ナナちゃんのメヌエット

さあ、まちにまった夏休みになりました。

ナナもカミノも元気いっぱい。これからはじまる42日間の長いお休みに、わくわくどきどき。

いつものように、ふねこうえんに集まっています。

「ついに、ついに、夏休みになった・・・。」

カミノがしみじみと言いました。

「・・・オレはこの夏休みを本当に本当に待ってたんだ。」

「カミノは、夏休みに何するの?」

目を閉じたまま、まだニンマリしているカミノに、ナナが聞きます。

「サッカーにきまってるだろ。オレはこの夏休み、毎日いっしょうけんめいれんしゅうして、ロナウジーニョみたいになるんだ。」

「ロナ・・・、ロナ・・・、・・・ニョロ?」

「ロナウジーニョ。ナナは知らないの?サッカーの天才、ロナウジーニョだよ。オレはロナウジーニョになるんだ。」

「へぇー・・・。すごいなあ、カミノは。」

「ナナは、夏休み何するんだ?」

「ピアノのはっぴょう会。今年は2回目だからヨユウだよ。あ、それから自由けんきゅうも。
 去年はかいわれ大根のかんさつをして、賞状もらったんだ。
 また、あのキラキラした賞状ほしいなあ。」

「おまえもがんばるよなあ。よし、おれもがんばる。
 おたがい、ちからいっぱいやろうな。」

夏のまぶしい光の中、ふねこうえんもきらきらかがやいています。
ふたりはいつまでも、この夏の楽しい計画のことを話していました。

 ナナの夏休みは、今年もまた大いそがしです。
朝から学童クラブに行って、少しのお勉強とたくさんの遊び。夕方まで、元気よく裏山をかけまわります。
うちに帰ってからは、ピアノのれんしゅうや、かいわれ大根のかんさつ。
そのほかにも、プールに行ったり習い事に行ったり。

去年の自由けんきゅうは、ただ、かいわれ大根を育てるだけだったけど、今年はちょっとちがいます。
やさしい言葉をかけてかわいがってそだてるのと、悪口を言ったりしてけなしてそだてるのとで、どんなふうにちがいがでるかかんさつするのです。

「うーん、むずかしいなあ。」

かいわれ大根がどのくらいのびたか、毎日はかって毎日絵をかくのは、とってもたいへん。

かんさつしながら、今年もやっぱり、つかれてねむってしまうこともありました。

 でも、ピアノはだいじょうぶ。

去年は、むずかしい曲をひくのもはじめて、はっぴょう会にでるのもはじめてでした。
いっしょうけんめいれんしゅうして、やっとはっぴょう会に間に合ったけれど、ステージではどきどきして、つっかえずにひくのがやっとでした。
でも、ひきおわってから、うれしい気持ちがからだじゅうにわいてきました。
それから、たくさんたくさんほめてもらって、またまたうれしさがふくらみました。


今年は、5月にはもう、はっぴょう会でひく曲を決めて、早くかられんしゅうをはじめました。

      「メヌエット」

これが、ナナが今年ひく曲。モーツァルトの短い曲です。
はっぴょう会まであと2週間。
でも、今年のナナは、よゆうです。もうほとんどひけるようになっていて、あとは仕上げだけ。



今年は、とおくのおばあちゃんから、手作りのワンピースがとどきました。
パパさんとママさんは、ぴかぴかのくつを用意してくれました。
近くのおばあちゃんは、はっぴょう会に来てくれることになっています。

「はっぴょう会、楽しみだなあ。
 きらきらのステージでひいて、いっぱいほめてもらえるのって、すごく楽しい。」

でも、毎日のれんしゅうはちょっとなまけぎみのナナ。


「ナナ、ピアノはだいじょうぶ?はっぴょう会、もうすぐだよ。」
夕方、つかれてねむりこけているナナを、ママさんがおこします。

「うーん、だいじょうぶ、もうひけるし。だって、ねむいんだもん。」

まだ、仕上げができていないのに、ナナは、きょうもやっぱりれんしゅうしません。
本当にだいじょうぶかなあ。


いよいよ、あしたは、はっぴょう会の日。
ナナとカミノは、久しぶりに会いました。

「ナナ、あしただな、はっぴょう会。」

毎日のサッカーで、もうまっ黒にひやけしたカミノが言いました。

「うまくひけそうか?」

「うーん、なんとか・・・。まだ、ときどきまちがったりするけど、でも、あしたは、きっとだいじょうぶ。
 そうだ、今から、すごくえらいピアノにおねがいしにいくんだ、じょうずにひけるように。
 カミノもいっしょに行こう。」

「えらいピアノ? 何だ、それ? おもしろそうだな。よし、行こう。」

ふたりは、『くまやびじゅつかん』にやってきました。

中に入って、急いでピアノのほうへ。


[ほら、これが、えらいピアノだよ。
 日本でいちばん古いピアノなんだって。」

ナナが、とくいげにせつめいします。
「むかし、シーボルトっていう人が、日本のお友だちにプレゼントしたピアノなんだ。
 すごいよね。」

「ふーん。そう言われると、すごくえらいような気がしてきた。」
カミノもうなずきます。

「あしたのはっぴょう会、じょうずにひけますように。」
ナナは、両手をあわせて、まじめな顔でおいのりしました。
「ほらっ、カミノもおいのりしてっ。」

「えっ、オレもか? ・・・おいのりよりもれんしゅうしたほうがいいと思うけどなあ。
 ま、とりあえず、よろしくたのみます。」
カミノも、ぺこりと頭をさげました。


おいのりをすませて、ふたりは出口の方へとむかいました。

そのときです。
ナナは、ふと、あることを思い出しました。
「そうだ、そうだった。カミノに話そうと思ってたんだ。
 あのね、モトちゃんが持ってた地図とおんなじようなのが、あっちにあるんだ。
 去年おいのりに来たときにね、あれぇって思ったんだった。」

「えっ、モトちゃんの地図?」

「そう。モトちゃんの地図。
 ほら、みんなでモトちゃんのお父さんの時計をさがしてたときに、モトちゃんが持ってたでしょ。」

「ああ、そういえば持ってたよなあ、すごく古い地図。
 あれに似たのがここにあるってことか?」

ふたりは、急いでひきかえしました。
そして、大きなガラスケースの中にかざられている、大きな地図の前に立ちました。

「これって・・・。」
カミノは、おどろいたような、おそろしいものを見たような、な
んとも言えないひょうじょうをして、目の前の地図を見つめています。

「ね、モトちゃんのとにてるでしょ。」

「・・・にてるっていうか、・・・そっくりだ。」

カミノは、つぶやくように言いました。

「そうだった。あのとき、オレはモトちゃんに、『この地図古いんじゃないの。』とかって言ったんだ。
 でも、モトちゃんは『この地図はできたばかりの新しい地図』って・・・。
 うん。たしかにそう言った。泣きそうになりながらね。」

「モトちゃんにとっては、この地図は新しいってこと?」

「そう、こんなに古いのにさ。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

ふたりは、だまったまま、地図のそばに書いてある文字を見ました。


    萩城下町絵図  嘉永5年 1852年作成


「・・・モトちゃんは、あのとき1852年からやって来たんだ。」

だまっていたカミノが、つぶやきました。


「モトちゃんは、1852年から、ふねこうえんに来てたってこと?」

「そう、やっぱりそうだったんだ。すごく昔の時代からやって来て、で、オレたちと会ったんだ。」

「でも、そんなこと、できるの?」

「できるわけないだろ、フツウはね。」

「でも、モトちゃんにはできたよ。どうやって? ・・・あ、あの時計。」

「うん、オレもそう思う。
 あの時計のせいで、モトちゃんはオレたちの時代に来てしまったのかもしれない。」

「あの時計は、いろんな時代に行ける時計だったのかな。」

「うん、そうかもしれない。ものすごくふしぎな力をもった時計だったのかもしれないな。」

ナナの頭のなかは、いろんな考えがぐるぐるとうずまいています。
しんみょうな顔のナナを見て、カミノが明るい声で言いました。

「おいおい、まずは、あしたのはっぴょう会だぞ。ナナは、ここに何しに来たんだっけかな?」

「ああ、そうだった・・・。おいのりしにきたんだった。
 なんだか、いろんなことで頭がいっぱいで、ピアノのこと考えられないよ。」

「ははっ、とにかく、ナナは家に帰ってピアノのれんしゅうだな。集中、集中。
モトちゃんのことは、あしたのはっぴょう会が終わってからだ。
 あしたは、オレもききに行ってやるからよ。」

「うん。もしかして、今年も、モトちゃんきてくれるかもしれないし。」



今日は、いよいよピアノのはっぴょう会。

結局、ナナはきのう、ほとんどれんしゅうできませんでした。
モトちゃんのことを考えればふしぎなことだらけだし、はっぴょう会で着るドレスやかみかざりのこともとっても気になるしで、ピアノのことにちっとも集中できなかったのです。

「でも、だいじょうぶ。なんとかなる、きっと。」

はっぴょう会は、今年も市民館で行われます。
ナナにとっては、2回目のはっぴょう会。

広い会場にも、ステージの上の大きなピアノにも、きらきらまぶしいライトにも、今年のナナはびっくりしません。
おちついて、まわりをぐるりと見回すよゆうもあります。

さあ、はっぴょう会がはじまりました。

「みんな、じょうずだな。すごいなあ。」
ナナは、ステージのそでで、自分のじゅんばんを待ちながら、つぎつぎとえんそうされるみんなの曲をきいていました。

さあ、次は、ナナの番。

ステージのまんなかへと進みます。
まぶしいライトが、ナナをつつみます。

なんだか急に、どきどきしてきました。きゃくせきの方を見ても、くらくてよく見えません。


いちばん前の席で、だれかが手をふっています。。
カミノでした。
くらい中、白い歯だけが、くっきり目立っていて、その歯がニカッとわらいました。

「よおし、がんばろっ。」

おじぎをして、ナナはメヌエットをひきはじめました。

さいしょのところはOK,
だいじょうぶだいじょうぶ。、

あ、あれ、ちょっとミスタッチ
となりのけんばんひいちゃった。

あ、まただ。

あれ、へんだぞ。
ていねいに、ていねいに。

さいごのリピートはうまくいった、
さあ、さいごの1しょうせつ。

・・・ふう、終わった。

さいごにおじぎをして、ナナちゃんのえんそうは終わりました。

・・・ちょっと、よくなかったな。
・・・たのしかったけどよくなかったな。

ステージをおりながら、ナナは思いました。

・・・もうちょっと、れんしゅうすればよかった。

メヌエットは、テンポのよい明るい曲です。


ステージをおりると、パパさんやママさん、おばあちゃまがにこにこと待っていました。

「ナナちゃん、おつかれさま。」
「よくがんばったね。」
「じょうずだったよ。」

みんな、ナナのことをほめてくれます。
でも、ナナはなんだか、にこにこすることができません。

「・・・まちがっちゃった。」

「うん、ちょっと、ゆだんしたね。
 来年は、『自分はすごくがんばったぞー』って思えるように、がんばろうね。」
ママさんが、ナナの耳元でそっとささやきました。

「うん。来年はいっしょうけんめいやる。ぜったいがんばる。」
ナナはようやくにっこりしました。

「やっぱり、はっぴょう会はうれしいなあ。
 モトちゃん、今年もきてくれるかなあ。」

 みんなのえんそうも終わり、次はしゃしんさつえいです。
お花を手にして、ステージの上にならびます。

そのとき、ナナは入口の近くに立っている、ひとりのおにいさんを見つけました。

「モトちゃんだっ。」

去年とまったく同じ場所に、同じように立ってこちらを見ています。むねには、椿の花のバッジ。
にこにこしながら、ナナのほうに手をふりました。
それから、きれいなおじぎをして、しずかに出て行こうとしています。

「モトちゃんだっ、モトちゃんが来てるっ。」
急いでおいかけたいけど、ナナはステージの上、動くことができません。

・・・どうしよう、モトちゃんが帰っちゃう・・・。
おろおろとあせっているナナに、カミノが気がつきました。

「おい、ナナ、どうした?」

・・・そうだ、カミノがいる。

ナナは、ステージの上から、入口のほうを指さしながら、きゃくせきにいるカミノに向かってさけびました。

「モトちゃんっ。」

カミノは、ナナの指さすほうをふりむきました。
入口のドアから、だれかが出て行こうとしています。
「モトちゃんっ。」
カミノがあわてておいかけます。
でも、間に合いません。ドアが閉まりました。

その閉まったドアをいきおいよく開けて、カミノがとびだしていきました。

そんなステージのようすを、カミノは、きゃくせきにすわって、めずらしそうにながめています。


「モトちゃん、今年も来てくれたね。」

「うん、よかったな。ナナのピアノ、きっとききに来たんだぞ。
 おまえ、ピアノけっこうやるなあ。あ、ちょっとひやっとしたけどな。」

「そう、ちょっとまちがえた。もっとまじめにれんしゅうすればよかった・・・。
 でも、来年はぜったいがんばるもん。まじめにれんしゅうする。」

「そうだな、来年は、モトちゃんもびっくりするくらいうまくなってろよ。
 ・・・あ-、それにしても、ざんねんだ。もうちょっとで、会えたのになあ。」

「サッカーやってるカミノでも、おいつかなかったなんて。」

「ああ、ドアを開けて外に出たときには、もういなかった。
 そのあと、まわりももずいぶんさがしたんだけどなあ。」
カミノは本当にざんねんそうです。

「・・・会いたかったなあ。」
「うん、会いたかったなあ。」


そのとき、カミノが立ち止まりました。

「そうだ、ナナ、すごいことがある。。
 ピアノが終わったら話そうと思ってたんだ。ものすごくすごいことだぞ。」

「ん? 何?」

「モトちゃんの地図が、ここにある。」

「・・・・・?」

帰り道。


「モトちゃんの地図、オレが持ってたんだ。」

カミノは、ポケットから、きちんとおりたたんだ1枚の紙を取り出しました。

「ほら、これだ。」
カミノは、ゆっくりとその紙をひろげます。

「モトちゃんのだ。モトちゃんの地図だっ。
 カミノ、これどうしたの?」

「モトちゃんと時計をさがしてたときさ、3人でモトちゃんの地図を見たろ?
 オレは、『この地図、古い』とか言って、ぜんぜん問題にしてなかったんだ。
 みんなでアイスか何か食べながら、話してたんだよな。
 で、また、さがしに行くとき、オレ、この地図、自分のポケットにしまったんだ。」

「それから、これ、ずっとカミノが持ってたの?」

「うん。すっかりわすれてた。
 もしかしてって思って、がらくた入れの中さがしまくった。
 そしたら、あったんだ、これが。」

「カミノ・・・。すごいよ、これ。
 モトちゃんの地図だ、ほんものの・・・。」

ふたりは、だまったまま、いつまでもモトちゃんの地図を見つめていました。

( 3.『ナナちゃんとなぞの地図』 につづく )

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