Top Page  心霊現象の小部屋  No.82  No.80


No.81 怪談(04)死神

昔、あるところに多額の借金をかかえ、もう自殺するしかないと考えている男がいた。どこかから飛び降りようか、首吊りをしようかと、死に方を考えていると、突然男の目の前に、人間の形をした霧のようなものが沸いて出た。

霧はだんだんと姿がはっきりしてきて、人間とも化け物とも区別のつかないような姿となって男の目の前に立った。

男は腰を抜かすほどびっくりしたが、その化け物がしゃべり出した。
「ワシは死神だ。お前は死のうとしているのか。」

「死神ですか!それはちょうど良かった。今、死に方を考えていたところです。苦しまないで死ねる方法があれば是非教えて下さい。」

男は自分の身の上を語り、死神に自殺の相談に乗ってもらった。
すると意外なことに死神は「自殺をしてはいかん。ワシがお前に金を儲ける方法を教えてやろう。」と言う。


死神の話によれば、全ての病人にはすぐ近くにそれぞれ死神が立っているのだという。

「死神はワシ1人ではない。病人がいるところには必ず現れておる。間もなく死んでしまう病人には枕元に、これから快復していく病人には足元に立っておる。

ただしこれらの死神は普通の人には見えない。だが、「死神」の誰かによって術をかけてもらえれば、これら病人の近くに立っている死神が見えるようになる。

そしてある呪文を唱(とな)えれば、死神は去って行き、病人はたちどころに快復する。枕元に立っている死神には効果がないが、足元に立っている死神であればこの呪文で追い払うことが出来る。

お前はこれから医者となって病人を診察し、死神が枕元に立っている場合は「助かりません。」と諦めさせるしかないが、足元に立っている時には呪文で死神を追い払うのだ。

快復した病人たちはみんなお前に感謝し、多くの礼金を出してくれるだろう。」

死神はそう言って、男に術を施(ほどこ)し、更に死神を追い払う呪文まで教えてやった。


男は半信半疑だったが、とりあえず死神の言うとおり、勝手に自宅に医者の看板を掲(かか)げた。
しばらくすると、一人の商人が訪ねてきた。都にある、大きな店の使いの者だという。

「自分の主人は大きな店の店主をしているのですが、その主人は病(やまい)に伏せり、どの医者からも見放されました。易者に占ってもらったところ、この方向の医者を訪ねよと言われまして、歩いているとここの看板が見えたので、あなた様を訪ねてみたのです。」

男は、さっそく案内してもらってその家に行ってみた。主人の寝ている部屋に入るとやはり主人の近くには死神が立っている。しかしありがたいことに足元に立っていた。

男はさっそくこの間習った呪文を唱え始めた。すると死神はびっくりしたような顔をしてたちまちどこかへ逃げ去った。それと同時に、これまで瀕死の状態であった主人がいきなりしゃべり出し、その上起き上がってきたのだ。主人はいきなり元気になった。

店の者たちはみんな男に感謝し、多額の礼金を渡した。

初めての治療はうまくいった。ほくほく顔で男は引き上げる。


「医者から見放された病人を一発で直した。」と、男の噂はどんどん広がっていき、仕事が次々と舞い込むようになった。

男は、死神が枕元に立っている時には「直らない」と伝え、足元に立っている時はたちどころに直し、評判は評判を呼んで男の元へは次々と金が入ってくるようになった。

借金も返し、順調にいくかと思われたが、元々金使いの荒い男である。だから多額の謝金を背負ったのであるが、これまで稼いだ金も湯水のように使い、賭け事にものめり込み、わずかな間にまたもや一文なしとなってしまった。

だが以前とは違い、直る病人に出会いさえすれば、また金を稼げると男は気楽に考えていた。しかし運が尽きたのであろうか。出会う病人は死神が枕元に立っている病人ばかりである。男はその日の暮らしにも困るようになっていた。


ある時、有名な商店の使いの者が男を訪ねてきた。重病の主人を診て欲しいという。男は案内してもらってその店まで行ってみたが、またしても死神は枕元へ立っていた。

「また今回もダメか・・。」
男は諦めて「直りそうもない」と言いかけた時、一つの考えが浮かんだ。

周りの人たちに頼んで、主人が寝ている布団をみんなで持って、頭と足の位置が逆になるように回転させたのだ。

死神は足元に立つことになった。その隙(すき)をついて男は死神を追い払う呪文を唱え始めた。
びっくりした顔をした死神は、たちまちのうちに姿を消した。その瞬間、主人は起きあがり、しゃべり出し、いきなり元気になった。

久しぶりに多額の謝礼がもらえた。自分でも素晴らしい思いつきだった。この方法を使えば出会う病人全員を直すことが出来る。


男が喜んで家に向かっていると突然空中から「おい。」という声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。それは、男に呪文を教えた死神の声だった。

さっき、主人の枕元に立っていたのはその死神だったのだ。死神が男に言う。「お前は恩を仇(あだ)で返したな。してはならないことをしたのだ。」

男があのようなことをしたために、その死神は自分の仕事が果たせず、死神の世界の上司にあたる者からさんざん怒られたというのだ。

「お前に見せたいものがあるからついて来い。」


死神はそう言うと、男をある洞窟まで連れていった。洞窟の中に入ると、そこには無数のロウソクが立っており、どのロウソクにも火が灯(とも)っていた。長さはバラバラで、長いロウソクもあれば短いロウソクもある。

「これらのロウソクは人間の寿命を表すものだ。火が消えた時がその人間の死ぬ時だ。」

死神の説明によると、長くて勢いよく燃えているのは男の息子のもので、太く燃えているのは、さっき男が助けた商人のものだという。

「では、俺のロウソクはどれなんだ?」

男が聞くと死神は、ほとんど長さのない、今にも消えそうな弱々しい炎のロウソクを指差した。

「お前のロウソクはこれだ。さっき商人にあのようなことをしたことで、お前と商人のロウソクが入れ替わったのだ。」

本来、男のロウソクはもっと長く太いもので、寿命もずいぶんとあるはずだった。それが今にも燃え尽きそうなロウソクになってしまっている。商人の代わりに自分が死ぬことになってしまったのだ。

「このままではすぐに死んでしまう!さっきのことは悪かった!何とか長いロウソクにする方法はないのか!」

男は必死の形相で死神に尋ねた。
「方法はないことはないが、お前のロウソクの炎を商人のロウソクに移しかえることが出来れば、再び2人の寿命は入れ替わる。」

男は言われるまま、商人のロウソクを手にとって、自分のロウソクの炎の上に持ってきた。商人のロウソクは相変わらずよく燃えているが、下にある自分のロウソクの炎は数秒のうちに消えてしまいそうなほど小さくなっている。

この小さな炎の上に、上から商人のロウソクの芯を近づけていくのだが、緊張と焦りで、これがなかなかうまくいかない。

「早くしないと、消える・・消える・・。」

男の必死の思いも通じず、次の瞬間、炎は消えた。それと同時に男はばったりと倒れ、息を引き取った。
金欲しさに卑怯な手段を使った報(むく)いは、自分の命を失うという結果になったのである。


<死神について>

この「死神」は、三遊亭圓朝作の落語で、原本に当たるものはグリム童話の「死神の名付け親」やイタリア歌劇の「クリスピーノと代母」であると言われる。

歴代の噺家(はなしか)によってバリエーションが考案され、「ああ・・、消える・・。」と言って噺家がひっくり返って終わるパターンの他、正月などのおめでたい時には、ひっくり返りはしたが「おめでとうございます!」と言って起きあがり、炎の移しかえに成功するというもの、移しかえに成功はしたが、ほっとしてため息をついて炎を消したり、男は風邪を引いており、くしゃみによって炎を消してしまうというパターンなど、噺家によって終わり方は工夫されてきた。