モトちゃんのものがたり

その1


 それは、ふしぎなふしぎな時計でした。

手の中にすっぽりかくれるくらいの、丸い小さな時計。
細い細いくさりがついていて、文字ばんは、きらきらと銀色に光っています。

時計のはりは3本。文字ばんのまわりには、ねじがたくさんついています。
はりもねじも、すべて銀色にかがやいていました。


  そして、その時計は、ふしぎな力をもっていました。
人を、どこへでも、どの時代へもつれていける力。
それは、正しい意志をもち、自分で考える時計でした。

 その時計は、はるか昔、遠い遠い国で生まれました。
でも、時計のほんとうの力を知る者はだれもいませんでした。
ただ、とても美しい時計として、次から次へと人の手にわたっていったのでした。


 商人から商人へ、そして海ぞくへ、漁師へ、魚へ、鳥へ、子どもへ、大人へ、王様へ、めしつかいへ、また商人へ、そして、日本のおとのさまへ・・・。


 これは、今から150年以上も前のお話です。

 ある町に、モトノリという男の子がいました。
元気いっぱい、ぼうけんが大好きな心やさしい男の子です。
モトノリのおとうさんは、この町でいちばんえらい、おとのさまでした。
大きなお城に住み、たくさんの家来がいて、この町をよくするために毎日はたらいています。

 モトノリは、このおとうさんのあとつぎとして、大切に大切にそだてられています。
お城の外にでかけるときも、きけんなことがあってはいけないと、いつもおつきの者がいっしょです。

でも、ぼうけんが好きなモトノリは、ときどきひとりでこっそりとお城のそとに出てあそび、またこっそりもどってくるのでした。


 そんなある日のこと。

モトノリは、おとうさんのへやによばれました。

「これは、たいへんめずらしいものだよ。
ある商人からけんじょうされたものだ。少し見せてあげよう。」

 おとうさんはそう言うと、古びた木のはこをそっとあけました。

 なかには、時計がひとつ。
きらきらと銀色にかがやいて、見たこともない美しさです。
よく見ると、細い細いくさりもついています。

「うわあ、きれいだなあ。」
モトノリは、もっとよく見ようと身をのりだしました。

すると、
「まあ、いつかは、おまえにゆずることになるんだよ。」

おとうさんはそう言いながら、また大事そうに、その時計をはこにしまいました。


「おとうさん、あのきれいな時計、見せてください。」
きょうもモトノリは、おとうさんにおねがいします。

「ああ、そうだったな。・・・うーん、そのうちにな。」


あれから何度もおねがいするのですが、おとうさんは、見せてくれません。

____もっとよく見てみたいなあ。きらきら光ってきれいだったな。
       さわって、動かしてみたいなあ。


 ある日、とうとうモトノリは、こっそりと、おとうさんのへやにしのびこみました。
そして、戸だなのおくから、時計のはこを取り出しました。
それから、ゆっくりとはこを開け、きらきらと光るとけいを、そっと手に取りました。
ずっしりと重いその時計には、ねじがたくさんついていました。

「きれいだなあ。」

モトノリは、左がわについているねじのひとつを、なにげなく押してみました。

 そのとたん、モトノリは、まぶしい強い光につつまれました。

「うわあっ。」

 モトノリはびっくりして、大きな声をだしてしまいました。
時計は、青白い光をはなっています。

「どうしよう。だれか来るかもしれない。早くもとにもどさなきゃ。・・・でも・・・。」

 モトノリは、光り続けるその時計をにぎりしめると、はこだけをもとの場所にもどしました。
そして、だれにも見つからないように、注意ぶかくへやを出ました。
それから、お城をぬけだしました。


 モトノリは、いっしょうけんめい走りました。
だれか追いかけて来ないか、ときどき後ろをふりかえりながら、海ぞいの道を走り続けました。

やがて、目の前に、大きなたてものがあらわれました。
そっとのぞくと、中には大きな船がうかんでいます。

「よし、ここにかくれよう。」

モトノリはその船の中に入り、時計をにぎりしめていた手のひらをそっとひらきました。
青白いまぶしい光はきえていましたが、時計は銀色にきらきらと光っています。

「なんて美しいんだろう。」

こんどは、右がわについているねじを、つぎつぎとおしてみました。
すると、時計の3つのはりがぐるぐるまわりはじめました。
あたりは、夜のようにまっくらになったり、また明るくなったり。

「あれ? おかしいぞ。」


 そのときです。
たてものの外で、がやがやと人の声がしました。

「だれか、ぼくのことをさがしに来たんだろうか。」

見つかったらたいへんです。
すぐにつれもどされて、おつきの者がずっと、モトノリをみはりつづけるかもしれません。

外では、まだ声がしています。

「とにかく、早くにげなくちゃ。」

 そのとき、モトノリは考えました。

----この時計をかくさなきゃ。
      もしみつかったとき、この時計を持ち出したってばれたら、もう2度とお城の外にはでられないかしれない。

 モトノリは、あたりを見まわしました。
たてもののかべは石でできていて、そこにちょうど、四角い穴が3つあいています。

「よし、ひとまずここに、かくしておこう。」

 モトノリは、その穴に、時計をそっとおきました。

それから、声のする入口の反対がわの戸をゆっくりと開け、あたりを見まわし、だれもいないことをたしかめました。
そして、いきおいよく飛び出しました。

 モトノリは、むちゅうで走りました。
とちゅうで、まわりのけしきが、ふしぎに変わりました。
たくさんのたてものがあらわれてはきえ、森や町や海がぐるぐるとゆがみ、明るくなったりくらくなったり。
今まで見たこともないようなけしきでした。

でも、モトノリは、いっしょうけんめい走りました。
やがて、お城に着くと、いつものように、みはりの目をかいくぐりながら、こっそりと自分のへやまでもどりました。

「ああ、どきどきした。・・・とにかく、もどれた。よかったよかった。
 でも、あした、早く時計を取りに行かなくちゃ。」


 次の日。

いつもより早く目ざめたモトノリは、自分のからだが、なんとなくふわふわとゆれているような感じがしました。

「おかしいなあ。なんだかちゃんと歩いてる感じがしない。」

庭を歩きながら、モトノリは思いました。
ときどき、まわりのけしきが、いつもとはちがうように見えるのです。

「へんだなあ。きのう走って帰るときもこんなかんじだった。
 でも、とにかく、早く時計を取りに行かなくちゃ。」

 モトノリは、いつものように、こっそりお城をぬけだしました。


時計をかくしたあのたてものを目ざして、力いっぱい走っていると、また、まわりのけしきが変わり始めました。
そして、気がつくと、いつのまにかモトノリは、今まで見たこともないようなけしきの中に立っていました。

 目の前には、「小学校」と書かれた門があります。
その中ではたくさんの子供たちが思い思いに遊んでいます。


「楽しそうだなあ。・・・あれ? あれも船?」

 そこには、大きな船がありました。マストのてっぺんには、子供がふたり、のぼっています。

「ちがうなあ、ここじゃない。」

モトノリは、くるりと背を向け、また走り始めました。
とちゅう、またまわりのけしきがふしぎに変わります。
でも、けっきょく、時計をかくしたあのたてものは見つからず、モトノリは不安な気持ちのまま、やっとお城にもどりました。


 その次の日。

「きょうこそ、見つけなきゃ。」

おとうさんは、時計がなくなっていることに気づいてはいないようです。

 モトノリは、またこっそりとお城をぬけだし、走り始めました。
でも、とちゅうでまた、まわりのけしきがふしぎに変わり、、気がつくとまた、きのうの場所に立っていました。

目の前には、きのうの船。

----- 「 ふねこうえん 」   そう書いてありました。

「おかしいなあ。とにかく、ここもさがしてみようか。」

でも、やっぱりあの時計は見つかりませんでした。


 そのまた次の日。

モトノリはまた、お城をぬけだしました。
きょうは、地図も持って来ました。できたばかりの新しい地図です。

「これがあれば、きっとあのたてものにたどりつける。」

モトノリは、地図の海や川にそって、走り続けました。

 でも、あの、船の入ったたてものは見えてはきません。

「おかしいぞ。なにかがちがう。」
そのうち、また、まわりのけしきがかわりはじめ、いつのまにかまた、ふねこうえんに立っているのでした。

なにかてがかりはないか、ふねこうえんをさがしてはみるのですが、やっぱり何も見つかりません。

「・・・どうしよう・・・。」


 その次の日。

モトノリはまた、ふねこうえんに着いてしまいました。

「どうしてここに来てしまうんだろう。
 ここに何かあるんだろうか。
 時計がぼくをここに呼んでるんだろうか。
 もしかして、なにかてがかりがあるんだろうか。」

モトノリは、泣きそうになりながら、そこで時計をさがしはじめました。

  そのときです。

「おーい、何さがしてんだー?」

「いっしょにあそぼうよー。」

上のほうで声がしました。

見上げると、男の子と女の子が、マストの上からこちらを見おろしています。
男の子は、モトノリと同じくらいのとしのようです。
女の子は、ずいぶん年下のように見えます。
ふたりとも、にこにこわらいながらこちらを見ています。

「うーん、今あそべないんだ。さがしものがあるんだ。」
モトノリはこたえました。

-----たのしそうだなあ、ふたりとも。
    ぼくだってあそびたいけど、それどころじゃないんだ。
    おとうさんの時計をさがさなきゃ。


すると、男の子が言いました。
「何さがしてるんだ? オレたちもいっしょにさがしてやるよ。」
女の子も言いました。
「うん、いっしょにさがそう。」

 ふたりは、するするとマストをおりてきました。

 モトノリは、不安なきもちが少し小さくなっていくような気がしました。

-----このふたりに話してみようかな。
    ぼくのことを聞いてもらおう。


モトノリは話しはじめました。

-----ええっと、何から話せばいいんだろう。

「ぼくのうちはきびしくてね。ひとりで自由にあそびに行ったりできないんだ。見つかるとたいへん、しばらくはみはりの者が、ぼくにぴったりくっついてみはってるんだ。
それでも、ぼくはときどき、こっそりうちをぬけだしてあそびにいくんだよ。で、またこっそりうちにもどるんだ。」

「ふーん、たいへんだなあ。」
男の子が言いました。

「このまえも、いつもどおりうちをぬけだして、ちょっととおくの船の中であそんでたんだ。
 でも、外で声がしてね、見つかりそうになったから、あわてて船から出てうちにもどったんだ。だれにも見つからなかった。」

「よかった、よかった。」
女の子も言いました。

「いや、それがよくなかったんだ。わすれものをした。」
モトノリは、おとうさんの時計のことを話すことにしました。

「わすれもの?」
ふたりが同時に聞きかえします。

「うん、わすれもの。おとうさんの時計。」

「えっ、また時計?」
モトノリの話に、ふたりはおどろいて顔を見あわせています。

------「また時計?」って、どういうことだろう。
     やっぱりここには何かあるのかなあ。
     とにかくふたりに話してみよう。

「うん、おとうさんの大切にしている時計。きらきらしてて、細いくさりがついてて、すごくきれいなんだ。いつもはおくの部屋にしまってて、めったに見せてもらえない。で、もっとよく見たいさわってみたいって思って、うちをぬけだすとき、こっそり持って出たんだ。」


「まったく、もう。」
女の子はあきれたように、ちらっと男の子のほうを見ました。

------そうだよね。ぼくだって、こうかいしてるんだ。
モトノリは、そう思いながら話をつづけました。

「でも、船の中で見つかりそうになったとき、あわてて時計をかくしてにげたんだ。見つかったときに時計を持ってるってわかったら、いつもの100倍もおこられて、みはりの者ももっときびしくなって、もう2度と外にあそびにでられないって思ったんだ。時計はかくしておいて、あとで取りにもどろうって思ったんだけど・・・。」

それを聞いて、男の子は心から悲しそうにモトノリに言いました。
「見つからないんだな。」

「まったくもう、ややこしいなあ。正直に言ってしまえばいいのに・・・。」
女の子はあきれ顔です。

-----そうだなあ、ほんとうにそのとおりだ。
    でも、言えないよ、きっとすごくしかられる。
    もう、外へも出られなくなる。
    ・・・いや、やっぱり、自分でさがすしかない。

モトノリはまた、泣きたくなりました。
「ああ、どうしよう。」


 そのとき、男の子が言いました。
「そうかあ、つらいよなあ。だから船の近くをさがしてたんだなあ。でも、ここにはないよ。だって、ここでなくしたものは、小学校の『おとしものコーナー』にとどくんだ。」

------小学校?  おとしものコーナー?
     なんのことだろう・・・。
モトノリにはなんのことだかさっぱりわかりません。


それから、男の子は、モトノリのせなかをポンとたたいて、力づよく言いました。
「オレたちがさがしてやるよ。やくそくする。まかせとけ。」

「うん、まかせとけだよ。」
女の子も言いました。

------ああ,よかった。
     このふたりに話してよかった。なんて、親切なんだろう。
モトノリの不安なきもちが少しずつ小さくなっていくような気がしました。

「オレはカミノ。」
男の子が言いました。
「わたしはナナ。」
女の子が言いました。

「ぼくは、モトノリっていうんだ。」
モトノリも言いました。


------カミノとナナ。
     うれしいなあ、ぼくに友だちができた。
     時計が見つからないのは悲しいけれどふたりにあえてよかった。

にこにこしているカミノとナナを見ているうち、モトノリもしぜんとにこにこわらってしまいました。

ナナが言いました。
「よろしくね、モトちゃん。」

------・・・えっ?  モトちゃんって、ぼくのこと?

(6.『モトちゃんのものがたり その2』 につづく )

©とびや

 こうして、モトちゃんとナナとカミノはであいました。それは、3人の長い長いものがたりのはじまりでもありました。