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No.33 入れ歯の忘れ物

大阪市内の病院に入院しているトメさんは、末期のすい臓ガンだった。すでに意識ももうろうとし、一度は仮死状態にまでおちいった。付き添いをしている、娘の秋子さんもすでに覚悟は出来ていた。

仮死状態から目を覚ましたトメさんは、何かを秋子さんに喋りたいようなのだが、よく聞き取れない。秋子さんが聞き返すと、トメさんは手さぐりで何かを探し始めた。どうやら入れ歯を探しているようだ。これがないと発音が不明瞭になって、うまく喋れない。トメさんが喋る時の必需品なのだ。


入れ歯を探し当てて、口に入れ、改めてトメさんは喋り始めた。
「今、おまえの家へ行って来たよ。それから東京のツトム(秋子さんの弟)の家にも行って来た。」

秋子さんも、すでにトメさんが、夢と現実の区別がつかなくなっているのだろうと思い、「分かったわよ、お母ちゃん。あんまり喋るとよくないわよ。」と、トメさんを諭(さと)した。その言葉にムッとしたのか、トメさんはまだ話を続ける。

「全くお前は、洗濯物もたたんでなくって、ヒロシ(秋子さんの息子)のズボンなんて干しっぱなしで、取り込んでもいないじゃないか・・。」

その言葉を聞いた秋子さんはびっくりした。トメさんの容態が急変したとの知らせを受け、気が動転して、確かに洗濯物は取り込んだものの、居間に散らかしっぱなしにして出てきたのだ。更にトメさんの言った通り、息子のズボンは別のところに干していたために取り込むことさえ忘れていたのである。


だが秋子さんの嫁ぎ先は和歌山。ここ大阪の病院に入院しているトメさんが、なぜ遠く離れた秋子さんの家の中の様子を、しかも昨日の様子を詳しく知っているのだろう。

更にトメさんは続ける。「ツトムは青いスーツを着て新幹線に乗るみたいだね。」後に駆けつけたツトムさんの姿を見ると、まさにその通りであった。しかもその青いスーツは最近買ったばかりで、もちろんトメさんがそんなことを知っているはずもない。

「魂だけが飛んで行って見てきたとでもいうのかしら・・?」秋子さんも、そう思うしかなかった。そしてそれからしばらくして、とうとうトメさんは亡くなってしまった。最後まで「まだ死にたくねぇ」と言いながら・・。


トメさんのお通夜は自宅で行うことになった。これまで看病していた秋子さんも、看病疲れとお通夜の準備でくたびれてしまったのか、ちょっと気が緩んだ時につい、うとうととなってしまった。

何気なくハッと目を覚ますと、パタパタと誰かが廊下を歩いている足音が聞こえる。その足音は、亡くなったトメさんにそっくりなのだ。いや、そっくりというか、トメさん本人としか考えられない足音だった。

じっと耳を澄まして聞いていると、その足音はかつてトメさんが使っていた部屋に入っていった。そして部屋の中であれこれと引き出しをあけたりして、何かを探しているような音が聞こえてくる。


「まさか・・お母ちゃん・・?」あり得ないこととは思ったが、昼間のこともある。常識で考えられないことが起こっても不思議ではないのだ。勇気をふり絞って秋子さんは、足音が入っていったかつてのトメさんの部屋の前に立ち、思いきってドアを開けてみた。

するとやはりいた! 白い着物を着たトメさんが部屋の中に立っていたのだ。トメさんは秋子さんを見るなり「お前、これを忘れてきただろう。」と言って、手に持った入れ歯を見せた。そういえば気が動転して、トメさんの入れ歯を病院に忘れてきてしまった。だが、トメさんの部屋には、引き出しの中に予備の入れ歯が一つ置いてあった。トメさんはその予備の入れ歯を取りに帰ってきたのだ。

「これがないとうまく喋れないからよ。」
そう言ってトメさんはそのまま部屋を出ていき、廊下に出たところでスーッと姿を消してしまった。

あの世に行っても喋れないのは困る、と、どうしても入れ歯が必要だったのだろう。秋子さんは、病院に忘れてきた入れ歯を取りに行き、トメさんの骨壷に一緒に入れてあげた。


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