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No.96 夢に現れる他人の死体

清水直子さんは、都内のある高校に通う、高校一年生である。

ここで高校生活を元気一杯に楽しみたいところだが、あいにく清水さんは身体が丈夫な方ではなく、すぐに風邪を引いたり体調不良になったりして、入学して間もない時期から学校を休むことがしばしばだった。

子供の頃から貧血気味で、小学校、中学校と、めまいや立ちくらみで倒れて、保健室に運ばれたことも何度もある。



ある夏の日の朝、校庭で行われていた朝礼の最中、清水さんはまたもやめまいを起こし、つい、その場に座り込んでしまった。すぐに担任の先生が駆けよって来て、清水さんは保健室へと運ばれた。

清水さんの具合が悪くなることは、生徒や先生からすれば、すでに「いつものこと」になっており、別に誰も驚くようなことではなかった。

保健室の先生も

「少し寝てれば良くなるから。」と言って手際よく清水さんをベッドに寝かせると、すぐに保健室から出て行ってしまった。

ベッドで一人、ぼーっとしていると、校庭から校長先生の話がかすかに聞こえてくる。目を閉じると、話がまるで子守唄のように聞こえ、そのままついウトウトとしてしまった。

はっとして目を覚ますと、窓の外からまだ校長先生の話が聞こえる。

「何分寝てたのかしら・・。まだしゃべってるんだ。」

わずかでも寝たのが良かったのか、多少元気を取り戻した清水さんは起き上がって窓に近寄り、校庭を見てみると、相変わらず、全校生徒がきちんと整列したまま校長先生の話を聞いている。さっきまで自分が立っていた場所に何気なく目をやってみた。

だがその瞬間、清水さんは「ヒッ」と悲鳴を上げた。同じクラスの川田君が顔面血だらけになって立っている。いや、顔だけではない、カッターも鮮血に染まっている。ズボンにも、どす黒い血が大量についている。なぜか朝礼の最中に大怪我をしているのだ。

立っている川田君を見たのはその一瞬だけだった。次の瞬間、川田君は崩れ落ちるようにその場に倒れた。

だが、周りの生徒たちも先生も、まるで川田君の異変に気づいていないかのように普通に立っている。校長先生の話は相変わらず続いている。

「何でみんな、助けないの?川田君のことに気づかないの?」

心配になった清水さんは保健室を出て、急いで校庭へと向かった。

慌てて校庭に出て来た清水さんを見つけて先生たちが「お、もう良くなったのか?」と声をかけてきた。

「先生、川田君が血だらけで倒れてます!どうして気がつかないんですか?」清水さんは叫ぶように先生に訴えた。

「川田が血だらけ?意味がよく分からんが、川田なら、あそこにいるぞ。」

先生が指差した方を見ると、川田君は何事もなかったかのように普通に立っている。さっき見た血だらけの川田君ではない。


「真剣な顔して何を言うかと思ったら・・。お前、保健室で夢でも見て、現実と勘違いしたんじゃないか?」


先生にそう言われ、まともな川田君もそこにいる以上、清水さんは何も言い返せなかった。

「はぁ・・、すいません。勘違いだったみたいです・・。」

先生に頭を下げ、すごすごと引き下がった。

「寝ぼけて大恥をかいたわ・・。でもさっき見た川田君は、確かに本物の川田君に見えたのに・・。」

清水さんは、自分の勘違いだと思って、自分を納得させるしかなかった。



そしてその翌日、この日は各クラスごとに教室で朝礼が行われたのだが、清水さんのクラスでは、担任の先生が入って来るなり、鎮痛な表情で

「今日は大変悲しいお知らせがあります。1年B組の川田君が、昨日の下校途中に交通事故に遭(あ)い、亡くなりました。」

と告げた。

教室の中が一斉にざわめいた。みんなが騒いでいる中、清水さんだけは不気味な感覚に身体を包まれた。昨日見た川田君の血だらけの姿と、昨日の事故が偶然とは思えなかったのだ。
「まさか、これって正夢(まさゆめ)なの?」

まるで未来の他人の死が分かってしまったような、怖くて嫌な感覚だった。




それから数週間後、清水さんは、体育の授業中にまたもや気分が悪くなり、保健室のベッドに横たわることとなった。前回同様、横になっていると眠気が襲ってきた。

ウトウトしかけていると、隣から「うぅ・・・ん。」という苦しそうな女の子の声が聞こえてきた。

隣のベッドを見てみると、同じクラスである陽子さんが苦しそうな顔をしてベッドに横たわっていた。偶然にも陽子さんも、同じ時間帯に具合が悪くなって、ここで寝ていたらしい。

「陽子!大丈夫?苦しいの?」

清水さんは声をかけた。陽子さんは横向きに寝て両手で胸と腹を押さえ、うめき声を上げながら苦しがっていた。顔色も非常に悪い。

「陽子!すぐ、保健の先生呼んでくるから!」

そう言って清水さんがベッドから起き上がった時、陽子さんは片手で口を押さえたかと思うと、次の瞬間、大量の血を吐き出した。

「陽子!」

そのまま気を失ったのか、手はどさっとベッドの上に落ち、白いシーツがみるみる血の色に染まっていった。陽子さんは手と服、口の周りに血をつけたまま、ぴくりとも動かない。顔は先ほどまでの苦しそうな表情とはうって変わって、穏やかな寝顔のようになっている。

「まさか・・死んだんじゃ・・?」


清水さんは保健室を飛び出し、「誰か来て!陽子が大変なの!」


と叫びながら、先生たちを探した。保健の先生が一番いいのだが、とにかくどの先生でもいいから、このことを早く伝えなくては。

しかし、どの教室を開けても、先生どころか生徒さえもいない。片っ端から教室を開けてみたが、どの教室も無人なのだ。

「なんで!?どうして誰もいないの!?」



ここではっとして目が覚めた。清水さんは、保健室のベッドの上で寝ていた。すぐに横のベッドを見てみたが、誰もいない。だが、あんな状態の陽子さんが一人で歩いて行けるはずがない。

それにさっき陽子さんが吐いたはずの血もない。シーツは真っ白のままだ。

「今のは全部夢・・?何かすごくリアルだったけど・・。でも血を吐いた跡もないし・・やっぱり夢だったんだわ。」


しかしこの間の川田君のこともあり、清水さんは言いようのない嫌な感覚にとらわれた。

「まさか、陽子も死んじゃうんじゃ・・?」


不安を抱(かか)えながら、保健室から教室に戻った。戸を開けると先生が
「もう、大丈夫なのか?」と聞いてきた。

陽子を見ると、いつもの自分の席について懸命にノートをとっている。さっきの出来事は完全に夢だったことがはっきり分かった。取りあえずこの場はほっとした。
それから数日間、陽子のことが気がかりだったが、特に何事もなく過ぎていった。

「陽子は大丈夫みたい。やっぱり川田君の時は偶然だったんだわ。」

そう思って数ヶ月が過ぎた。陽子さんは相変わらず元気に登校してきていた。

しかしやっと夢のことも忘れてかけていたころ、突然陽子さんは学校に来なくなった。先生の話によると病気で入院しているという。

病名は教えてもらえなかったが、陽子さんは長期間の欠席となっていた。そしてある日の朝礼の時、先生の方から、陽子さんが亡くなったという報告があった。
最後はベッドの上で大量の血を吐いて亡くなったという。


陽子さんの死を聞いた時、清水さんは、脳天から何かが突き抜けるような衝撃を受けた。

「川田君に続いて、陽子まで・・。まさか私には、人の死が夢の中に現れる予知能力でもついてしまったのかしら・・。」


そうであれば、それはとても嫌な能力である。



その後、清水さんは高校を卒業し、大学、社会人と成長していく過程で、何度もそういった夢を見た。あの2人だけで終わりではなかったのだ。具合が悪くて寝ている時だけではなく、普通に夜、寝ている時でも夢の中に現れてくる。

それはいつもその人が死体となった姿である。

身近な人もいれば、全然知らない人も多く登場してくる。

何かの大事故が起こって新聞に掲載されると、「あ・・、あの時に見た死体の夢はこの事故の犠牲者の人だったんだ。」と知ることになる。

ただし、いつも川田君や陽子さんのように、夢に現れてから短期間で死亡するというわけでもないようだった。知った人の死体の夢を見ても、中には、数年間生き続けており、現在でも元気な人も多くいる。夢が現実になるのは10年先、20年先のことかも知れない。


夢を見た後は、いつも嫌な感覚に襲われる。その日が明日でないことを祈りながらその日がスタートする。何年も前に見た夢のことも、忘れてはいない。



そしてある日、清水さんは、最も恐れていた夢を見てしまった。


それは女性の死体で、その女性は、顔面が大きく腫(は)れ上がり、髪もごっそりと抜け落ち、前歯は折れ、鼻もつぶれ、鼻や口の周りには大量の血がついている。服もあちこちが裂けて、裂けたところからは血が流れ出している。

そしてその死体にとりすがって泣いている、もう1人の女性がいる。その泣いている女性は自分の母親であった。

顔が腫(は)れていても、血にまみれていても、その死体が誰であるか、清水さんにははっきりと分かった。それはまぎれもない、自分自身の死体だった。

事故か暴行を受けたのか、あるいは何らかの事件に巻き込まれて殺害されたのか、いずれにしても普通の死に方ではない死体だった。

自分の死が分かるということは、非常に恐ろしいことである。清水さんにこの日が来るのは、明日のことなのか、それとも10年も20年も先のことなのか、自分の最後の一日が明日でないことを祈りながら、清水さんは日々を送っている。