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No.148 霊能力者 ダニエル・ダングラス・ヒューム



精神の力で、通常の人間には出来ないような現象を起こす人間を超能力者というが、ダニエル・ダングラス・ヒューム(Daniel Dunglas Home)は「霊能力者」として紹介される。近年において最も強力な霊媒師と言われている。

ヒュームは生涯の間に数々の奇跡を起こしてきたが、それらの現象はあくまでも「霊が行っているものだ。」と彼が常々(つねづね)言っていたことや、多数の交霊会を行って、その場に霊を呼び出したり、空中から手を出現させたりなど、自分の能力はあくまでも霊の力によるものだと主張していることに由来する。

ヒュームの特筆すべき点は、大勢の観客の前で、そして明るいところで数々の現象を起こしたにもかかわらず、生涯に渡って、それがイカサマだと立証されたことが一度もなく、列席した研究者や著名人たちも、彼の能力が本物だと認めざるを得なかった点である。

伝えられた話は、どれも信じがたいものばかりであるが、今となっては、それがトリックではなく事実として残されており、ヒューム自身がこの世を去っている以上、もしもわずかな確率でトリックが存在したとしても、それを実証することは出来ない。


▼ヒュームの生い立ちと子供の頃の経験

ヒュームは1833年、スコットランドのエジンバラ市郊外で生まれた。幼い時両親を亡くし、伯母(おば = 父母の姉)に引き取られて育った。しかし伯母としては、ヒュームを引き取ったのはいいが、間もなくしてその伯母の家でポルターガイスト現象が起こり始めた。

勝手にドアが開閉したり家具が動いたり、家の中から妙な音が聞こえたりするのだ。これまで何もなかったのに、ヒュームが来てからこういう現象が起こり始めたので、伯母は、「お前が悪魔を連れて来たんだ!」とヒュームを罵(ののし)るようになった。


1846年のある日、ヒュームは、夜中に寝ている時、昔の友達でエドウィンという少年が、いきなり自分のベッドの横に立っている幻(まぼろし)を見た。

エドウィンは手を上にあげ、空中で三回ほど手を回して輪を書いた。そしてすぐに消えてしまった。ヒュームは、これがエドウィンが三日前に死んだということを意味するのではないかと思ったというが、後にそれは事実であったことが判明した。

家の中で霊現象が起きることやヒューム自身が霊を見れることは段々と友達や近所の人たちの間で話題になり、そのうち、「霊の力を借りて、無くしたものを探してくれ」とか「行方不明になっている身内の行方が分からないか?」など、ヒュームに何らかの能力があると聞いた人たちが家を訪ねてくるようになった。

伯母としては、ヒュームに悪魔がとり憑(つ)いていると思っていたし、その上でこういう来客がたびたび来るのではたまらない。ヒュームがある程度の年齢になるのを待って、ヒュームを家から追い出してしまった。


▼開花する能力

一人で生きていかざるを得なくなったヒュームは単身、ヨーロッパに渡った。これまでで自分自身の能力が成長していることも自覚していたし、自分の意思で物を動かせたり、霊と交流出来る能力もこの頃には身についていた。

まずはこの分野で人脈を作って、自分がこの地で生きていくための世界を確立していくしかない。心霊関係の組織をあちこち訪れて、ヒュームは交霊会に出席して自分の能力を披露してみせた。

家具を宙(ちゅう)に浮かせて、それを再び元の位置に戻してみせたり、花瓶の置かれたテーブルを空中を漂わせて移動させたり、花瓶の中の水を噴水のように噴(ふ)き出させたりもした。床が揺れたり、花がその場でみるみる開いたり、ピアノが宙を漂(ただよ)ったりなどの、異常ともいえる現象を次々と起こしてみせた。

これらの話を聞いたハーバード大学の調査グループが、1851年にヒュームの能力を調べに来たが、彼の能力は本物であると結論づけている。


1868年11月30日、その日の交霊会は、ある家の部屋で行われていたが、ヒュームは部屋の暖炉の、燃えさかっている炎の中に手を突っ込み、中から石炭を取り出した。もちろん、燃えている石炭である。

石炭を手に持ったまま「誰かこの石炭を持ってみませんか?」と出席者たちに呼びかけた。
「私がやる。」と、出席者の一人が名乗りを上げた。だがその出席者は、ヒュームから石炭を受け取った途端、悲鳴を上げて石炭を落としてしまった。彼は手に火傷を負ってしまった。

次にヒュームは、別の出席者の所へ燃える石炭を手に持って歩いて行き、「怖がらないで手を出して下さい。」と言って、相手が手を差し出すとその上に石炭を乗せた。30秒ほどそのままにしておいてヒュームは石炭を回収したが、その出席者は手に火傷も負わず、その出席者が言うには、石炭はちょっと温かく感じられただけだったという。

また、ヒュームは、燃え盛る石炭で顔を洗ってもみせたこともあるが、全く火傷も負わなかった。


▼空中に浮くヒューム

ヒュームの能力のうちで、もっとも有名であり、人々を驚かせたのが空中浮揚(ふよう)、すなわち自分自身が宙(ちゅう)に浮くという能力である。

ヒュームがこの能力に目覚めたのは1852年8月、ヒュームが19最の時だった。

この日、ある商人が自宅で交霊会を開催し、ヒュームもこれに招かれて出席していた。いつものように物を宙に浮かせる能力などを披露していると、突然ヒューム自身の身体が浮き上がり始め、床から30cmのあたりまで上昇した。

ヒューム自身もびっくりした様子で、ちょうどこの時は「ハートフォード」誌の編集長F・I・バーと握手をしている時であり、このバー編集長も驚いて手を離した。喜びと恐怖が混じったような表情で、ヒュームは床に降り、その後再び浮き始めた。もう一回降り、三回目の上昇では手や足が天井に触れるほどだった。


この時以来、ヒュームは空中に浮くコツを完全につかんだようで、この後出席した交霊会などでは、生涯に渡って100回以上もこの能力を披露した。最初はただ宙に浮くだけであったが、そのうち空中を歩き回ったり、浮いた証拠を残すために、ペンで天井に何かを書いてくることもあった。

ヒュームが言うには「目に見えない何者かが私を上に引っ張り上げてくれる。」とよく語っており、それが霊の力であると主張していた。


▼最も話題となった空中浮揚の事件

1968年12月16日、この日は、あるアパートの三階で、ウェイン大佐、アデール卿、リンゼイ卿の3人と、ヒュームを合わせて4人の人物で交霊会が行われていた。

ヒュームは、3人に
「この部屋にいて下さい。」
と言って自分は隣の部屋へと向かった。3人がテーブルを囲んで話をしていると、突然窓の外にヒュームの姿が見えた。

びっくりして窓へ近寄ってみると、そこには空中に浮いているヒュームがいた。ヒュームは窓を開けて、「こんなところを警官に見られたら大変だな。」となどと言いながら窓から3人のいる部屋へと入ってきた。

アデール卿が窓から顔をのぞかせて隣の部屋の窓を見てみると、隣の窓までは大体2〜3メートルの距離がある。しかも足をかけられるようなところは何もない。更に隣の窓は幅が30cm程度しかない。あんな小さな窓からどうやって外に出たのかと聞くと、ヒュームは、

「まあ、見てて下さい。」

と言って頭を窓に突っ込むと、そのまま身体を水平に浮かして窓から外に出ていった。外から窓に入る時は、足から窓に突っ込んでやはり身体を水平に浮かして入るのだという。

この事件はたちまちのうちに噂になり、報道もされたが、「本物の霊能者だ」「トリックだ」と、かなりの議論を呼んだ。

実際にその目で見た3人は、どれも社会的地位がある人であり、「本当にヒュームは宙に浮いていた」と、あまり強く主張しても、自分たちが社会的信用を落とすのではないかとの考えから、強引に言い張ることも出来ず、それが結果的に議論に拍車をかけることにもなった。


▼様々な能力

ヒュームの知名度はどんどん上がり、あちこちの交霊会に招かれるようになった。彼は生涯で1万5000回以上の交霊会に出席しており、その中で、空中浮揚だけではなく様々な能力を披露した。

特に得意としていたのは「霊の手」を出現させることであった。
ヒュームが実験を行うと空中から白い雲のようなものが現れて、それがだんだんと手の形になっていくのだ。

ヒュームの交霊会に何度も出席したクルックス教授は、この手と握手したことがある。手は冷たかったが質感があり、教授が手を握ると相手の手も握り返してきた。更に教授が力を入れて握ると、手はそのままスッと消えてしまった。

(クルックス教授:「クルックス線」など、化学用語にもその名がつけられている著名な化学者。)

ナポレオン三世に招かれた時には、ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン一世 = 通常ナポレオンといえばこの人物を指す)の手を出現させて、その手はペンを持って自分の名前をサインしたという。

また、空中から出現した手が物を運んだり、楽器を演奏したこともある。

霊界から霊を呼び出したことも何度もあり、その際、霊が出現して何らかのメッセージを話し始めるのだが、その時には室内の温度が急激に下がり、真冬のようになったとも伝えられている。手や足も含めて身長が30cm近くも伸びたり、部屋全体を振動させたこともあった。

ヒュームの霊的現象を直接見たという人は莫大(ばくだい)な数に上る。化学者や研究者の実験の対象を務めたことも何度もあり、また、多くの者がヒュームのイカサマを暴(あば)いてやろうと、目を皿のようにしてトリックを探した。だが、一人もイカサマの証拠をつかむことは出来なかった。


また、ヒュームの大きな特徴として、彼は自分の能力を披露する時には極力明るいところを選んで行うようにしていたことがあげられる。

普通、霊的な実験を行う際には、大半の霊媒師は部屋を暗くして実験に臨むものだが、ヒュームの場合は、持論として「暗いところではイカサマの可能性がある。」といつも言っており、普通の霊媒師とは違うということを強調していた。

能力によほどの自信がなければ出来ることではない。だがヒュームといえど、いつも必ず成功するというわけではなく、時には何の現象も起きないこともあった。そうした時でも決して慌てず、特にごまかすような様子もなかった。

しかし有名になるに連れてヒュームを批判する人間も増えてきた。「あいつはペテン師だ、トリックだ、イカサマだ。」と多くの人々から激しい非難を受けた。中にはある程度の著名人でも「あいつは汚い奴だ。」とヒュームを悪く言う者もいた。

これらの批判は、名声が高まるに連れてヒューム自身の生活が贅沢(ぜいたく)になっていったことに対するひがみも多く混じっていたようである。

ヒュームは基本的には、謝礼を現金をもらうことは嫌がり、物品でもらうことが多かったが、しかしそれでも豪邸に住み、召使いを雇い、毎日高級食材で満たされた食事をとるような生活を送っていた。

こういった生活が、いかにも心霊現象で儲けたような印象を人々に与えていたことも事実であるが、ヒューム自身、一般の人々に無料で能力を見せていたこともよくあり、特に素晴らしい人格者とまではいかないまでも、それほど金儲けに固執している人物でもなかったようである。

社会的地位もかなり上昇し、ローマでは教皇ピウス9世やアレクサンドル2世に謁見したり、フランスではナポレオン3世と皇后ウジェニーの前で自分の能力を披露してみせたこともある。


▼私生活の金銭トラブルと晩年

裕福な生活を送っていたヒュームであったが、妻を亡くしてから金銭トラブルに巻き込まれるようになった。

ヒュームは26際の時、ローマで知り合ったロシア貴族の娘でサーチャという女性と結婚していたが、サーチャはわずか結婚3年後に病死してしまい、この後サーチャの親類たちによる遺産争いに巻き込まれた。

現実の金銭管理や世の中のことに疎(うと)かったヒュームはこの後も何回か金のことでトラブルになっている。


特に大々的に報じられたのは、1867年にリヨン夫人(75)と争った時の裁判である。リヨン夫人は、最初はヒュームの能力に感動してスポンサー的な存在となり、多額の小切手を送り、ヒュームを養子にまでして可愛がった。

しかし金を出しているわりには、リヨン夫人にはヒュームほどの名声もついてこないし、話題にもならない。また、リヨン夫人はあまりにも感情的で自分勝手な性格であり、それがだんだんとヒュームの心を遠ざけていき、次第に二人の間には溝が出来るようになっていった。

リヨン夫人は、最初は可愛がっていたヒュームに対して憎しみさえ抱(いだ)くようになり、ついには「ヒュームに金をだまし盗(と)られた。」と訴えたのである。

裁判は明らかにリヨン夫人の言いがかりといった印象が目立ち、偽証(ぎしょう)も多かったというが、結局ヒュームの方に有罪判決が出て、これまでの寄付金を返すようにとの判決が出された。

裁判官が霊的現象を頭から否定しているタイプで、そういった能力での議論は取り上げられないとして、結果的にヒュームが金をだまし盗ったという形にされてしまったのだ。妻を亡くしてからあまりゆとりのない生活を送っていたヒュームは、この後心霊関係の講演をして金を稼ぎ始めることとなった。

そして1872年、ヒュームは自分の能力が限界に来たことを感じて39歳にして引退表明し、ロシアやイタリアで晩年を過ごし、1886年、53歳でこの世を去った。


▼補足

超能力者、あるいは霊能力者は、その方面の研究機関において実験を行われることが多いが、100%の確率で能力を発揮出来る人間はいない。

透視による事件解決や念写なども、成功した時に大きくクローズアップされて報道されるので、テレビで見る限りではいつも成功しているような印象を受けるが、実際には現実の人間故(ゆえ)に、実験は成功したり失敗したりするし、予言者と言われる人でも当たったりはずれたりが普通である。

しかし、自分の能力をショーとして見せて収入を得るようになったりして、絶対失敗出来ない状況を多く経験するようになると、そこにだんだんとトリックが混ざってくると言われる。最初は100が真実であっても、そのうち80の真実、20のトリックといった形になると言うのであるが、現実的に考えるといかにもありそうなことではある。

ヒュームの生きた時代には、偽者の超能力者や霊能力者が結構いたらしく、詐欺で摘発された人もいたようである。


果たしてヒュームの場合は・・。記録に残っている限りでは、ヒュームの見せた能力はイカサマが実証されたことのない本物の能力とされている。また、実際に何の現象も起きないこともあったし、能力を見せるといった場面で常に成功していたわけではない。それが逆に能力の真実味を与える。また、人間が空中に浮いたという話は、ヒュームだけではなく、それ以外にも何件か記録が残っているので、彼だけが人類で唯一、というわけでもない。

空中に浮かぶ人間とは、何かインキチくさい作り話のように感じた人も多いと思うが、何百人もの人間と共に船が消失するバミューダトライアングルや、突然、火の気もないのに人間だけが燃え上がる人体発火現象、もう一人の自分自身に出会ったというドッペルゲンガー現象などのミステリーに比べれば、人が浮いたという話の方が、まだありそうな感じではある。

ヒュームがすでに故人となっている以上、最新鋭の機器で測定・撮影したりテレビ生中継ということは出来ないが、超常現象ファンとしては、彼の能力が「超」がつくほどの一級品であり、歴史上でも最高の超能力者・霊能力者であったと信じたい。



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