大学の正門は四平路に面しており正面に毛主席の石像が右手を上げて大きく
立っています。キャンパスには学生寮(男女)があり当然多くの学生が生活し
ていますが、我が宿舎の正面は池の有る公園になっていまして、アベックの溜
まり場になっていました。・・・キャンパスはいちゃつきの場所では無い
食堂は一食5、6元で十分です、語言学院と同じように安く食べることがで きました。 食事についてですが、朝は例のごとく私はジョギングをしますの で(学校の近辺)その帰り南門の露天で砂糖入りの豆乳と包子(肉と菜の一個 づつ)とかヨーティアオ(揚げパン)を食べました。(1.8元)昼は学内食 堂で(約6元程度)、夜は学内の食堂、大学近辺の食堂とか色々でした。 授業での発音ですが、男の先生はhが少し抜け気味、聞き取りづらかったで す、女性の先生は美しい発音だなと思ったのですが、生徒はほとんど南方系の 感じで”h”が抜けた感じがしました。例えば老師ですが”ラオス”に聞こえ ました。先生はそれでも返事をしますから。発音は私の方がうまいと思いまし た!!??南で漢語の教育受ける場合、必ずすこしは南のなまりが入ると思い ます。しかしながら生徒達のヒヤリングの力は私よりかなり上でした。 今回のクラスは前述したように非常に国際的でした。ベトナム人はやはりス ラットした感じでベトナムの農村に立たせるとピッタンコですね。ラオスの方 たちは逆にオットリふっくらの人のよさそうな感じの面々。そうそうラオス人 が使っていた辞書はタイ語−中国語でした。シリア人は銀色のネズミと言う感 じの非常にチャメッケのある陽気な若者でした。韓国人はこれまた韓国人です を絵に描いた感じでして、一番良く分からなかったのがドイツ人でした。でも 当然のことながら一番西洋人でした。其の中にこれまた日本人と言う感じの私 が入ったのですから、想像して下さい。そうそうもう一人忘れていましたプラ ス中国人の先生。私の隣にはラオスの女の子が座ってくれました。・・・女の子は親切であった。 わずか一週間、そして50のおっさん、先生達は一様にびっくりしたようで した。今回の様なケースは始めてなのでしょうか、私としてはできる限り若い 皆さんの邪魔をしないようにと思いつつ真面目に授業へ参加しました。 下に付録が二つ付いています。 南京への一泊旅行 上海市内にて |