Top Page 文書館 No.010 No.008
かなり昔の話であるが、ある会社に中途で入社した3〜4ヶ月くらいの新入社員がいた。彼の仕事は外回りの営業で、もちろん、彼専用の社用車も与えられていた。 ある日のこと。普通の日だったら、午後7時には社員は全員、出先から支店に帰ってくる。しかしその日は、7時どころか8時になってもその新入社員は帰ってこない。当時はまだ携帯電話なんてこの世になかった時代だったから、しきりに彼のポケットベルを鳴らすのだが、全然連絡が入ってこない。 とりあえず支店長は、自分と支店長代理だけ残して他の社員を帰らせ、彼からの連絡を待った。夜もふけて11時になり、そして午前0時になった。支店長もいい加減、疲れてきた時、突然電話が鳴った。彼からの連絡かと思い、すぐに出てみると、あるスーパーの警備員の人からだった。 「私はスーパー〇〇の警備をしている者ですが、昼間っからお宅の会社の名前の入った車が、うちの駐車場にずーっと停まってるんですよ。この車、すぐ引き取りに来てくれませんかね。こっちも迷惑してるんですけどね。」 というものだった。 あいつの車だ!ピンときてすぐに支店長と代理はそのスーパーへ向かった。そしてそこの駐車場には、やはり彼専用の社用車が放置されてあるのが、月明かりでかすかに見えた。懐中電灯をかざして恐る恐る近づいてみる。もしも中で死体になっていたらと思うと結構怖い。 ビビリながらも運転席を覗くと・・そこには誰もいなかった。依然彼の行方はわからないままだ。とりあえず車を回収して、その日は諦めて家に帰った。 それから何日か経ったが彼は行方不明のままである。ポケベルを鳴らしても家に電話をかけても連絡がとれない。しょうがないからついに諦めて、彼は解雇扱いになってしまった。しかし実際に家に行ってみたわけでもなく、警察に言ったわけでもなく諦めるのは昔の会社のアバウトなところである。 それから数ヶ月が過ぎた。彼のことなどすっかり忘れていたころ、ある日、その行方不明になってた彼が突然会社を訪ねてきた。「こんちはーっ」とか言って。彼は生きていたのだ。 「どーしたんや、お前は!生きとったんか!あの日、何があったんや!」と聞くと、 「あ・・いや、あの日は突然気分が悪くなったので、とりあえず救急車を呼んで病院に連れていってもらって、一晩入院したら直ったので、全開祝いにしばらく旅行に行ってきたんですよ。それで今度、僕、店を出しましたので、よかったら買いに来て下さい!」 と言って名刺を置いて帰った。ブティックを始めたらしい。 しかし勝手に帰って、勝手に旅行に行くとはなかなかのツワモノ。責任感に関する感覚が人間離れしているのかも知れない。ある意味、尊敬は出来る。 もしも、「会社を辞めたいのだが言い出す度胸がない」、という人がいたら、ある日突然蒸発する・・という手段はなかなか有効かも知れない。 |