Top Page  心霊現象の小部屋  No.83  No.81


No.82 確かに車に乗ったはず

普通に会社員をしている森田さんは、ある日会社帰りに同僚たちと飲みに出た。3軒ほどまわり、飲み会が終了した後、森田さんは同僚たちと別れて一人で川のほとりを歩いていた。

繁華街から川まで歩いてきたのは別に大した意味があったわけではない。ただ食べ過ぎて苦しかったので、歩きたくなっただけである。川沿いの道を30分ほど歩いたので、そろそろ帰ろうと思い、タクシーの拾えそうな広い道路へ向かおうと思ったちょうどその時、後ろから車の走って来る音が聞こえてきた。

振り向けば一台のタクシーが走って来ている。「空車」というサインが見えた。
「なんてタイミングがいい。」森田さんが手を上げるとタクシーはすぐ横に停まった。

しかし、後ろの席に誰か座っている。窓ごしに男のような黒い人影が見えた。
「あれ?」と思った瞬間、ドアが開いた。

「どうぞ。」と運転手が声をかける。だが開いたドアの先には誰も乗っていなかった。
「見間違いだったのかな?」と思いながら森田さんはタクシーに乗り込んだ。


行き先を告げるとタクシーは発進したが、さっきのことがどうも気になる。タクシーに幽霊といえば、昔からその関係の話は多い。

失礼とは思ったが、森田さんはちょっと聞いてみることにした。
「運転手さん、ちょっと失礼なことを聞くかも知れませんが、さっき私が乗る前に窓の外から見ると誰かが後ろの座席に座っているように見えたんですよ。でも、ドアが開くと誰も乗っていなかった。私の見間違いですかね?

タクシーの中に出る幽霊って話はよく聞くんですが、まさかこの車には出ませんよね?」

すると運転手は
「ああ、また出たんですか。」と言う。いかにも「またその話ですか」という感じの答え方だ。

「また? またということは、この車の中にはよく出るんですか?」

「そうなんですよ。この間のお客さんの時も・・、その人は50代くらいの人で、一人で乗ってた人なんですがね、私が運転してたらその人が突然『うわあっ!』て声を上げるんですよ。『どうかされましたか?』と聞くと『今、俺の横に誰か座ってた!』って言うんですよね。

『え?お客さんは最初から一人で乗られましたよ。』と言うと『いや、今確かに俺の横に誰かいた。男だった。俺が声を上げた瞬間消えちまった。』って真剣に言うんですよね。

『ちょっとお酒が入って何かを見間違えたんじゃないかと思いますが・・。』とは言ったんですが、その人は確かに見たと言い張って降りて行かれました。」


「また、別の女のお客さんが乗られた時は、『誰かに触られてる気がする!』って言い出したんですよ。胸やお尻を誰かに触られてるって言うんですが、その人も一人で乗ってましたし、私も運転中ですから触れるはずもない。

そのうち『スカートの中にも手が入ってきた!』って叫んで、『ここで停めて!』と言うので車を停めたらその場で降りて行かれました。」

運転手は楽しそうに言葉を続けるが、森田さんはさっき自分も黒い人影を見ているだけに、ぞっとしてきた。森田さんは隣の席に手を伸ばして、あちこち手を動かしてみるが、何も手には触らない。一人で乗っているので隣には空間があるだけだ。

「何も見えてないんだから、何もあるはずがないか。」ちょっとほっとした。

「でも運転手さんも、お客さんからそういうことをたびたび言われたら迷惑でしょう。この後ろの席に霊が住んでるんじゃないんですか?」

と森田さんが聞くと

「そうなんですよ。住んでる人がいるんですよ。」
「怖くないんですか?会社に言って担当の車を変えてもらえばいいのに。」

「いや、まあこれは私に原因があることですので、その辺はちょっと言いにくいところがありましてね。」

「原因?何かあったんですか?」

「これは私の失敗ですからちょっとお恥ずかしいんですが・・一年くらい前の夜中でしたが、『母が危篤(きとく)状態なんです。急いで下さい!』という中年の男性を乗せまして、ある病院へと急いでいたんです。

私も焦って相当飛ばしたんですよ。信号が黄色から赤に変わったくらいのタイミングでしたらそのまま交差点を突っ切ったりしてね。

ですが、ちょうどこの先の交差点にさしかかった時、やっぱり信号が赤に変わりそうになってて、ちょっとマズイかなと思いつつも交差点に突っ込みました。多分赤信号に変わって2秒くらいのタイミングじゃなかったかと思います。

ちょうどその瞬間、横からトラックが出てきてブレーキをかける暇もなく、トラックの横っ腹に突っ込んでしまいました。」

「すごい事故だったんじゃないんですか?大丈夫だったんですか?」

「ええ、ボンネットがメチャメチャになって、フロントガラスは粉々、車は大破しました。」

「それで乗ってたお客さんは?」

「亡くなってしまいました。即死でした。今でも本当に悪いことをしたと心が痛みます。」

「それで、そんな事故に遭(あ)って、運転手さんは無事だったんですか?」

「いや、まあ、無事ではなかったんですがね・・。」

「やっぱり入院でしたか。」

「・・・。」


入院の質問には答えは帰ってこなかった。何か気に触ることを聞いたかな、と思いつつ、不機嫌な顔になっているんじゃないかと森田さんは運転手の表情を横から覗き込もうと身体を前に乗り出した。

前の座席の背もたれに手をかけ、身体を起こすという、そのほんの一瞬の動作の間、運転手から目が離れた。

次に運転席を見た時、そこには誰も座っていなかった。運転席が無人の車がそのまま走っている。

「うわっ!」
森田さんは悲鳴を上げた。目の前には交差点が迫っている。信号は赤だ。横からトラックが走ってきているのが見える。このままでは衝突は確実だ。

ためらっている暇はなかった。森田さんはドアを開け、思い切って道路へと飛び降りた。走っている車から飛び降りたのだからタダで済むはずがない。思いっきり転倒し、道路に転がった。

身体のあちこちを打ったが、幸いにも大怪我ではないようだ。何とか立ち上がり、歩道の方へと歩こうとした瞬間、後ろから走って来た車が急ブレーキをかける音が聞こえた。

びっくりして森田さんがその方向へ顔を向けた一瞬後、森田さんはその車に跳(は)ね飛ばされてしまった。


次に森田さんが目が覚めた時は病院のベッドの上だった。幸いなことに骨折だけで済んだようだった。信じてもらえるかどうかは分からなかったが警察には、タクシーに乗ったことや、運転手が消えて無人の車になったので危険を感じて飛び降りたことなどを話した。

しかし森田さんを跳(は)ねた車のドライバーの話によると、自分の前を走っている車などは一台もなかったという。ましてタクシーなどは絶対にいなかったと言っている。

いきなり森田さんが歩道から走り出て来て、道路で転んだので急ブレーキをかけたのだが間に合わず、ちょうど立ち上がったところを跳ねてしまったと言っているらしい。

「そんな馬鹿な・・。じゃ、俺は川のほとりからあの交差点まで歩いて行って、自分で道路に飛びだしたというのか?いや、確かに俺はタクシーに乗っていた。酒は飲んでいたが、ほとんど酔ってはいなかった。ではあの出来事は何だったんだ?」

しばらくして同僚も見舞いに来てくれたので、あの時のことを話すと、酔っ払って寝ぼけてたんじゃないかと、ほとんどの人に言われた。

しかしその中で同僚の一人がこう語った。

「森田さんの話、本当かも知れません。森田さんの跳ねられた交差点で去年確かにタクシーの事故がありましたよ。トラックとぶつかって車体がメチャメチャになって。

俺、ちょうど通りかかって事故処理してる現場見たんですよ。すごい事故でしたよ。確かタクシーの運転手もお客も即死だったと聞きました。

ひょっとするとあの時の運転手の霊がさまよってて森田さんの頭の中に入り込んで『タクシーに乗った』という擬似(ぎじ)体験をさせたのかも知れません。
森田さんが運転手と話した内容からして、運転手の人も乗ってたお客も、この世に大分未練を残して死んでいったんじゃないですかね。」