ナナちゃんとサンカクスン

 それは、1通の手紙からはじまりました。

 ナナちゃんの家のポストにはいっていたのは、夏みかん色の封筒に入ったちいさなちいさな手紙。
住所も書いていないし、切手もありません。ただひとこと、「ナナちゃんへ」とだけ書いてありました。


「トーコージってなあに?」
ナナちゃんは、ママさんに聞いてみました。

「トーコージ?あの東光寺のことかしら。ほら、あすかちゃんちに遊びに行くときに通る、あの赤いお寺よ。」

行ってみようかなあ。そこにかいじゅうがいるのかなあ。

 手紙をだいじにポケットにしまってから、ナナちゃんは自転車を走らせました。
坂道をいっしょうけんめいこいだところに、東光寺はありました。

 赤い門をくぐってくねくね道をぐんぐん進むと、たくさんのふしぎなかたちをした石が、きちんとならんで立っています。
なんだかこわくて、むねがどきどきして、ナナちゃんは泣きたくなりました。
 

「えーっと、いちばんみぎのかめさんは・・・、あっ、あったぁ。」

急いで近づいてみると、そのかめさんのしっぽのところに、夏みかん色の手紙がひとつ。

「ショーカソンジュクってなんだろう。おまじないのことば?」
その夜、ナナちゃんはパパさんに聞きました。

「ショーカソンジュク?
 ああ、松下村塾はね、むかし、えらい人がお勉強していたところだよ。
 ほら、ナナちゃんの小学校のすぐ近くに、神社があるだろう?
 あのなかにあるんだ。」

行ってみよう、そこにサンカクスンがいるはずよね。

 

「いりぐち、いりぐち、えーっと・・・。」
ありました、おうちのいりぐちが。そして、3通めの手紙も。

 次の日の放課後、ナナちゃんは神社に行ってみました。
木でできたちいさなおうち、それが松下村塾でした。


  ぼくはずうーっとここにいるのに、だあれもきづいてくれないの。  
            ナナちゃん、ぼくをみつけてね。

                  かいじゅうサンカクスンより

        * トーコージいちばんおくのみぎのかめ

 でも、サンカクスンにあいたい。
大きな声で「さんぽ」をうたいながらずっとおくにすすむと、たしかにそこには、石でできたかめさんが4つ。


 ぼくをみつけてくれるんだね。まってるよ。
               かいじゅうサンカクスンより

      * ショーカソンジュクいりぐち


  はやくあいたいな、ナナちゃん。
                  かいじゅうサンカクスンより

     *メーリンカンいっぽんのき いっぽんのはしら 

 メーリンカンってなんだろう。
どこかで聞いたことがあるんだけどなあ。そうだ、駅のおじちゃんに聞いてみよう。

 ナナちゃんは、いちどおうちに帰ってから、こんどは自転車にのってひがしはぎ駅へと急ぎました。
駅の池永さんはニコニコしながら、ナナちゃんのしつもんに答えてくれます。

「メーリンカン? ああ、明倫館は、むかしの学校だよ。今はね、明倫小学校だ。」

 ああ、それなら知ってる。ほいくえんのときのおともだちのひでくんが通ってる学校だもの。

「ありがとう、おじちゃん。」
ナナちゃんは、おじちゃんにもらったキャラメルをなめながら、明倫館へと急ぎました。

 いっぽんのき いっぽんのはしらってなあに?
明倫館のまわりをぐるりと一周して、ナナちゃんはそれを見つけました。

入り口のそばにたしかに、木が一本、そのすぐそばに、「明倫館跡」とかかれた石のはしらがたっていました。
そのはしらのうしろには、またあの手紙がそっとおいてありました。


 おなかです。はやくあいたいな、ナナちゃん。
                かいじゅうサンカクスンより 

          * キクヤイセヤエドヤ
                キクヤのでんわがなる

 キクヤイセヤエドヤってなあに?
おみせやさんのなまえかなあ。

 次の日の放課後、ナナちゃんはママさんの会社によりみちしました。でも、ママさんはおでかけちゅうでした。

「ねえ、ボス、ちょっときいてもいい? キクヤイセヤエドヤってなあに?」
ナナちゃんは、社長さんに聞いてみました。

「ああ、菊屋横丁のことかい? むかし、おみせやさんだったところだよ。
 はい、これをあげよう。」

ボスは、地図をてわたして、
「菊屋横丁はこのあたりだよ。」
と、ゆびさしました。

「ありがとう、ボス。」
ナナちゃんは、ついでにもらったギョロッケを食べながら、急いで自転車を走らせました。

 菊屋横丁はふしぎな場所でした。

「なんだか、よその国にきたみたい。」
ナナちゃんは、町並みを歩きながら思いました。

「おじょうちゃん、まいごになったの?」
キョロキョロするナナちゃんを見て、知らないおじちゃんが話しかけます。

「ううん、キクヤのでんわをさがしてるの。」

「ああ、それなら、きっとここだよ。」

 おじちゃんは、ナナちゃんを、1けんの古い大きなおうちの前まで連れて行ってくれました。
ドキドキしながら中に入るとうすぐらいおへやがたくさん続いていて、いままで見たこともないような服や帽子や刀やはこが並んでいます。
でも、電話なんて、どこにもありません。そのとき、

・・・・かたかたかたかたかた・・・・

ちいさなちいさな音が聞こえてきました。

「なんの音だろう。」
音のするほうへ進んでいくと、ナナちゃんの身長よりもずっとずっと大きな、木でできた箱がありました。

・・・・かたかたかたかた・・・・・

その中で、それは鳴っていました。

 「電話だ。キクヤの電話だ。」


 ナナちゃんが急いで電話をとろうとすると、その音はぴたりと止まりました。
そして、その電話のうしろには、また、あの夏みかん色の手紙が。

   
    もうすぐ、もうすぐ。
                      サンカクスンより 

              * 舟のくびかざり

「舟のくびかざり? 舟がくびかざりをしてるの?
 ううん舟の形のくびかざりが、どこかにあるのかなあ。
 こんどは、どこにいけばいいんだろう。」

おうちの外にでたものの、ナナちゃんはすっかり考え込んでしまいました。
サンカクスンからもらった5通の手紙をにぎりしめたまま、なみだがぽたぽたこぼれました。

 そのときです。

「きみ、まいご?」

自転車に乗った中学生のおねえちゃんが、ナナちゃんに話しかけてきました。
おねえちゃんは、ナナちゃんが大事に持っている夏みかん色の手紙を見て、にっこりと言いました。

「きみ、はくぶつかんに行くといいよ。こまったときは、はくぶつかんだよ。さあ、元気を出して。」
おねえちゃんは、食べかけのキングパンをはんぶんこしてくれました。

「そうか、はくぶつかんかあ。行ってみよう。ありがとう、おねえちゃん。」

ナナちゃんは、地図ではくぶつかんの場所をたしかめてから、キングパンをほおばりながら、また、自転車をこぎはじめました。

「がんばれ、もうすこしだ。」
ナナちゃんのうしろすがたに、おねえちゃんがさけびました。

 はくぶつかんはとても静かなところでした。

ナナちゃんは、ちょっぴりどきどきしながらくつをぬいで、そのくつをくつ箱に入れたとき、6通目の手紙を見つけました。


 ぼくがどこにいるのか、きづいてくれたかなあ。
 ぼくは、おくちをおおきくあけてまっています。
                         サンカクスンより
                * 石のみちをとおってきてください。

 でも、サンカクスンがどこにいるのか、ナナちゃんにはちっともわかりません。
 はくぶつかんの中に入ると、きいろい上着を着たおにいさんが、スリッパをさしだしながらナナちゃんに近づいてきました。

「こんにちわ、おじょうちゃん。はい、これをはいてね。」

「ありがとう。あのー、舟のくびかざりはどこにありますか。」

ナナちゃんは思い切って聞いてみました。

「舟のくびかざり? さあ、舟のくびかざりねえ。
 舟だったら、ここに行けば乗れるんだけどねえ。」

 おにいさんは、ナナちゃんが持っている地図のはじっこをゆびさしました。
それは、ゆうらんせん乗り場でした。

 

 ここにくびかざりがあるのかなあ。
ナナちゃんはなんとなく、いままでサンカクスンをさがして通ってきたところを見つめてみました。

「ここがトーコージ、ここがショーカソンジュク、ここがメーリンカン、そうそう、『おなかです』ってかいてあったっけ。
 それから・・・・あーっ。」

ナナちゃんはちいさくさけびました。

 ナナちゃんはとうとう、サンカクスンを見つけてしまいました。

そう、ナナちゃんが見ているその地図全体が、かいじゅうの形をして、大きなおくちをあけてわらっています。

「そうか、みーつけた、サンカクスン。こんなところにいたんだね。」

ゆうらんせんは、サンカクスンの首のあたりを、まるでくびかざりのように通っています。

『サンカクスンはずうっとずうっとむかしから、ナナたちの町になってここにいたんだね。
 よおし、お口のところまで行ってみよう。」

ナナちゃんは、いっしょうけんめい地図を見て、お口の場所をたしかめました。 


 そこは、せきちょうこうえんでした。

 せきちょうこうえんは、大きな石がたくさんある、広いしばふがきもちのいい公園です。

「ほいくえんの遠足できたときは、あの大きな石のすべりだいで遊んだっけ。
 あのときは、おともだちや先生やママさんたちとみんなで、バスに乗ってきたんだったなあ。」

 ぐんぐん歩いていくと、海が見えました。
それから、白い石の柱が2本。そして、その柱から海のほうへむかって、1本の白い石の道が続いていました。

「これだ。」

ナナちゃんは、その道の上に立って海を見ました。

 おおきなおおきな海。あおいあおい海。

「サンカクスンは、ナナたちの町になって、ずっとこの海を見てたんだね。」

ナナちゃんはその道を海へとたどりはじめました。
そして、その道がおわるところに、また、あの夏みかん色の手紙がおいてありました。


  みつけてくれてありがとう。ずっとおともだちだよ。 
                     サンカクスンより

 手紙のそばには、小さなつばきのお花のバッジがひとつ。
ナナちゃんは、そっとひろいあげて、えりにつけてみました。
ぬくぬくぬくっと、足のうらがあったかくなったような気がしました。
それは、サンカクスンが笑っている合図だと、なぜか、ナナちゃんにははっきりとわかりました。


 こうして、ナナちゃんの、サンカクスンをさがすたびはおわりました。

 それからしばらくして。


 ナナちゃんは、町で、つばきのお花のバッジをつけたおにいちゃんやおねえちゃんに、あったことがあります。
すれちがうとき、ナナちゃんのバッジに気づいてにっこりしてくれるのです。

 夏みかん色の手紙をにぎりしめて泣いている小さな子を見かけたこともあります。
そんなときナナちゃんは、じぶんのおやつをはんぶんこしてあげて、

「元気を出して」
と言うのです。

 するとまた、足のうらがぬくぬくぬくっとあったかくなるのでした。









( 2.『ナナちゃんとふしぎなおともだち』 につづく )

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