Top Page  心霊現象の小部屋  No.11  No.09


No.10 誰かがノックする

これは私の弟に聞いた話である。私の弟は現在東京に住んでいるが、今から数年前、弟があるレストランで働いていた頃、弟は当時、そのレストランの寮に入っていた。

その同じ寮に入っている従業員で、弟と特に仲の良かったAさんという人がいたが、これはそのAさんにまつわる話である。


ある日、Aさんが夜遅くまで飲んで帰ってきた時のことである。その寮は、門限にはそれほど厳しくなかったので、少々遅く帰ってきてもどうってことはなかった。

寮の門をくぐり、建物の横を歩いて奥の階段へと向かう。自分の部屋に帰るにはすぐ建物の中へ入るより、奥の階段から上がった方が早い。

足早に敷地内を歩いていると、妙なことに気づいた。おや?風呂場の明かりがついている?

ここは門限にうるさい寮ではないが、風呂だけはいつも午後11時には湯が抜かれ、脱衣場もきれいに片づけられる。もう、深夜1時になろうかというのに、まだ明かりがついている。

それどころか、「カポーン」という、洗面器を床に置いたような音まで聞こえる。スリガラスごしに一人二人、人影が見える。

「おぉ、まだ風呂に入れる! ラッキー!」と思ってAさんは大急ぎで部屋に戻り、上着と靴下だけ脱いですぐに風呂場に向かった。


脱衣場について急いで戸を開けると、なぜか電気が消えている。さっき風呂場の横を通過して、ここに来るまで1〜2分しか経ってないのに。見るとカゴもマットもいつも通り片づけられている。

「たったあれだけの時間に、もう二人ともあがったのか?」と思いながら、今度は浴室の戸をガラガラッと開けてみると・・もう、完全に湯が抜かれている。しかもひんやりとして、まるで温度も水蒸気も感じない。とてもさっきまで人が入っていたような様子がない。

「じゃあ、さっき見たのは何だったんだ?」少し気味が悪くなったAさんは、しょうがなく風呂はあきらめて、自分の部屋に戻ることにした。


部屋に帰り、寝る前に少し漫画を読んでいると、今度は「パタパタパタ」という足音が廊下から聞こえてきた。誰かが急いでこっちに歩いてきている。

足音はAさんの部屋の前で止まり、「コンコンコン!」とドアをノックしてきた。「あぁ、多分、吉田だ。あいつも風呂で何か気味悪い体験をしたんだ。」

そう思ったAさんは「どうぞ」と声をかけた。・・・しかし返事がない。

しばらくたってまた、「コンコンコン!」と更に大きい音でノックする。「吉田だろ。カギ開いてるよ。入っていいよ。」とAさんは答える。だがまた返事がない。

更にもう一回、「コンコンコン」とまた一段と大きい音でノックしてくる。

「まったく、あのガキャ、どうしても俺に戸を開けさせる気か。今度ノックしてきたら、その瞬間思い切り戸を開けてやる。」そう思ったAさんは、音をたてないようにそろそろとドアに近づき、ノブに手をかけ、次のノックを待った。


「ドンドンドン!」
今度はノックというより、あたかも戸を殴っているかのような激しい音が聞こえてきた。
間髪入れず「吉田ぁ!」と叫んで、Aさんは思いっきりドアを手前に引いた。

・・・が、そこには誰もいなかった。目の前には、電気も消えて真っ暗な廊下が広がっているだけだ。しーんとした静寂がAさんを襲う。背中にゾッと悪寒が走る。さすがに怖くなったAさんは、この日は部屋の明かりをつけたまま、眠れぬ一夜を過ごしたという。

次の日、Aさんはこの一連の気味悪い出来事を寮の全員に喋りまくった。しかしなぜか、同じような体験をした者は一人もいなかった。


Aさんが遭遇した奇怪な出来事はこの一夜だけである。

そしてその約一年後、この寮は突然、原因不明の火事に襲われた。あまり激しい火災ではなかったので、寮のみんなはだいたい避難できたのだが、なぜかAさんだけは逃げ遅れてそのまま焼死してしまった。

Aさんから、ことあるごとにあの夜の奇怪な出来事を聞かされていた寮の人たちは、「あのノックは、やっぱりAさんをお迎えに来た前兆じゃなかったのか。」と口々に噂しあったという。