Top Page　　心霊現象の小部屋　　No.48　　No.46


No.47　人体の不思議

中野浩次さんは、せっかく苦労して入った大学の医学部を途中で中退してしまった。理由は、医学よりも音楽の方に興味が強くなって、音楽の方でプロを目指したいと思ったからだ。

外科を開業している両親はこれにすっかり腹を立て、それまで送っていた月３０万の仕送りを打ちきってしまった。いきなり仕送りなしはきつい。中野さんも金に困って友人に相談してみた。

「ほんっとに金がないんだよなー。何かいいバイト知らない？　結構稼げるような仕事ってないかな？」

すると友人は、
「じゃ、紹介してやろうか？　俺の先輩のいる大学病院で影島教授って人がいるんだけどさ、この人が専門のバイトを探してるらしいよ。

影島教授ってのは司法解剖(死因を調べるために死体を解剖する)を担当してる人なんだけど、結構面倒くさがりの人で、解剖した死体の縫合をしたり内臓を元に戻したりって作業は、みんな研究室の学生かインターンにやらせるらしいんだ。

だけどみんな嫌がってさ。解剖とか縫合の心得のある学生がいたら、日当２万で雇いたいって言ってるらしいんだ。お前、出来るだろ？どう、このバイト？」

中野さんは外科医の親の血を引き継いだためか、死体を見たり解剖したりということには何の抵抗もない。実習での成績もよく、腕にも自信があった。
「おっ、いいじゃん、それ。俺、やるよ！」

と、二つ返事で引き受けた。

そしていざバイトを始めてみると、これがなかなかハードなものであった。身体は切り刻まれたまま、そして内臓が取りだされたままという状態はしょっちゅうだった。

そういう状態の死体をまた縫合して、元通りの状態に戻すのが中野さんの仕事だ。しかし人間の内臓とはやっかいなもので、元々ちゃんと入ってたはずなのに、いったん取り出すと、胃や肝臓、すい臓・・と、元通りに入れようとしてもなかなかうまく入らないのだ。

中野さんもバイトをやっているうちに、内臓を無理矢理詰め込んで傷口をきれいに縫合する、というようなことも出来るようになった。

ある日、また同じようにバイトに出勤した。今日の死体は４０代の太った男性のようだ。いつものように、また腹が開かれたままの状態になっている。だが内臓はきれいに収まっていた。

「おっ、今日は楽そうじゃん。」そう思いながら作業にとりかかった。黄色いぶよぶよした脂肪が内臓を覆っている。
「すごい脂肪だな。こいつがあると縫いにくいんだよな。」独り言を言いながら縫合用の針と糸を持ってきて死体の横に立つ。ふと、その死体の右手に目がいった。

その死体の右手の指は５本とも、第一関節から上がないのだ。
「ヤーさんだったのかな？でも５本とも切り落とす、なんてことあるんだろうか？事故かなんかで落としたのかな？」

それぞれの指は、まるで鋭利な刃物で切ったように見事な切り口だった。
「しかしこれを処理した医者は相当な腕前の人だな。こんなに切断面をきれいに処理するなんて。」

そう思いながら身体の縫合をしようとした時だった。
「うわっ！」
と、突然中野さんは悲鳴をあげた。

死体の心臓に指が突き刺さっている。なくなっていた第一関節から上の部分が５本とも心臓に突き刺さっているのだ。

「なんだ、これ・・。なんでこんなところに・・？」
試しに指の１本を引き抜いて、右手の指に合わせてみると、まるで磁石でくっつくようにぴったりくっついてしまった。

途端に寒気がしてきた。「これ、普通じゃないぞ、この死体・・。」

この時突然後ろの方から「ほほう。」という声が聞こえてきた。振り返ってみると影島教授が立っている。

「あっ、教授。変なんですよ、この死体！指が・・。」
「ふふ・・。君はまだ日が浅いから、こういう事例に出くわしたのは初めてかも知れないね。この人は心筋梗塞で亡くなった人なんだが、路上で突然心臓を抑えて苦しみ始め、そのまま意識を失ったらしいんだ。

そして救急隊員が駆けつけた時にはすでに死亡していて、その時には指はもうなかった、ということだ。もちろん、その日の朝までは、指はちゃんとあったと家族の人は証言している。

我々のような仕事をしていると、ごくまれにだが、普通では考えられないような事例に出会うのさ。これもその一つだ。」

びっくりしている中野さんを尻目に、教授はいたって冷静だ。
「針と糸をこっちへくれないか？　今日は私が縫合しよう。」

そういいながら、影島教授は今の指を再び心臓へと戻し、身体の縫合を開始した。作業しながらも教授の話は続く。

「君はおそらく私の話は信じないだろうな。いや、信じるも信じないも君の自由なんだが・・。

人体というものは実に不思議なことが起こる。およそ常識では考えられないことがね。

例えば、肝硬変で死んだ、傷一つない死体を解剖していた時だ。身体にメスを入れるたびにカチッカチッと音がするんだ。よく見ると筋繊維の中に無数の針が埋まっている。それもメダカの群れのようにびっしりと・・身体のどこを切っても針が出てくるんだ。でも死因は肝硬変なんだよ。

それから肺炎が原因で死んだ人を解剖していた時だ。頭蓋骨が奇妙な形にゆがんでいた。私も気になって頭を開いてみたら、頭蓋骨から真っ黒な液体がどろどろと流れ出してきたんだ。

そして脳髄は一滴も入ってない。流れ出した液体を分析してみたら重油だったよ。でもこの人は生前、ちゃんと生活してたし、精神に異常をきたしていたということもなかった。死ぬ間際まで全く普通の人だったんだよ。

それからすい臓の裏から大量の犬の毛が出てきたこともあったし、頭蓋骨を開いたら普通の人の５倍くらいの眼球(目玉)が出てきたこともあったな。

話しながら手際よく影島教授は縫合を終えた。
「じゃ、これからもよろしく頼むよ。」
と、にっこり笑って教授は出ていった。

しばらくしてから中野さんはこのバイトを続けながら、再び医大へ入りなおした。人体の神秘に触れて医学への道を歩むことを決心したのだろうか。影島教授はあれから何年かして定年退職を迎えたということだが、今でもあの時の話は時々思い出すようだ。果たしてあれはどこまで本当だったのか、あるいは全て真実だったのか。