Top Page 文書館 No.050 No.048
管理人吉田は、はるかな大昔、訪問販売の会社で二ヶ月ほどバイトをしたことがある。これはその当時の所長が、まだ新入社員だった頃の体験談である。その時は所長だったが、この人もすでにこの会社にはおらず、音信不通なので、勝手に「A君」と書いた。 一軒一軒、家を訪問して商品を売って歩くいわゆる「訪問販売」の仕事をしている人は数多い。A君もその一人で、まだそういった会社に入ったばかりの新人である。 毎日家を何十軒も訪問していると、ごくたまに「入り口が分からない家」に遭遇する。その日A君も、今日の受け持ち範囲の中で、そういう家を発見した。壁があって庭があって家が建っているのに入り口がないのである(ないことはないと思うのだが、見つけられなかっただけ)。 普通だったらそういう家は飛ばして次の家へ行くのだが、そこは燃えている新入社員だけあって一軒も飛ばしたくない。仕方がないから壁をよじ登って中へ入ることにした。壁の高さは胸くらいで、それほど高くない。手をかけてジャンプして、ちょうど壁をまたいでいた時、その家の一階の窓がガラッと開いた。 奥さんらしき人が顔をのぞかせ、A君とばったり目が合った。 「きゃあぁぁーっ!」 奥さんが悲鳴をあげる。空き巣まがいの行動をしていたのだから当然だ。 「おっ、人がいた。」(昼間は留守の家が六割以上なので、人がいること自体ラッキーなのだ。) 壁から着地してA君はすぐに挨拶する。 「あ、こんにちは〜。あの〜私、○○という会社の者ですが、このたびこの辺りの担当になりまして、今一軒一軒ご挨拶にお伺いしてるんですよ。」 「何ですか!あんた!壁から入ってきて!」 「いや〜、今日は暑いですねえ。奥さん今日は?お仕事は休みですか?」 「人を呼びますよ!」 「今、うちの会社で新商品のキャンペーンをやっておりましてね、ご挨拶を兼ねてこうやってご紹介させてもらってるんですよ。」 「誰か!誰か来てーっ!」 「まずは、ちょっとカタログの方を見て下さいよ。」 「変な人が!変な人が入って来て・・!!」 全然問答になっていない。 しかも嫌悪感を持たれてしまったのは分かっているのだが、そこは燃えている新入社員だけあって、一生懸命に説明すれば何とかなると思って説明を続ける。 奥さんは不審人物だと思って大声で助けを呼ぶ。 そのうち近所の人が何事かと思って二人ほどこの家の庭の中に入って来た。近所の人が入って来たということは、やっぱり入り口はちゃんとあったのだ。 「何だ、あんたは!」 今度は近所の人が問い詰める。 奥さんも近所の人に助けを求める。「この人が壁を乗り越えて勝手に家の中に入ってきて・・!」 「あ、ご近所さんですか。ちょうどよかった。ご一緒に説明させていただけませんか?」 「奥さん、嫌がってるじゃないか!さっさと帰れ!」 「このカタログのこの部分!ここに注目して下さい。」 「警察呼ぶぞ!」 「まずは従来の商品とどこが変わったのか!という点から入りたいと思います。」 「帰れと言ってるのが分からんのか!」 相変わらず全く会話がかみ合わない。 三人がかりで責められて、やっと「ちょっとまずかったかな。」という意識が芽生え、 「あ・・すいませんでしたねえ。じゃ、また来ます。」と言うと 「もう来るな!」と速攻で言われた。 来た時と同じように壁を乗り越え、A君は逃げるようにその家を後にした。販売には結びつかなかった。 一生懸命やればいつも相手に通じると思ったら大間違いである。 |