昔から言い伝えられている、奇病中の奇病である「人面瘡(じんめんそう)」。この病気にかかった男が、かつての山城の国(現代の京都府南部)の小椋(おぐら)というところにいた。

ここのある一人の農民が、ある時、急に身体の具合が悪くなった。それから体調不振が長い間続いていたが、今度は熱も出始めた。身体も寒気を感じる。「寒い、寒い・・。一体何で急に・・?」

男は死ぬかも知れないと覚悟をしたが、それに追い討ちをかけるかのように今度は全身が痛み出した。寒気と痛みでのた打ち回っている間に、ふと、自分の左足の太もものところに奇妙なできものが出来ていることに気づいた。

「何だ、これは。熱のせいでこんなものが出来たのか?」

それから気になってたびたびそのできものを見ていると、その形が変化していくのが分かった。できものには何か人の目のようなものが出来、そして今度は口の部分のようなものが出来ていった。

やがてそれは、どこからどう見ても人間の顔にしか見えない形になっていった。男は気味が悪くなったが、自分ではどうしようもない。
だが、その翌日、熱は下がり、痛みもなくなった。その代わり、できものの所が猛烈に痛くなってきた。

そのできものはまるで生きているかのように、はっきりとした形になり、言葉こそ発しなかったが、目を閉じたり開いたり、口の部分をもぐもぐと動かしたりし始めた。まるで太もものところに別の人間がいるかのような感じである。

ある日男はわりと体調がよかったので、酒を飲んでいた。ちょっとほろ酔い加減のせいもあって、そのできものに話しかけてみた。
「全く人間そっくりな顔をしやがって。どうだ?一緒に一杯飲むか?」

と言ってできものの口に酒を注いでみた。するとできものはごくごくとその酒を飲んでしまったのである。
「ほう、飲めるじゃないか。じゃ、メシでも食うか?」
と言って今度はメシを口にいれてみたところ、またもやもぐもぐと口を動かし、そのメシを食ってしまった。

興味本位でやったことたが、この時に食べ物を与えてしまったのがまずかったらしい。それ以来、このできものは何かを食べている時は別にいいのだが、食べ終わると猛烈に痛み始めた。あきらかに食べ物を要求しているのだ。

男は苦しみから逃れるために、次々と食べ物をできものの口に運んだが、その分、男の身体が衰弱し始めた。身体は痩せ細り、ほとんど骨と皮だけになった。もう、このまま死ぬしかないのだろうか・・。

そんなある日、男の家に一人の旅の僧が訪ねてきた。ノドがカラカラなので、水を一杯めぐんでもらえないかという。男が水を差し出すとそれを一気に飲み、深々と頭を下げてお礼を言った。

「ありがとうございました。おかげで助かりました。ところであなたはどこか病んでいるようにお見受けするのですが、どこか身体でも悪いのですか?」

男は「実は・・。」と話を切り出し、これまでのことを話し、問題のできものも僧に見せた。
「なるほど・・。これは『人面瘡(じんめんそう)』という非常に珍しいもので、これにかかるとまず治ったためしかありません。」と僧は言った。

「やはり・・。もうこれは治らないのですね。」男はがっくりと肩を落とした。

「いえ、ある薬を調合してこの口の中に入れることが出来れば治るはずです。」
「本当ですか! これが治るのなら私は全ての金を払っても構いません。どうかこのできものを何とかしてください!」
そう言って男は金を差し出した。

「分かりました、やってみましょう。」僧はそう言って町へ出て、その金である種の薬を買ってきた。その薬を一種類ずつ人面瘡の口の中に入れると人面瘡は、それをみんな飲んでしまった。

だが、最後に飲ませようとした「貝母(ばいも = ユリ科の多年草の薬草)」だけは口を閉じて飲まなかった。僧が口を開かせようとしても激しく抵抗して、飲もうとしない。

「こいつを飲ませることが出来るかどうかで薬の効能が決まるのです。」人面瘡もそれを分かっているのだろう。すごい形相で僧をにらむ。僧は薬を粉にし、葦(あし)の茎をつかって口の中へ吹き入れた。

人面瘡が再び僧をにらむ。だが次の瞬間からその表情は苦しみの表情に変わり、激しく苦しんでいるのがはっきりと読み取れた。恨みのこもったような目で最後まで僧を見ていたが、やがて人面瘡は、口をだらしなくあけたまま動かなくなった。

「どうやら成功のようです。一週間もすれば、この顔も消えるでしょう。」そう言って僧は去っていき、一週間後見事に人面瘡は消滅し、この農民は一命を取りとめることが出来た。


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