No.36危険が迫っているのによけられない


道路を歩いている歩行者に、突然車が突っ込んできます。衝突までほんのわずかの時間ではありますが、多少はよける時間があります。場合によっては3秒か4秒ある場合もあります。ですが、歩行者はそのままよけることなく、車に跳ねられてしまいます。

また下山している登山者が、上から転がり落ちてきた岩をよけきれずに衝突して死傷する場合もあります。上から岩が転がり落ちてくるのが見えているのに、そして数秒ほど逃げる時間があるのに、岩を見つめたまま動かず、そのまま岩に衝突してしまうのです。

なぜ避けようとしないのか、ではなく、「避けられない」のです。人間は突然の恐怖に直面すると、身体がすくんで動けなくなります。テレビのヒーローのように、突発的に危機を回避するというのは現実には難しいと言えるでしょう。


かつて立教大学で、「上から物が落ちてきた瞬間の人間の行動」を調べる実験が行なわれたことがありました。建物の下に何も知らない学生を立たせておいて、その建物の3階から名前を呼びます。

地上から3階までは約7メートルの高さがあります。名前を呼ばれた学生は「何だろう?」と思って上を見上げます。その瞬間、3階の窓から30cm四方の黒い石を学生めがけて落とすのです。

実際には石ではなくて、発砲スチロールを黒く塗ったものなのですが、学生には一瞬、それが何なのかは分かりません。

男17人、女12人にこのテストを試みた結果、落下物を避けることが出来たのは男4人、女1人だけだったといいます。そして何らかの防御の体制をとった者が、全体の4割くらい。その4割のうちの半数は、頭の上で落下物を受け止めようとしました。


結局、危険を察知しながら、全く何も出来なかった者、もしくは防御の体制に入ったもののその場から動けなかった者は、全体の8割以上にものぼります。このことからも分かるように、とっさに身体を動かせる人間よりも、身体が硬直して動けなくなる人間の方が圧倒的に多いのです。

人間は目や耳から入ってくる情報を脳で処理しながら行動に移しています。突発的な出来事に対しては処理する時間が足らないで、間に合わせのような行動しか取れなくなってしまいます。

もちろんこれは、普段から特に何の訓練もしていない人の場合であって、ボクサーや空手家のように普段から攻撃やスピード感を経験しているのであれば、とっさの場合でもかなりの率で身体を動かすことが出来るでしょう。