Top Page  心霊現象の小部屋  No.70  No.68


No.69 ドアから聞こえる声

ある夏の暑い夜、中学生である今津優子さんは、自宅のベッドでふと目を覚ました。時計を見るとまだ深夜の三時ごろだ。暑くて寝苦しい。優子さんは身体にかけていたタオルケットも引きはがして、しばらくベッドの上でうとうととしていた。

するとその時、何か遠くから声が聞こえたような気がした。女の声である。おや?と思いながらそのままベッドで横たわっていると、だんだんと声もはっきり聞こえてくるようになった。

「開けてぇ・・」「開けてぇ・・」

声はそう言っている。しかも最初はかすかに聞こえる程度だったものが、だんだんと近づいてくるかのように大きくなってきている。


全身に鳥肌が立つような感覚。背筋がぞくぞくしながらも優子さんは頭からタオルケットをかぶり、震えていた。
しかし声は止(や)まない。

声の方向からして、家の玄関の前から聞こえてくるようだ。声の主がどこからか歩いて来て、優子さんの家の玄関まで来たようだ。今、玄関前に誰かいる・・。

怖くてたまらなかったが、優子さんは勇気をふりしぼって、部屋から出て廊下を歩き、玄関まで行ってみることにした。ドアの前に立つとはっきりと聞こえる。
「開けてぇ、開けてぇ」と。


恐る恐るドアに近づいて、ドアスコープから外を見てみた。だが、外には誰もいない。思い切ってドアを開けてみようか・・そう思いながらドアのノブに手をかけた。しかしその瞬間、声はぴたっとやんだ。

まるでこちらの存在に気づいたかのようなタイミングだった。

いっそう怖くなった優子さんは、急いで部屋に戻り、タオルケットをかぶってベッドに横たわった。全身がガタガタと震えていたが、時間の経過とともにようやく落ち着いてきて、いつしかそのまま眠ってしまった。


翌日、母親に昨日の出来事を話してみた。優子さんは真剣そのものだったが、母親の方は「夢でも見たんでしょう。馬鹿ねぇ。」と笑ってまともには聞いてくれない。優子さんも夢だと思いこもうとした。

それから一週間くらい経った、ある夜のこと。この日も暑くて寝苦しく、優子さんもなかなか寝つけずにいた。ふと、この間のことが頭をよぎる。

「なんかイヤだなぁ・・。」
そう思いながら横たわっていると、突然また聞こえてきた。

「開けてぇ・・。」

ぎくっとしながらも耳をすますと、やはり声はだんだんと近づいてくる。そして玄関の前の辺りで声は立ち止まった。この間と同じだ。再び優子さんは怖いながらも玄関に近づいていった。

「今日は・・声の正体をつきとめないと・・。」


「ここを開けてぇ・・。」
ドアの向こうから女の声が聞こえる。優子さんがこわごわとドアを開けようと近づいた瞬間、

「早く開けてえぇぇーーっ!!」

突然外から女のすごい絶叫が聞こえてきた。
「キャアァァァーー!」

その瞬間、優子さんは悲鳴をあげ、そのまま恐怖のあまり気を失ってしまった。声を聞きつけた母親が目を覚まし、かけつけて来た。母親に揺り起こされた優子さんが、今あったことを説明したが「何言ってるのよ、困ったもんねぇ。」と苦笑いしながら受け流すだけで、まともに取りあおうとはしない。

だが、これを最後に優子さんは声を聞くことはなくなった。二回に渡るあの経験はなんだったんだろう。


それから月日は流れ、10年が経過した。優子さんは結婚し、普通の主婦として生活していた。あの出来事もすっかり忘れていた。しかしそれを再び思い出す時がきてしまった。

優子さんの母親が風邪をこじらせて高熱を出し、看病をしに実家へ帰った時のことである。高熱でうなされながら母親は
「誰かいるのよ・・家の中に誰かいる・・。
とうわごとのように繰り返していた。

横では父親がおろおろしながら看病をしている。風邪自体は医師の診断では2〜3日安静にしていれば良くなるだろうという判断で、特に危険な状態ではなさそうだった。


夜もふけてきたころ、母親の横についていた優子さんは、ふと何かの気配を感じた。背中に何か触れたような気がしたのだ。次の瞬間、優子さんは中学生のころの体験が頭をよぎった。

恐る恐る自分の後ろを振り返ってみると、そこには白っぽい服を着た髪の長い女が部屋の中をうろうろと歩き回っていたのだ。

「きゃあぁぁぁっ!!」
優子さんは悲鳴をあげた。その女は閉まっているドアを透過するようにすり抜け、廊下の方へと出ていった。

「あの女だ!!」優子さんは直感した。

あの時の声の女は自分が結婚して家を出た後も、この家に来ていたのだ。自分はあの時、ドアを開けずじまいだったが、母親が自分のいない時に開けてしまった。そして家の中に入りこんでしまった。

しかし母親から話を聞くことは出来なかった。容態が急変し、翌日母は亡くなってしまったからだ。