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No.147 地球製UFO 〜 ドイツ・ロシア



▼ドイツ製UFO


ヨーロッパ各地の空戦の最中、たびたび出現していた
フーファイター。
第二次世界大戦末期に撮影されたとされる、
ナチスドイツが開発した円盤型航空機。
ナチスドイツ V計画の中心的人物・
ヴェルナー・フォン・ブラウン博士
ナチスドイツが開発中に墜落した試作品。
アメリカのステルス機。レーダーに映らないという
技術は実用化された。


▼ロシア製UFO

1995年4月21日に行われた完成セレモニーの一環で、
格納庫から引き出されるロシア製UFO。
直径は推定で40メートル。
模型に触れて説明を受ける当時のエリツィン大統領。
飛行実験の一環。確かに空中を飛行している
ロシア製UFO。
空中に少し浮かび上がったロシア製UFO。
航空学の専門家によれば、異星人のUFOように
ジグザグ飛行や超スピード、宇宙間飛行に耐えられる
ような形状ではないというが・・。
ロシアが開発を目指しているUFOの模型。
内部も独特の構造となっている。
▼フーファイター

第二次世界対戦の最中(さなか)、ヨーロッパを中心とした地域でフーファイター(foo fighter)と呼ばれる謎の飛行物体がパイロットや地上兵などに数多く目撃されていた。

それは金属製の三角形や玉のようでもあり、光の玉のようでもあり、多くのパターンとして、何体かが群れを成して飛行する。多い時には150個くらいのフーファイターが出現し、10個から12個ずつが列を成して飛行する場合もあった。

色は白であったり、緑であったりもする。また、飛行しながら赤やオレンジに色を変えたり、突然消えたり現れたりもする。

そして速度は時速300マイル(時速483km)という、当時としては異常なスピードで大空を飛びまわった。また、空中に縦に連なるように静止することも出来た。


フーファイターたちは、戦闘機の後ろについて追いかけていったり、戦闘機のすぐ側に急接近してそのまま戦闘機を追いまわしたりして、当時の空軍パイロットの中では恐怖の的とされていた。

ただし、フーファイターが直接攻撃してきたという事例は報告されていない。出現してきたからといって特に害はなかったわけであるが、追いかけられたパイロットとすれば、得体の知れない飛行物体が自分を追いかけてくるとなれば普通は誰もが恐怖する。

このフーファイター、つまり謎の飛行物体といえば、すぐにUFOが連想される。UFOマニアの間では、フーファイターとは異星人の乗り物だと噂された時期もあった。

UFO(Unidentified Flying Object)とは、日本語では「未確認飛行物体」と訳される。これは、正体の分からない飛行物体全てを意味する言葉であり、UFOがすなわち異星人の乗り物という意味ではないのだが、日本でUFOといえば「空飛ぶ円盤で、中には宇宙人が乗っている」という意味が定着してしまっている。


たが、このフーファイターに限っていえば、これは異星人の乗り物という可能性はほとんどない。

第二次世界対戦に入ってから急にタイミングよく異星人が出現し始め、戦闘機を追いかけまわすなどという可能性はゼロに等しく、どこかの国が開発した空戦のための新兵器というのが定説となっている。

その国とは、ヒトラー率いるナチスドイツであり、当時のドイツの軍事兵器のレベルは他の国よりも圧倒的に進んでおり、ドイツでは新兵器の開発に全力を傾けていた。その中でもヒトラーは「V計画」と呼ばれる計画の一環でUFOの開発に力を入れていた。

正確にはUFOというより、円盤の形状をした航空機のことである。


ヒトラーは、ルーマニア人のアンリ・コリアンダ博士が開発した円盤型の航空機に注目し、この研究の成果をロケットの開発をしていたヴェルナー・フォン・ブラウン博士に引き継がせ、ジェット推進の円盤型航空機の開発を命じた。

この円盤型航空機の試作品は1945年2月14日にテスト飛行に成功したと言われており、これを改良し、ある程度生産されたものがフーファイターの正体ではないかと言われている。

ただし、このフーファイターはまだテスト段階であり、実際に武装して敵機を攻撃するまでには至らず、実戦投入の前に戦争は終結し、ドイツは敗北してしまった。

試作機は敵国(連合軍)に占領される前に全て破壊され、設計図のみが残された。


終戦後、ドイツの技術や頭脳とされた人々はアメリカとソ連が競って獲得した。アメリカは、ナチスの科学者たちを極秘のうちに本国へと連れ去る「プロジェクト・ペーパークリップ」と呼ばれる計画により、大量の科学者たちを獲得した。

円盤型航空機の開発に当たっていたヴェルナー・フォン・ブラウン博士もアメリカ軍によって捕らえられ、700人の部下と共にニューメキシコ州ホワイトサンズ・ブリス基地へと連行された。これ以後、アメリカの兵器開発に携(たずさ)わることとなる。


▼当時の先端を走っていたナチスドイツ

ナチスは当時、円盤開発以外にも、「レーダーに映らない航空機」の開発も始めており、これは現代では実用化されている「ステルス」技術に当たる。当時のアメリカも相当に進んだ軍事技術を持っていたが、ナチスの頭脳が加わることによって、兵器開発は一層加速することとなった。


第二次世界大戦当時、ドイツはヨーロッパの一国でありながら、軍事兵器に関しては近隣の国よりも50年以上進んでいたと言われる。

50年は大げさにしても、それほど他国と開きがあったということである。兵器開発はヒトラーの絶対命令という背景があったとしても、これほど他国と差がついていたのはナチスドイツが、墜落した本物の異星人のUFOを偶然発見したことがきっかけとなっていたという噂がある。

1937年7月にドイツ軍は、アララト山で太古に墜落した本物の異星人のUFOを偶然発見した。発見はもちろん報道されることはなく、極秘に機体を回収して研究所へまわされ、材質・エネルギー・推進装置などについて徹底して分析が行われた。

当時のナチスドイツがいくら進んでいたとはいえ1930年代のことであるから、仮に本物の異星人のUFOを発見していたとしても、そう簡単に全てを解明できるはずもなく、得られた技術はごく一部ではあったが、その技術を積極的に兵器開発へと転用していった。


▼ナチスの円盤型航空機の原点

元ナチスの科学者であり、円盤型を最初に考案した科学者はアンドレア・エップ博士であった。彼は当時、開発されて間もない時期だった「ヘリコプター」の羽を見て、羽がむき出しの状態では危険なのではないかと感じ、その羽を本体で覆(おお)うような飛行体を思いついた。それで飛行体全体の形状が円盤型となった。

ただし、実用とするには大きな羽を一つだけ使ったのでは上昇下降しか出来ないので、円盤型の機体の中に小さな羽をいくつも入れて、水平飛行や方向転換が可能なように設計し、これがナチスの兵器開発の一環として採用された。

つまり、円盤型の飛行物体はプロペラのアイデアから出発したのである。


ちなみにドイツのヘリコプターは、当時の世界でも最も進んだ段階にきており、第二次世界対戦終了後、アメリカを始めとする連合国軍はドイツのヘリそのものや設計図などを没収して、自国のヘリコプター研究の貴重な資料とした。

円盤型航空機の製作は、BMWを始めとしていくつかの民間会社に協力させ、初めて作られた試作品はガソリンエンジンを搭載した直径2.2メートルのものであった。

その後、直径6メートルで重量3トンのものや、直径24メートルのものなど、いくつも製作されている。


この後は別の科学者たちも研究に加わり、巨大なものでは、直径42メートルというものも作られている。この42メートルの円盤は、試験飛行ではドイツからグリーンランドまでの飛行に成功したという。

この時にはエンジンもガソリンではなく、ジェット噴射方式となっていて、機体の前方に当たる部分から強烈に空気を吸い込み、機体の周りを真空状態にすることによってスピードアップをはかるという設計で、時速2000kmまで出たという。この頃になると、推進原理はさすがにプロペラではなくなっていたようであるが、はっきりとしたことは不明である。

ただし、この円盤は元の場所へ帰ってくることは出来なかった。計画ではパイロットはグリーンランドで降り、帰りはリモートコントロールで無人の機体を戻すということになっていたが、エンジンの不調で途中で不時着を余儀なくされ、不時着の際に機体は破壊されてしまった。

この機体は第二次世界対戦終了後にアメリカ軍が発見し、回収されることとなった。

また、別の円盤では2万メートルの上空を時速1700kmで飛んだものもあり、ナチスの円盤開発はかなりのスピードで進んでいたようである。これらナチスの円盤開発計画は「V-7計画」と呼ばれていた。


▼ロシア製UFO

円盤型航空機は、ドイツだけが開発を目指していたものでもなく、アメリカやロシアもその研究を行っていた。こちらはソ連-ロシアと時代が代わっても開発が続けられてきたロシア製のUFOである。

1995年4月21日、モスクワから東南に1300km離れたウリヤノフスク市にある軍事工場の中で、ロシア製UFOの完成セレモニーが行われた。

このセレモニーはもちろん非公式であり、報道されることはなかったが、出席者は当時のエリツィン大統領を始めとする政府高官たちや軍部の幹部たちというそうそうたる顔ぶれであった。

格納庫の中から引き出された、この円盤型航空機は、映像から推定して直径40メートルという巨大なもので、隣に映っているビルと比較すれば、その大きさが分かる。(エリツィンの上の写真)


軍部から流出したこのビデオには、これらの式典の様子や工場内、そして同じ日かどうかは不明であるが、このUFOの飛行テストの様子が納められていた。

その飛行テストの映像と資料によれば、このUFOは高度6000メートルまで上昇し、ジグザグ飛行や急発進、急加速などの、通常の飛行機にはとても出来ないような飛行を行った、とある。

さらに、飛行中のアップの映像によると、このUFOの外部は高速で回転しており、これまでの原理とは違うものによって飛行を行っていたことが推定されている。

しかしこの飛行実験は失敗に終わり、空中爆発か墜落かははっきりしないが、いずれにしても機体はバラバラに破壊され、乗組員たちは全員名誉の死亡を遂げた。


▼ソ連のUFO開発の歴史

1970年代始め、ソ連政府はソビエト宇宙局の中に「UFOスペシャルチーム」を設置して、物理、天文、エネルギー他、様々なソ連の頭脳を終結させ、更に軍やKGBからもメンバーを召集して円盤型の航空機の開発に当たらせた。

彼らに与えられたテーマは「従来にはないエネルギーを使用して飛行する」「レーダーに映らない」「軽量で高い強度を持つ金属を開発して、これを機体に用いる」ということであり、大規模な国家予算が投じられて各所に研究所が作られて本格的なUFO製作が開始されることとなった。

機体そのものはボルガ河流域やシベリアにある5つの工場で開発が行われた。ソ連には軍需工場の町である秘密都市と呼ばれる町があり、そういった秘密都市は地図にも載せないようにしており、これら5つの工場もそうした秘密都市の工場が選ばれた。


しかし新しいエネルギーといっても、従来のジェットでも原子力でもないエネルギーなど、そう簡単に発見出来るものではなく、時間ばかりが過ぎていった。だがある時、モスクワ航空大学のセルゲイ・ルーニー教授が、磁力を利用することを思いついた。

地球自体が巨大な磁石であるから、飛行機にこれと反発する磁石を積めば機体を浮かせることが出来、飛行することも可能なのではないか。

実験は、スタッフたちと一緒に飛行場に磁石を敷き詰め、模型の飛行機に磁石を積んで飛ばしてみるところから始まった。

しかし、飛行機は突然跳ね上がったり、墜落したりしてうまくいかない。磁力を原理とする飛行機など、果たして可能なのかどうか、実験は手探りで行われた。

更に仮に安定して浮くようになったとしても、実用化となれば、地球の地磁気は均一ではない、その辺りをどうするのか、磁力に強弱をつけることは出来るのか、浮く力と推進力をうまく融合させることは出来るのか、など問題は山積みであった。


そして10年以上の歳月が流れ、研究チームは、電磁波発生装置を使って機体を浮かせ、飛行させることに成功した。試作段階ではあるが、実際に電磁波発生装置をエネルギーとした航空機も何体か作られ、飛行テストにも成功している。

ただしこれは普通の航空機に近い形で、別に円盤型というわけではない。

後にこの、電磁波をエネルギーとする航空機がテスト飛行を行っている画像は軍から流出し、その筋の専門家の目に触れることとなるが、その映像を見た限りにおいては、飛行速度は推定で時速200kmくらいだという。時速200kmといえば新幹線よりも遅いスピードであり、このままではとても軍用機としては実用的ではない。電磁波を使った推進機は、実用化されるまでには、まだまだ長い時間がかかるだろうと言われている。


▼本物のUFOの墜落から多くを学ぶ

ロシアの、こうした新型航空機の開発は「H・C計画」と呼ばれる。「H・C」とは、ロシア語で「ノーバヤ・サマリョータ」、「新しい飛行機」という意味である。
「H・C計画」は、今から30年ほど前にスタートしており、目的は当然軍事兵器においてアメリカよりも優位に立つことであった。発足当時はまだソ連の時代で、米ソの冷戦時代といわれていた頃である。

新しいエネルギー、新しい金属の開発という難題に向けて研究チームが思考錯誤する中、時々ソ連にとってはヒントを与えてくれる喜ばしい出来事があった。

それは地球外から来た本物のUFOの墜落事件である。旧ソ連領内に墜落した地球外UFOは過去30年間で20機以上と言われる。中にはソ連戦闘機がミサイルで撃墜したUFOも数機含まれているという。

墜落も撃墜も、その時はアメリカ側の戦闘機だと考えられていたし、当時はそう発表されていた。しかし実際に機体の残骸の調査に行った者たちは、一様に首をひねるような残骸がそこにはあった。


金属のようであって金属ではない極めて軽い物質。手で簡単に曲がるほど柔らかいが、ドリルで穴を開けることは出来ない。飛行機の形状がこれまで見たこともないような形をしており、推進機や燃料を調べても、地球上のいかなる航空燃料も使用されていない。後の材質の分析においても、その90%以上が地球には存在しない物質であることも判明した。

結論として、地球外生物の乗り物であるとしか考えられない。こういった残骸を発見した場合には、すぐに軍が回収し極秘のうちに研究施設へ運ばれることにっている。

H・C計画に携(たずさ)わっていたチェルノブロフ教授も後に「20機以上のUFOの残骸から、軍は実に多くのことを学んだ。」と発言している。

一方、新しい金属についてもほぼ完成したのと噂はあったが、このH・C計画は1998年の経済危機において一時中断という現実を迎えることとなった。計画そのものが消滅したわけではないらしいが、再開には「経済」という別の難問が立ちはだかっているようである。


2011年において、円盤型航空機の開発がどれほど進んでいるのかは明らかではないが、数年前の現状を報じた資料においても、まだ安全性に関してはかなり問題があり、また、本物のUFOと同レベルでの動きやスピードにはほど遠く、墜落などの事故が相次いでいるのが現状のようである。

しかしある程度のレベルには達し、実際テスト飛行として地球上の空を飛んでいるのもまた現実であるが、開発の最終目的は民間輸送や観光用ではなく、武装しての兵器転用である。

UFOの目撃例は世界中で何万何十万とあるが、それは見間違いが最も多いにしても、中には本物の異星人のUFOもあり、地球で製造されたものもありで、円盤型航空機が全て異星人の乗り物というわけでもない。



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