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No.73 占い通り、3000kmを旅して故郷に帰ってきた柩(ひつぎ)



19世紀、世界を股にかける俳優だったチャールズ・フランシス・コフランは、俳優仲間に、ことあるごとにこう言っていた。
「昔、ジプシーの占い師に言われたことがある。僕はアメリカで公演している時に最後を迎えるだろう、と。僕はカナダの出身なんだけど、遺体はいったんアメリカで埋葬されるものの、最終的には家族の待つカナダへ帰ることが出来るって。」

「アメリカで埋められたものを誰かが掘り起こして、それをカナダまで運んでくれるっていう意味かい?」と、友人が聞き返すと、
「いや、そうじゃないと思うんだが・・とにかく僕は、あのジプシーの占いを信じてるんだ。」
と、チャールズはいつもこういう調子だった。


チャールズは、カナダの東海岸に浮かぶプリンス・エドワード・アイランドで生まれた。幼い頃から成績優秀で、家族はチャールズに法律家になることを望んだが、当のチャールズは俳優になると言ってきかない。

「俳優になるということは私たちと縁を切ることだと思って、よく考えろ。」とまで言われたが、結局家族の静止を振り切って単身ロンドンへ渡り、そこで苦難の道を経て見事トップスターにまで上り詰めたのだ。

だが占いの通りか、1898年、チャールズはテキサス州でハムレットを公演している最中に急死してしまった。葬儀のあと、チャールズの遺体はガルベストン島の郊外の墓地に埋葬された。

そしてそれから2年が経った1900年、ガルベストン島を突然大型のハリケーンが襲った。街には水があふれ、川が氾濫し、あちこちで土砂崩れが起き、街は大変な被害に遭った。

チャールズの眠る墓地もタダではすまず、土が崩れ、多くの柩(ひつぎ)がムキだしとなり、何体もの柩は海に流れ出してしまった。ハリケーンが去った後、町の人たちで墓地の復旧作業が行われたが、大半の柩は発見されたものの、なぜかチャールズの柩だけは発見されなかった。

「チャールズの柩は海へ流れて沈んでしまったんだろう。」ということになり、町の人たちは海に向かって冥福を祈った。


そしてそれから更に8年後の1908年。チャールズの生まれ故郷である、プリンス・エドワード・アイランドで、一人の漁師が、浜辺に打ち上げられている一つの柩を発見した。

すぐに警察に通報して警官が駆けつけ、身元を確認しようとして柩のフタを開けてみた。遺体はすでに白骨化していて判別不可能の状態であったが、ただ一つ、身元を証明するものとして柩に銀のプレートが貼り付けてあり、そこにはチャールズの名前が刻んであった。

連絡を受けて家族も駆けつけてきた。家族も生前からチャールズの不思議な占いの話は、彼の友人からよく聞かされていたのだ。
「間違いありません・・。チャールズが帰ってきたのです・・。」

チャールズの遺体は改めて自分の家の墓地に埋葬された。占いの通りか、実に3000kmの道のりを旅してチャールズの遺体は生まれ故郷に帰ってきたのである。



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