かつて、怨霊がとりついているとしか思えないような潜水艦がドイツ軍に存在していた。本来であれば敵艦を沈めるための軍事潜水艦であるはずが、なぜか味方の方に次々と不幸をもたらす。初めのうちは偶然に事故が続いただけだと思われていたが、そうではない出来事もやがて起こり始める。

▼建設段階でも相次ぐ事故

1916年、第一次世界大戦の真っただ中のこの年、ベルギーのブルージュの造船所は、24隻の新型の潜水艦を作っていた。これらは完成後にはドイツ軍に引き渡され、イギリスやアイルランド沿岸での戦闘に使われる予定だった。

この中に、後に「呪われた潜水艦」と異名をとる「U65」号がいた。もっとも「U65」とは完成してから命名されたわけだが、U65はこの、新しく作られている24隻のうちの1隻だった。士官3人を含めて34人乗りの潜水艦である。

U65は建設段階の時から不慮の事故を巻き起こしていく。

ある日、造船所の中で、U65に取りつけるための大きな鉄骨をクレーンで動かしていたところ、突然チェーンから鉄骨がはずれて下に落下した。

ちょうど下には2人の作業員が雑談をしており、鉄骨は2人を直撃した。1人は即死、もう1人は両脚が下敷きになり、両脚をつぶされた。彼の脚から鉄骨を取り除こうにも滑車の装置が壊れており、救出するまでに1時間かかった。その後すぐに病院に運びこまれたが結局助からなかった。

そして半月後、U65は完成した。ある日、進水式を間近に控え、3人の作業員がディーゼルの再点検のために機関室に入っていった。だがしばらくして、機関室の中から彼らの助けを呼ぶ声が聞こえてきた。

隔壁の扉が動かなくなって閉じ込められてしまったのだ。周りにいた作業員たちが駆けつけ、扉を必死になってこじ開ける。その間にも中から助けを呼ぶ声はどんどんと小さくなっていった。

やっと扉が開いた時、閉じ込められていた3人は有毒ガスで死亡していた。だいたい扉が動かなくなった原因も不明だったが、どこから有毒ガスが漏れたのかも不明だった。

▼潜水テスト

数日後、U65はいよいよ潜水デビューとして潜水テストを行うこととなった。スケルト川の河口を出航し、初めて海中に潜(もぐ)る。

船長は出航前にハッチがしっかりと閉じているかどうかを始めとして、ある水夫に最後の点検を命じた。しかしここでまた事件が起きた。

点検を命じられた水夫は普通に甲板を歩いて、そのまま海の上まで歩こうとするかのようにストンと海に転落してしまったのだ。すぐに救助が行われたが、彼は見つからなかった。

直前に転落事故があったものの、事故は事故として、引き続きU65の潜水テストは開始された。スケルト川の河口を出航した後、徐々に海中に沈み始め、深さが9メートルに達したところで船長が停止命令を出した。

だが、ここでまたアクシデント発生である。この深さで潜水艦を停止させようにも止まらないのだ。乗組員たちの操縦に反してそのままどんどんと沈み続ける。そして海底まで達し、その場から動かなくなってしまった。浮上はもちろん前にも動かせない。

タンクの一つに亀裂が入ったようだった。排水のために圧縮空気を送り続けたが事態は何も変わらない。そのうち艦内には蒸気が立ち込め、全員が息苦しくなってきた。

なす術(すべ)のないまま12時間が経過した。全員が絶望し、死を覚悟していたその時、突然潜水艦が上昇し始めた。原因は分からないが、とにかくこのまま海上まで浮上することに成功した。

すぐにハッチを開けて外の空気を吸う。幸いにも死者は出なかったが、あのまま沈みっぱなしだったら確実に全員死んでいたところだった。

事故続きではあったがとにかく潜水艦U65は潜水テストを終了した。この後ドックへ入り、修理と整備を終えた後、初の任務につくことになる。

▼初の任務

丹念に整備点検が行われ、ドックからも「完全に大丈夫」という保証つきで、U65は再び出航した。初の任務は決められたコースをまわるパトロールである。前回、海底に沈んだ事故を経験し、建造段階でも死者の出ていることを知っている乗組員たちは、恐怖心を抑えながらこの艦に乗り込んでいった。

しかし初の任務はうまくいった。コースをまわり、U65は無事ブルージュの港へと帰ってきた。ここで食料と弾薬、魚雷を積み込み、再び出航する。だが、まさに出航しようとしていたその矢先、今度は積み込んでいた魚雷が突然爆発した。

艦内と甲板で5人の死者が出る事故だった。
「積んでいた魚雷が爆発するなんて、この艦は絶対呪われている。」乗組員たちは口々に噂しあった。

この事故の犠牲者の1人に二等航海士で「シュワルツ」という男がいた。シュワルツを含む5人の葬儀が行なわれ、U65はまたもや修理のためにドックへと入った。

▼最後に乗り込んだ男

しばらくしてU65の修理は完了した。またこの艦に乗ることになる。乗組員たちも大半は恐怖に怯えていた。次の出航の日も決まり、その数日前、乗組員たちは修理の完了したU65に改めて全員集合させられた。これより点呼を行う。

前回の事故で死亡した5人に代わって、新たに5人のメンバーが加わった。総数はこれまで通り31人となる。

全員が次々とタラップを昇っていく姿を指揮官が横で見ながら数を確認する。

「29、30、31、・・・・32?」

1人多い。最後に昇っていったその男は指揮官にも見覚えがある男だった。あれはまぎれもなく先日の魚雷事故の時に死んだはずのシュワルツだった。

「そんなバカな!」指揮官は目を疑った。
「いや、そんなことがあるはずがない。見間違い、数え間違いだ。」そう思うことで指揮官は自分の心を納得させた。

その後、艦長と新任の乗組員たちが士官室にいた時、士官室のドアが突然開けられて、1人の二等航海士が飛び込んで来た。

「か、艦長!」
ノックもせずにドアを開けたことにムッときた艦長は
「上官への礼儀はどうした!」と怒鳴り返した。

「す、すいません!今、たった今ですが、この間の事故で死んだシュワルツを見ました。彼がこの艦に乗り込んでいました!」

「そんなバカなことがあるはずがない。誰かをシュワルツと見間違えただけじゃないのか!」

「いや、確かにシュワルツでした。水夫のペーターゼンも見ています。間違いありません!」

「ではペーターゼンにも話を聞こう。彼にここに来るように言ってくれ。」

「それがペーターゼンはショックのあまり、甲板で腰を抜かして震えておりまして・・。」

艦長が甲板に昇って震えているペーターゼンに話を聞くと、

「あのシュワルツが確かに甲板を歩いて、へさきの方まで行ってそこでじっと海を見つめていました。間違いなくシュワルツです。でも瞬(まばた)きした瞬間に消えていたのです。」
とパニック状態になっている。

誰かのイタズラではないかと艦長は全員に問い正したが、誰もそんなことをする理由はない。

元々事故続きの呪われた艦として恐怖心を抱いていたペーターゼンは、このシュワルツを見たことが決定的となり、「呪われた船に乗るくらいなら逃げる。」と言い残して行方をくらませてしまった。

▼現れるシュワルツ

奇怪な出来事や不慮の事故といっても毎日起こっているわけではない。軍部は全てを偶然の事故と考え、乗組員たちの噂も全く無視し、U65に通常通りの任務を与え、人を配置した。

U65は1917年の末までに敵艦を何隻も沈め、イギリス海峡のパトロールの任務もきちんと果たしていた。しかし乗組員たちの恐怖心は一向に収まることはない。

ある航海士が、またもや甲板を歩いてへさきまで行き、そこで消えてしまった人間を見た。仲間に話すとそれは絶対シュワルツだと言われた。

艦長にも報告したが、「錯覚だ。何かの見間違いだ。怖いと思っているからそんなものが見えるのだ。この小心者が!」

と逆に怒られた。

しかしある日、艦内の航海士が、甲板の上で座り込んで怯えきっている艦長の姿を目撃した。艦長もシュワルツを見たようだ。

「俺の船は絶対悪霊にとりつかれている・・。」

と、艦長は航海士に語った。艦長が怯えている姿が部下に見られたのはこの一件だけではない。いろんな人に何度も見られている。

だが艦長はシュワルツの噂のことを知っていても、それを自分が見ても、絶対認めようとはしなかった。逆に怯えている人間を「腰抜け」「小心者」と怒り飛ばしていた。立場上、そうせざるを得なかったのだ。

年が変わって1918年、この時U65はイギリス海峡を航行する敵の漁船や商船を撃沈する任務を命じられていた。1月21日、U65はバッテリーの充電のため浮上することになったが、充電する場所が敵国であるイギリス海軍基地にわりと近いところだったので3人が甲板に見張りに出た。

だが、甲板に出たのは3人のはずであるが甲板には4人いる。1人、へさきに立って水しぶきを浴びながらじっと海を見つめている男がいる。

こちらに背中を向けているので誰なのかは分からないが、航海士の1人がへさきにいる男に向かって叫んだ。

「何やってんだ!お前は見張りじゃないだろう!さっさと中へ戻れ!」

へさきの男が振り向いた。シュワルツだった。


3人が悲鳴を上げる。またもや出会ってしまった。悲鳴を聞きつけて艦長が甲板に出てきた。艦長も悲鳴を上げる。

シュワルツはゆっくりとこちらに向かって歩き出した。怒ったような顔をして艦長を見つめている。艦長も生きた心地がしない。だが、数メートルの近くまで歩いてきた時、シュワルツは煙のようにふっと消えてしまった。

あまりにも度々(たびたび)現れるシュワルツに全員が恐怖を感じていたが、ここは閉ざされた潜水艦の中であり、周りは海である。どうしようも出来ない。

▼艦長の死とメンバーの入れ替え

数日後、U65は敵艦1隻を撃沈し、もう1隻にはかなりの打撃を与えた。逃げる敵艦を追撃しようとしたが、なぜかここで艦長がストップを命じた。もう少しでもう1隻沈められるところだったのだが、艦長は追いかけることに何を不安を感じたようだ。

そして数週間後、U65は再びブルージュの港へと帰還した。ここでいったん上陸し、U65の整備と点検を行い、必要な物資を積み込む。

全員に安堵の声が漏れる。上陸している間はシュワルツに会わずに済むからだ。乗組員たちが順々に艦を降りていっている最中、突然上空から機関砲の音が聞こえてきた。敵機だ。この港を襲撃に来たのだ。

艦長もその時にはちょうど外に出ていた。慌ててU65の中に避難しようとしたその時、敵機は爆弾を落下させた。

すぐ近くで爆発が起こり、建物の破片が艦長を直撃した。破片は艦長の首を一撃で切断し、首のない艦長の死体が転がった。他の乗組員たちは何とか無事だった。

度重なる事故や、艦内に出るシュワルツの亡霊、そして残酷な艦長の死に方に乗組員たちもパニック状態となっていた。全員がこの艦には乗りたくないと必死になって上層部に申し出た。中には本当に精神に異常をきたしているのではないかと思われる乗組員もいた。

海軍当局もこれまであったこと全ての報告を聞き、また全員があまりにも真剣に訴えるので、ようやくこの艦は本当に呪われているのではないかと考えるようになった。

しかしまだ使えるU65を廃艦にするわけにもいかない。乗組員たちの大半を入れ替えることでこの一件の対策とすることにした。精神的な症状の重い者から順に配置替えをし、U65は改めて新メンバー、新艦長によって再び戦いの海へと出航することとなった。

しかし全員が入れ替わったわけではない。中には引き続きU65の乗務を命じられた者もいた。ものすごく嫌だったろうが軍の命令に逆らうわけにもいかない。彼らの恐怖は相当のものだった。

▼破滅に向かう最後の航海

1918年5月、U65はイギリス海峡からビスケー湾に向かって出航した。新メンバーによる初の出航である。

しかし不慮の事故は相変わらず続いた。出航して二日目に魚雷砲手がいきなり気が狂って暴れ始めた。仲間が取り押さえて沈静剤を打ち、いったんはおとなしくなったものの、艦が浮上している時にその魚雷砲手を気分転換にと仲間が甲板へ連れていったところ、魚雷砲手は突然甲板を走り出し、そのまま海へと飛び込んだ。

海がシケて艦が大揺れしている時に機関主任がころんで脚を骨折したり、浮上してイギリスの商船を甲板砲で攻撃している最中には、砲撃手が高波にさらわれて行方不明となったこともあった。

また、敵機と遭遇して、逃げきったと思って浮上したとたん爆撃を浴びせられるというミスもあった。

新艦長もこの艦が呪われた船だということは十分聞いていた。艦内でも不慮の事故が多いのに、この上で敵と戦闘にでもなったら、今度こそは全員が死ぬのではないか。

艦長にも乗組員にも不吉な予感が走る。U65はなるべく敵とは会わないように会わないように心掛けながら慎重に帰途についた。

ようやくゼーブルージュの基地に帰りつき、全員がほっとした。今回の任務はこれで終了し、乗組員のうちでリューマチを患(わずら)っていた男が艦を降り、入院することになった。

数日後には再びU65は新しい航海へと出ることになる。
そして次の出発を明日に控えたある日、リューマチで入院している仲間を見舞いにU65の乗組員の1人が病院を訪れた。

「明日、またU65で出発する。俺に万が一のことがあったら、これを妻に渡してくれ。」

そう言って入院している仲間に何かの包みを手渡した。
「・・分かった。」

あの艦に乗る以上、いつ死んでもおかしくない。そのことはお互いに十分分かっていた。

そして二ヶ月後の1918年7月31日、ドイツ海軍本部はU65が消息を絶ったと発表した。入院していた仲間も、病院でこのニュースを聞いた。予感はしていたが、ついにそれが現実のものとなってしまった。

U65に関しては最初は何の手がかりもなかったが、後日、敵国であるアメリカの潜水艦の艦長が海上で爆発するU65を目撃したという報告が入った。

その時、アメリカ潜水艦 L2号はアイルランド西岸をパトロール中に、偶然海上に浮かぶドイツ軍の潜水艦を発見したという。

潜望鏡で覗いて見てみると、U65という番号が確認出来た。当時アメリカとドイツは敵国同士である。すぐに攻撃体制に入った。後は艦長の魚雷発射の命令を待つだけ、という状態になった瞬間、海上のU65は突然大爆発を起こしてしまった。

攻撃前に標的が自然爆発を起こし、アメリカ側の艦長も訳が分からなかったという。

入院中の仲間もニュースや報告を聞いていたが、その中に一つ、非常に気になる部分があった。アメリカ側の艦長が最初に潜望鏡でU65を観察した時、甲板に1人の男が立っているのが見えたと言っている。

その立っていた男とはシュワルツではなかったのか。ついに全員を潜水艦ごと道づれにしたのではないのか。入院中の仲間はそう考えざるを得なかった。


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