Top Page  心霊現象の小部屋  No.77  No.75


No.76 前の住人が残していった鏡

OLである神田理恵の現在の住まいはワンルームマンションである。しかし年々増えてくる荷物に、置き場所にも困るようになり、もっと広いところへ引越したいと常々思っていた。休みの日にはよく不動産屋に通っていろんな部屋を物色していたのだが、この度、ついに自分の気に入った部屋を見つけることが出来た。


その部屋はアパートではなく、平屋の一軒屋で、小さいながらも庭までついている。六畳が二つと四畳半が一つの合計三部屋、それと台所。何よりも家が古いせいもあって家賃が極めて安い。この家賃であれば何とか払っていけそうだ。

すぐに不動産屋と一緒に部屋を見に行った。言われた通り確かに古い建物ではあったが、何とか許容範囲である。鍵を開けて玄関に入る。思ったより中は綺麗にしてある。当然のように前の住人の荷物は何もない・・と思ったら、なぜか大きな鏡が玄関を開けてすぐのところに置いてあった。

ずいぶん大きな鏡で、たぶん床から180cmくらいはあり、理恵の全身が十分に映る。服装をチェックするにはちょうどいいが、この鏡もかなり古いようだ。鏡のフチは木製で、草やツタの彫刻が施(ほどこ)してある。

鏡の上のフチにはなぜか人間の顔が彫ってあった。顔は全部で5つで、若い男女だけではなく、老人の顔もある。それぞれがリアルな似顔絵といった感じだった。


「何ですか?この鏡。前の人が置いていったんじゃないんですか?」
と理恵が不動産屋に尋ねると、
「ええ、まあそうなんですが、以前ここに住んでいたおじいさんが、骨董品を集めるのが趣味みたいな人でして、この鏡だけ残していったようなんですよ。出来ればそのまま使っていただければこちらも処分しなくて済むんですが、どうでしょうか。」

あんまり自分の趣味には合わなかったが、これを自分で買うとなるとまた金がかかる。全身が映る鏡は女性の必需品のようなものだ。理恵はこの部屋を契約し、鏡もそのまま使うことにした。


引越しの片付けもだいたい終わって三ヶ月ほどが過ぎた。やはり広い部屋は快適である。しかしある日の朝、あの古い鏡で出勤前に自分の姿をチェックしている時、鏡に赤い線がついていることに気付いた。

その赤い線は、長さが4〜5cmくらいで太さも1cmくらいある。理恵が鏡の前に立つと、ちょうど額(ひたい)に当たる部分にくっきりと赤いものが見え、まるで額から血が出ているかのように見える。

「何これ・・? 私、口紅をつけたのかしら・・?」

出勤時間も迫っていることだし、今は鏡を拭いているほど時間がない。大したことではないので、そのまますぐに家を出て自転車に乗って会社に向かった。昨日は理恵の親友とも言える田代明美と遅くまで飲んでいたので、いつもより起きるのが遅くなってしまった。

しかしこの日に限って、やはり急いでいたからだろうか、バイクとぶつかって理恵は転倒し、アスファルトに額(ひたい)をぶつけてしまった。バイクと自転車の交通事故である。バイクの運転をしていた人が救急車を呼んで理恵は病院に運ばれたが、幸い脳には異常はなく、額を4針縫う外傷だけで済んだ。

その日は会社を休んで家に帰ってきたが、あの鏡で自分を見ると、包帯の巻かれている額の部分にちょうど赤い線が重なって、まるで包帯から血がにじみ出しているようにも見える。朝は急いで出来なかったが、赤い汚れはタオルで拭きとっておいた。


それから一ヶ月し、抜糸も済んで事故の怪我もすっかり良くなった頃、理恵が家に帰ると、鏡が水蒸気で妙に曇っていた。別に雨が降っているわけでもないのに変だな、と思いつつ、理恵はタオルで鏡の水蒸気を拭きとった。

しかし拭きとったタオルを見てびっくりした。タオルが真っ赤に染まっていたのだ。まるで血がべっとりとついているようだ。
「きゃぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げてタオルを玄関の方へ投げつけた。理恵はそのままへなへなと座り込んでしまった。

この間、鏡に赤い汚れを見つけた時にはバイクとぶつかった。またもや鏡に異変が起きている。今日は家を出ない方がいいかも知れない。理恵は会社に電話して、風邪をひいたということにして会社を休み、一日中布団の中で過ごした。

夕方になって気も落ち着いてきたので、投げ捨てたタオルを取りに玄関へ行ってみた。タオルは真っ白なままだった。朝見たものは何だったんだろうか。


ひよっとしてこの部屋には、霊がいるんじゃないだろうか・・、いや、この鏡は自分の危険を知らせてくれる幸運の鏡かも知れない・・など色々な考えが頭をよぎる。しかしどちらにしても気味が悪い。

理恵は翌日、どうしても鏡のことが気になったので不動産屋に行って前の住人のおじいさんのことを聞いてみることにした。幸いにも先日対応してくれた社員に会うことが出来た。

「はい、前に住んでいたおじいさんですね。別に隠すことではないんですが、あの方は一人暮らしをしていまして、数ヶ月前に亡くなったんですよ。あ、といっても変死とか殺人というわけじゃなくて、交通事故なんですがね。

それで親戚の人たちが荷物を整理しに来られたんですが、なぜかあの鏡だけを置いていかれたんですよ。あくまで自然死ですから、霊魂がどうこういう類(たぐい)のことは一切ありませんからご安心下さい。」

そう言われても鏡の前の持ち主が死んでいると聞けば、とてもではないが使う気にはなれない。あの家にも住む気にはなれない。「引っ越そう。」理恵はその場で決断した。


その日の夜、理恵の家に田代明美が遊びに来た。怪我をしている間でもちょくちょく家に来てくれて家事なども手伝ってくれた、理恵にとってはありがたい友達である。理恵はこれまでのことを話し、「やっぱり引っ越そうと思う。」という話をすると明美は大笑いし

「バッカじゃないの。事故なんて偶然に決まってるじゃない。それに鏡を拭いたら血がついてたなんてのも、後で見たらタオルは何ともなかったんでしょ。あんたの見間違いよ。そんなことでここを出ていくなんてもったいない。こんなに安くて広いのに。」

明美はおとなしい理恵とは正反対のような性格をしており、いつも自信満々に自分の意見を言い切る。これまでも何回も相談に乗ってもらって、強気なアドバイスでいつも励ましてもらった。

ちょっと目がきつい感じだか、鼻筋が通っててショートヘア。気の強そうな顔をしているが、誰が見ても美人だと思う。

明美にそう言われれば、自分の勘違いだったような気もしてきた。いや、でもやっぱり気味が悪い。理恵が引っ越すことは決めたから、と言うと

「じゃ、代わりに私がここに住むことにするわ。こんなに広くて庭つきで。あんたと同じように私も荷物が増えちゃって、今のワンルームじゃ狭いと思ってたのよ。その怖い鏡も私が使ってあげる。じゃ、そういうことで決まりね。」

理恵はやめた方がいいとは言ったのだが、理恵の意見に耳を貸す明美ではない。結局明美の言う通りに決定した。


しばらくして二人は、お互い新しい住所で落ち着いた。
「荷物も片付いたから遊びに来てよ、あんたが以前住んでた家に!」

何回か明美に誘われたが、理恵はどうしても行く気になれずそのままになっていた。しかし、ある日強引に誘われ、結局次の土曜日の夜、明美の家で一緒にご飯を食べようということになってしまった。

気はすすまなかったが、前日までには引越し祝いを買っておこう・・などと考えてるところへ、家の電話が鳴った。出てみると、明美のお母さんからだった。

「もしもし、理恵ちゃん? 明美の母ですが・・。明美が・・明美が・・。」

と明美の母が電話口で泣き崩れている。

明美は車を運転している最中、対向車線から突っ込んできた飲酒運転のトラックと正面衝突し、即死したということだった。


葬式が終わって一週間ほどが経ったが、まだ信じられず悲しみを引きずっているところへ今度は明美のお父さんから電話がかかってきた。

「理恵ちゃん? 明美の父ですが、昨日、明美の部屋の荷物の整理に行ったんだけど、部屋に入ると玄関に置いてある大きな鏡が粉々に割れていてね・・。

あれを見た瞬間、事故現場を思い出してしまって、結局何も出来ないまま二人とも帰ってきてしまったんだよ。悪いんだけど、理恵ちゃん、明美の荷物の片付けを頼めないかな・・。私たちにはどうしてもそういう気力が持てなくて・・。」

鏡・・あの問題の鏡が粉々に割れていた? 一瞬背筋が寒くなった。しかしそれが本当であれば、その鏡の末路をどうしても自分の目で確かめたいという気持ちも理恵にはあった。

「分かりました。私が明美の荷物を片付けに行きます。」


翌日、さっそく明美の家に行って玄関を開けると、鏡はまだそこにあった。しかし割れてはいなかった。以前、自分が使っていた時のままの姿でそこにある。
「どういうこと? おじさんは粉々に割れていると言ってたのに・・。」

不思議に思いながらもじっくりと鏡を見てみると妙なことに気付いた。鏡の上の部分に彫ってある人間の顔の彫刻が6つある。自分が使っていた時は5つだったはずだ。

老人の顔の右側に増えている、その6つ目の顔は自分がよく知っている顔だった。

ちょっと目がきつい感じだか、鼻筋が通っててショートヘアで気の強そうな顔。誰が見ても美人と感じるその顔は明美に間違いなかった。
「うわぁぁぁっ!!」

背筋が凍りつく思いがした。

では、明美の横の老人はその前の持ち主のおじいちゃん・・?この人も確か交通事故で亡くなったと聞いた。そして私もバイクとぶつかった。そして明美。この鏡に関わった者はみんな事故に巻き込まれている。この鏡は絶対おじさんたちに渡すわけにはいかない。

明美の荷物が片付き、家は無人となった。しかしこの家も鏡も、最初に理恵がこの家を借りた時の状態そのままで次の住人を待っている。