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No.045 悲しき銀行強盗

1985年1月、東京の、ある銀行に、ジャンパーを着た70歳くらいの老人が入って来た。老人は窓口まで行くと、

「支店長はおるか。」と尋ねた。

「はい、おりますが、どのようなご用件でしょうか。」

と、行員が聞くと、そのとたん、老人はポケットから果物ナイフを出し、

「ゼニコを出せ。」

と行員に刃先を向けた。

銀行強盗だ!と、一瞬思ったが、よく考えれば、窓口のガード越しから小さなナイフを突きつけられても、別に怖くも何ともない。支店長が出てきて対応に当たった。他の行員が一応、警察に通報した。

「どうしてお金を出さなくてはならないんですか。」

「ええから、早よう出せ。」

「他のお客様のご迷惑になりますので、そういったことはやめていただけますか。」

「ワシは本気やぞ。」

などとやり取りしていると、店内の他のお客たちも騒ぎに気付いた。
「何だ、何だ。」
「銀行強盗らしいよ。」


普通の銀行強盗であれば、店内はパニック状態となり、お客は悲鳴を上げて逃げまどうものだが、凶器は果物ナイフ一本で、犯人はいかにも虚弱そうな老人である。走って逃げれば確実に逃げ切れそうな相手だった。

お客もじっと事の様子を見守る。

「とにかくナイフをしまって下さい。」
「ええから早(はよ)うせえや。」
「そうしたことをしてると、警察に捕まりますよ。あなたにもご家族がいるんじゃないですか?」
「わしは金がいるんじゃ。」

といった感じで行員の説得が続く。ナイフを構えてはいるが、弱々しく、強盗と言うよりは苦情を言っているようにしか見えない。

しばらく続いた問答の末、老人はナイフを持った手をだらんと降ろし

「やっぱり、こんなことしていいわけないわな・・。」
とあきらめた。

「お帰りいただけませんか。」と言われ、しょんぼりして銀行を出たところを外から見守っていた警官がすぐに近寄り逮捕した。

結局、銀行強盗未遂に終わった。

取り調べによると、老人は家もないような状況で、手持ちの金はつい数日前まで6万5000円ほど持ってはいたものの、その金をスられて一文無しになってしまったとかで、この犯行に及んだらしい。職を探していたが、どこも断られ、せっぱ詰まった状況だったという。

しかし、この年齢に加わえて単独犯では、強盗するにはかなり無理があったようだ。



話は変わるが、アメリカでも昔、ちょっと間の抜けた銀行強盗があった。

その強盗は銀行に押し入り、銃で行員を脅して金を出させ、実際いくらの金を強奪したか、あるいは強盗そのものが成功したのかまでは分からないが、とにかく強盗行為を終了して、銀行を飛び出した。後は逃走するだけである。

犯人は、銀行の近くに用意していた、逃走用の車まで走って逃げて来た。だが、さっき、確かにここに停めておいたはずの、肝心の車がなくなっている!

キーをつけっぱなしにしていたのがマズかったのか、自分が強盗に入っていたわずかな時間の間に、その車は盗まれていた。

何という悪質なことをする奴がいるのだろう。

逃げる足を失って困っていたところへ駆けつけた警官たちによってこの犯人は逮捕された。

この犯人が後に、車の盗難届けを出したのかどうかまでは知らない。