Top Page  心霊現象の小部屋  No.71  No.69


No.70 燃える別荘

東京でカメラマンをしている沢田さんは、先日、東京の近郊地で新築の別荘を購入した。さっそく次の休みに泊まりに行ってみる。沢田さんは30台半(なか)ばだが、まだ独身なので泊まるといっても一人である。

部屋をじっくりと楽しんだ後、仕事の疲れもあってその日はぐっすりと眠ることが出来た。だが、真夜中、何か身体が上から押しつけられるような感覚でふと目が覚めた。仰向けに寝ている身体がそのままの体勢でまったく動かすことが出来ない。これは話に聞いた金縛りだろうと思っていると、何か物が焼けている臭(にお)いがし始めた。部屋も妙に暑く感じる。

ひょっとして火事・・?と思っているところへ、それまでは目さえ開けられない状態だったものが、ふとまぶたが軽くなり、何とか目だけは開けることが出来た。


目を開けて最初に見たものは、自分の身体の上にまたがっている老婆だった。重さを感じた正体はこれだったのだ。老婆はすごい形相で沢田さんを見つめている。

髪はぼさぼさで、浴衣(ゆかた)姿。浴衣からしなびた乳房が片方のぞいている。沢田さんは恐怖で気がくるいそうだったが、身体は硬直したままで声も出せない。その時突然、老婆が身体をのけぞらせるような体勢になりながら、すごい悲鳴を上げた。耳をつんざくようなかん高い絶叫が響く。

それと同時にピピピピピ・・・と電子音が聞こえてきた。電話の音だ。この電話の音がきっかけになったのかどうかは分からないが、この瞬間、老婆の姿は一瞬にして消えてしまった。それと同時に感じていた重さもなくなり、金縛りも解けた。


跳ね上がるように起きた沢田さんは、さっきまで感じていた暑さはふっ飛び、背中にぞくぞくとしたものを感じた。
「今のは夢?それとも本物の幽霊だろうか?」

電話はまだ繁華街で飲んでいる友達からだった。酔った勢いで電話してきたのだろうが、結果的にこの電話に助けられたようなものだった。友達と馬鹿な話をしているうちに、さっきの出来事もだんだん現実味がなくなってきて、「へんな夢を見たもんだ」と思いながら、再び寝ることにした。


そして翌日、沢田さんは酒を飲みながら本を読んでいたのだが、だんだんと眠くなり、いつの間にかテーブルにつっぷして眠ってしまっていた。はっと気がついて目が覚めると、昨日と同じように物が燃える臭(にお)いがする。辺りを見回すと家具やカーテンに火がついて燃え上がっている。周囲にはすごい煙が充満している。

「火事だ!」

びっくりして立ち上がったのだが、辺りを見渡すと、もっとびっくりした。
なぜか自分の別荘の中に知らない老人たちが何人もいるのだ。彼らは、慌てふためき、恐怖に怯(おび)え、悲鳴をあげ、出口を探し回っている。
その中の何人かは、着ている浴衣にも火がつき、それを必死で消そうとしている。


この時、沢田さんはふと気づいたが、この室内は何か自分の別荘とは違う気がする。ではこれは夢か?いや、夢にしてはあまりにも現実感がありすぎる。猛烈に暑い。

その時、一人の老婆と目が合ってしまった。昨日の老婆だ!目が合った瞬間、老婆はまたもや甲高い悲鳴をあげ、沢田さんに向かって手を差し伸べた。まるで「助けて!」と言っているかのようだった。

老婆の悲鳴に反応したのか、他の老人たちもいっせいに沢田さんに近寄ってきた
。みんな沢田さんに手を差し伸べる。全員が助けを請(こ)うているかのようだ。そのうち、老人たちの身体も燃え始めた。ぶすぶすと人間の肉が焼かれる臭(にお)いがただよってきた。


その時、屋根の梁(はり = 天井近くに、地面と水平に架けられた柱)が老人たち目がけて落下してきた。燃えている老人たちには、それをよけることなどとても出来ない。何人もの老人がその梁(はり)の下敷きとなった。すごい悲鳴が聞こえる。

壮絶な光景だったが、早く自分も逃げなくては同じ目に遭(あ)ってしまう。沢田さんはドアを探した。煙で目が痛い上に、すごい熱さだ。火もどんどん強くなってくる。何とかドアまでたどり着いたが、ドアノブが火で猛烈に熱くなっている。

だがこのまま死んでしまうよりマシだ。沢田さんは意を決して熱されたノブに手をかけ、何とか外へ逃げることが出来た。そのまま何メートルかふらふら歩き、そのまま地面に倒れこんだ。


そのまま気を失ったのか眠ってしまったのか・・、朝になって沢田さんが目を覚ますと、別荘の前の芝生の上で横たわっていた。改めて別荘を見てみたが、焼け落ちているはずの別荘が何事もなかったかのように建っている。念のため建物の中にも入ってみたが、これまで通りの、きちんと片付けられた室内の風景がそこにあった。

昨日の火事は夢だったのか・・? いや、やっぱり夢ではない。あの時、猛烈に熱くなっているドアノブをまわして外に出たのだ。ノブをまわした方の手の皮膚がピリピリと痛み、水ぶくれも出来ている。明らかにヤケドの症状だ。


沢田さんはこのリゾート地の管理人を訪ね、昨日の出来事を話してみた。話を聞くうちに管理人の顔からは笑いが消えていった。
「そうですか。そういうことがありましたか。実はあそこには昔、老人ホームが建っていたんですよ。でもある日夜中に出火しまして、建物は全焼。中で生活していた老人たちは全員焼死しました。そのうちの何人かは梁(はり)の下敷きになって発見されたんですよ。」

沢田さんが見た光景は、中で焼死した老人の一人が、死ぬ間際に見た光景だったのだろうか。その老人自身も恐怖だったろうが、一緒に生活していた入居者たちが次々と炎に巻かれて死んでいく。その地獄絵図を見ながら老人は死んだ。沢田さんがこの地に立てられた別荘で寝た時、なぜかその同じ光景を体験することとなってしまったのだ。

沢田さんはすぐに別荘を売り払った。二度とここに泊まろうという気にはなれなかったのだ。


そして一年後。沢田さんが仕事でたまたまこの近くに来た時、以前の別荘がちょっと気になり、立ちよってみた。だが別荘は跡形もなくなっていた。管理人に聞いてみたところ、忌(い)まわしい出来事があって取り壊されたということだった。

沢田さんが手放した後、この別荘は、ある老夫婦が購入した。だが、泊まって二日目の朝、老夫婦は焼死体で発見されたらしい。不思議なことに室内には火事が起こった形跡がまるでないのに、人間だけが燃えていたというのだ。焼身自殺の可能性もあるだろうが、沢田さんには理解出来た。

その老夫婦はおそらく自分と同じ目に遭い、自分はあの時、熱くなったドアノブを開けて外に出ることが出来たが、老夫婦たちは逃げ出せずに老人たちと一緒に焼死してしまったのではないか、と。あるいはあの時、老人たちに差し伸べられた手をつかんでしまったために引っ張りこまれたのではないか、と。