Top Page  心霊現象の小部屋  No.66  No.64


No.65 深夜に走る幼稚園のバス

山田さんと岩本さんは、同じ商店街でそれぞれの店を経営している経営者同士である。二人は共に50代でとても仲がよく、今回も二人で温泉旅行に来ていた。

旅行自体は商店街主催の旅行が年に一度あるのだが、家族同伴のためにこっそりと風俗に行くというのは難しい。そのために時々二人で慰安旅行と称して女遊びが目的の旅行に出かけているのだ。

今回は三泊する予定だったが、初日の夜は、山田さんがちょっと風邪気味だということで外へは出かけず、二人で部屋の中で花札をしていた。夜の11時をまわったころ、山田さんが、

「ちょっとお腹がすきましたね。ビールも尽きてしまったし」と言うと、
岩本さんも「そうですね、何か食べ物でも買ってきますか。向こうの川を渡ったところにコンビニがありましたよね。」と、ちょうど腹が減っている様子だった。


「でも歩いていくにはちょっと遠いですね。」
「旅館の駐輪場にカギのついてない自転車がありましたよ。見つかっちゃまずいかも知れませんが、あれをちょっと借りましょう。私が行ってきますよ。」
「いや、私もちょっと外に出てみたいし、二人乗りで行きましょうよ。」

意見も一致して、自転車に二人乗りしてコンビニに行くこととなった。運転するのは岩本さんの方である。


自転車で夜道をほろ酔いでのんびりと走る。道路もこの時間になると、走っている車もまばらである。ちょうど橋の上を通っている時、横から一台のマイクロバスが二人の自転車を追い越した。

そのマイクロバスは幼稚園のバスらしく、車体の横には黄色でかわいい絵が描いてある。窓からは園児たちの黄色い帽子がたくさん見えている。

「岩本さん、もう夜の12時前だというのに、なんで今ごろ幼稚園のバスが走ってるんですかね。」
「さあ・・?遠足の帰りの渋滞にでも巻き込まれたんじゃないかな。」
岩本さんは別に気にも留めてない様子だ。コンビニまで、あと100mくらいだ。


そのバスは、ちょうど二人の目的地であるコンビニの前で停まった。黄色い帽子をかぶった幼稚園児が、更にそのバスに次々乗りこんでいくのが見える。

「あれ?園児たちを降ろしていくのなら分かりますが、あのバス、更に子供たちが乗ってますよ、岩本さん。」
「本当だ。何事だろうね。」

バスは方向転換すると、今度は今来た道を引き返してきた。岩本さんたちの自転車とは反対車線ですれ違う。

やっとコンビニに到着し、食べ物と酒を買った。コンビニの店員に、山田さんが
「今、店の前で幼稚園児がいっぱいバスに乗ってたけど、あれって何なんでしょうね。」と聞くと、
「はぁ・・?幼稚園児・・?今、いましたっけ?」
と店員には話が通じない。


「まぁ、いいか。別に大したことじゃないし。」
二人はまた自転車に乗って、旅館に向かってこぎはじめた。山田さんは荷台に座って、今買ったばかりのビールをすでに飲み始めている。

さっき通った橋まで来ると、前方に車が停まっているのが見えた。よく見ると、さっきの幼稚園のバスである。

「何かやばい。」理由はないが、直感的にそう感じた岩本さんは、
「山田さん、しっかり捕まってて下さいよ! 飛ばしますから!」
そう言って、腰をあげて必死にペダルをこぎ始めた。


幼稚園のバスを追い抜く瞬間、見まいとしていたが岩本さんはつい、バスの方を見てしまった。近くで見るとバスは、あちこちがへこみ、車体も傷だらけである。窓ガラスのほとんどは割れているかヒビが入っている。

そして中に乗っている幼稚園児が全員こちらの方に顔を向けているのだが、どの子供にも顔がないのだ。目も鼻も口もない、のっぺらぼうの子供たちが、割れた窓から細い手をいっせいに出して二人を捕まえようとしている。

「うわあぁぁぁ!!」岩本さんは悲鳴をあげて無数の手から逃れるように必死にこいだ。


前方にガソリンスタンドを発見したので、すぐにそこに飛び込んだ。「山田さん! 見ましたか、今の!! 顔のない子供たちが我々を捕まえようとして・・!」

と話し掛けても山田さんの応答がない。びっくりしたあまり、いつの間にか荷台に乗っている山田さんがいなくなっていたことにさえ気づいていなかったのだ。

「お客さん、どうかしたんすか? 驚いたような顔をして。」
店員が近寄ってきてくれたので、すぐに事情を説明し、一人いなくなっていることを告げると、警察に電話してくれた。


ほどなくして、さっきの橋の下のあたりで山田さんの水死体が発見された。橋の上からはビールの缶が発見された。警察の所見によると、酔って川に転落して溺死したのだろうということになった。

事情聴取で岩本さんが必死にバスの話をしても、酔って何かを見間違えたのだろう、としか受け取ってもらえなかった。


旅館に帰って、勝手に自転車を借りたお詫びも兼ねて、主人にこの話をすると
「なるほどねぇ・・。思い当たることといえば・・、もう20年以上前になるかな。ここから結構山奥の方へ入ったところに集落があってね。あの頃はその集落にも子供がたくさんいたから、この町の幼稚園から毎日送迎バスが出てたんだよ。

あの橋を渡る時にはよく、子供たちがバスの中からちっちゃい手を振ってさ、かわいかったな。それがある日、飲酒運転の車と橋の上で衝突して、バスごと川に転落しちまったんだよ。全員死亡しちまってな。ありゃあ大事故だった。


その集落の親御さんたちも、子供たちがいっぺんにいなくなっちまったもんだから、たいそう悲しんでな。『もう、この土地には居たくない』って、集落の人たちもちりぢりに引っ越してしまって、あっという間に灰村になっちまったよ。今じゃ誰も住んでねえ。

あんたが見たのはそのバスかも知れねえな。酔っぱらいが来たから引き込もうとしたんだろ。相棒はかわいそうなことになってしまったが、うちも自転車にカギをかけとくべきだったな。」

あの時自転車荷台に座っていたら、自分の方が引き込まれていたかも知れない。改めて岩本さんはぞっとした。