったころ、急に周囲に霧が立ち込め始めた。ちょっと心配になって、前を走る妹の夫が何気に後の方に目をやると、さっきまで後ろを走っていたはずのビダル夫妻の車がいない。

「あれ?にいさんたちの車がいなくなったぞ!?」
すぐに車を停めて待ってみたが、いっこうに走ってくる気配がない。ますます心配になってあちこち走って探してみたが、やはり発見出来ない。

ただごとではないと感じ、妹夫婦はすぐに警察に捜索を頼むことになった。そして近くの病院にもあちこち電話をかけ、事故に遭って運ばれてきた者はいないか問い合わせてみたが、そのような事故はどこにもないという。

まるでわけが分からないまま2日が過ぎた。そして6月3日の午後、妹夫婦に一本の電話がかかってきた。メキシコシティのアルゼンチン領事館からの長距離電話だった。

「こちらはメキシコシティのアルゼンチン領事館ですが、○○様でしょうか?実は今、こちらで弁護士のビダル夫妻を保護しているのですが・・。」

アルゼンチンからメキシコまでは約7000km。なぜそんな離れたところにいるのだろう?そう思って聞いていると、すぐにビダル氏本人が電話口に出た。

「私にも何が起こったかさっぱり分からないが、とにかく今、メキシコにいるんだ! すぐに飛行機でブエノスアイレスへ帰る予定だ!」


妹夫婦も現状がよく理解出来ない。
そして数時間後、ビダル夫妻はブエノスアイレスの空港に到着した。夫人はそのまま救急車で病院に運ばれたが、ビダル氏はことのいきさつを語り始めた。

あの日の夜、車を運転していると急に青い霧が立ち込めてきて、その中を走っていると夫妻はしびれるような痛みを体験したという。いつの間にか前を走ってる妹夫婦の車も見えなくなって、急に目の前が真っ暗になり、あわててブレーキを踏んだものの、そのまま気を失ってしまったというのだ。

そして気がついた時には、真夜中どころか太陽が強烈に照りつける真昼の道路を走っていた。しかも全く見覚えのない光景の街だ。車内の時計も止まっている。あわてて車から出てみると、車の塗装が全部焼け焦げている。

通りかかった車を止めて、ここは一体どこなのかを尋ねてみるとメキシコの首都メキシコシティだと言われた。「そんなバカな・・。」全く現状が理解出来ないまま、とりあえずアルゼンチン領事館に駆け込んで助けを求めたということだ。

ビダル夫妻がわざわざこんな芝居をうつとは考えにくく、列車に乗ったとしても当時の列車では7000kmの道のりを2日で到着するのは困難だ。飛行機で移動したとしても車はどうやって運んだのか?

警察もこの不可思議な事件は徹底して解明しようと試みたが、確かに6月1日までこの車は夫妻が乗っていたことも分かり、また列車や飛行機も利用した形跡がまるでないことも判明した。空間を越えて瞬間移動したとしか考えられないような事件である。


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