Top Page 心霊現象の小部屋 No.73 No.71
イギリスのある地方に、都心から少し離れたところに大きな屋敷がある。二世帯住宅として住むにも十分過ぎるほどの大きさである。 数年前、この家をある家族が買った。この家族は父、母、息子と娘の四人家族である。この中の息子が病気療養中で、両親たちは息子のために、自然の多い静かな環境に住んでみようと考えてここへ引っ越してきたのだ。 しかし息子の病気は一向に良くならず、それは精神にも悪影響を与え、ついには鬱(うつ)病のようになってしまった。夜になると息子は近所をアテもなく出歩くようになってしまった。近所の人たちからも気味悪がられ、噂されるようになったので、両親は息子が家から出られないように部屋に鍵をかけて閉じ込めておくようになった。 何年も軟禁状態が続き、それは息子の精神を崩壊させるには十分な時間であった。ある日、両親はたまたま息子の部屋に鍵をかけ忘れていた、その日の夜。 息子は台所から包丁を持ち出し、寝ている家族を次々に襲い、三人ともメッタ刺しにして殺害した。父親の死体は風呂場まで引きずって行き、そこで首を切断した。本人はその後、家の中で首を吊って自殺した。 その惨劇から約二年が経ち、再びこの屋敷の住人が決まった。ガレートという一家がこの家を買ったのだが、もちろん事件のことは知っていた。この事件があったからこそ、相場の半額以下という価格でこの大きな家が買えたのだ。 ガレート一家は引越しに際して神父に悪魔払いを頼み、安心して入居を果たした。数日して荷物もやっと片付いたころ、改めて友人知人を招待して引越し祝いのパーティを開いた。ここまでは別に異常なことは起きなかった。ガレート一家も安心していた。 そしてパーティ当日。十数人を集めてパーティは始まった。だが、よりによってこのパーティから異変が起こり始めた。みんなが食事をしていた時、突然天井の方からけたたましい笑い声が聞こえてきたのだ。そして何を行っているのか聞き取れない叫び声、すすり泣く声、様々な声が部屋に響く。 会場にいる者の誰の声でもない。だいたい祝いの席でこういうイタズラはしない。招待されて人々も全員ぎょっとしたが、以前この屋敷で何があったのかは知っていた。だからこそ、誰もこの声のことは話題に出さなかったし、みんな聞こえないふりをしていた。 その時、突然窓がスーッと開いた。もちろん誰も触ってはいない。そしてドアが勢いよく開き、棚に置いていたグラスが二つ落下して割れた。誰も座っていない椅子が横に倒れ、テーブルに置いてあったスプーンが数メートル飛んで床に落ちた。 明らかなポルターガイスト現象である。しかしガレート夫人は、「いやねぇ、地震かしら。」と言いながら割れたグラスを片付けていた。言葉は落ち着いていたが、顔は恐怖の表情を示していた。 会場にいる人々も、「そういえばちょっと揺れましたね。」と、あくまで地震の方向に話を持って行き、誰も霊や昔の事件のことには触れなかった。ただ、異常な現象が起きたのは、この数分間だけで、後は何事もなくパーティは無事終了した。 夜もふけ、来客たちはほとんど帰ったが、ある一組の夫婦だけは遠くから来てもらっているため、今日はこの家に泊めてもらう約束になっていた。さっきのことが頭をよぎって、本当はホテルにでも泊まりたかったのだが、その後は楽しいひとときだったためか、若干心も落ち着き、その夫婦は、ガレート夫妻の寝室の隣りの部屋で寝ることになった。 それぞれが寝室に入ってウトウトしかけた時、ガレート夫妻は廊下から何か音が聞こえてくるのに気づいた。ズズズズ・・・と、何か重い物を引きずっているような音と、それに伴う足音。そしてその音に混じってハァハァハァ・・・という、荒い息使いが聞こえてくる。 ガレート夫妻はゾッとして耳をすます。これはあの惨劇が起きた時の再現ではないのか。少年は父親の死体を風呂場まで引きずっていって、そこで首を切断したという。 音はだんだんと大きくなり、何者かが近づいて来る。そして引きずる音も足音も息使いも、ガレート夫妻の部屋の前で止まった。外に何かがいるようだ。恐ろしくてたまらなかったが、ガレートは思いきってドアを開けてみた。 だが、外には誰もいない。ほっとして再びドアを閉めると、その瞬間、隣りの部屋からすごい悲鳴が聞こえてきた。バタバタと室内を走る音が聞こえ、ドアが開き、友人夫妻たちが廊下へ逃げ出してきたようだ。 すぐにガレート夫妻も部屋を飛びだし、「どうしました!?」と声をかける。 「あっあっ・・!」 と友人夫妻たちは部屋の中を指刺すだけで言葉にならない。 ガレートは意を決して部屋の中に入ってみた。明かりはついている。室内を見渡してみたが、ベッドが二つに家具があり、特に何か変わった様子はない。しばらくして、ガレート夫人と友人夫妻も恐る恐る部屋に入ってきた。 その時突然、部屋のクローゼット(押し入れ)の扉がガタガタと揺れだし、扉がわずかに開いた。そして開いた隙間から人間の手が現れた。部屋に誰かが侵入しているようだ。友人夫妻が驚いたのはこれが理由だったのか。 「誰だ!」ガレートが叫ぶが、返事はない。ガレートは、クローゼットの扉を力まかせに閉じる方向へ動かし、手を挟(はさ)んでやった。だが、悲鳴をあげるわけでもなく、手は挟(はさ)まれたまま動めいている。 そして、その手は、確かに扉に挟(はさ)んでいる実感があったのだが、次の瞬間、煙のように着えてしまった。挟んでいたものが急になくなったので、扉はガターンとそのまま勢いよく閉まった。 シーンとした静寂。気を取りなおして、ガレートは、そのクローゼットを開けてみることにした。全員が身構えた後、ガレートは、中から攻撃された場合に備えて身体を扉からずらして横に立ち、取っ手に手をかけ、扉を思いきり横に引いた。 ガターンと音を立てて扉は開いた。しかし中には何もない。そのクローゼットは、床から天井までの扉になっており、ここは普段は使わない部屋としていたので、中には何も荷物はない。隠れるところもない。 全員が分けがわからない恐怖に包まれた。次の瞬間「ヒッ!」と、友人夫妻が悲鳴を上げた。「あ・・あそこ・・!」と、友人の夫がクローゼットと反対側の壁にかけてある大きな鏡を指差した。 鏡にはちょうど開いたクローゼットが映っていたのだが、クローゼットの中に人間らしきものが立っている。びっくりして全員、実際のクローゼットの中を慌てて見てみたが、その中には何もない。再び鏡を見ると、そこにはやはり人間が立っている。 鏡の中の人間がゆっくりと一歩踏み出した。しかし実際のクローゼットの中には何もない。「うわぁ!」一番クローゼットに近い所にいたガレートは、慌てて後ろに下がった。 「そっちへ行っちゃダメ!」友人の奥さんが叫ぶ。謎の人間は、鏡の中の世界にだけにいたのではなく、鏡の前に立っていたのだ。クローゼットから後ろへ下がるということは鏡に近づくことになる。 全員弾け飛ぶように部屋から逃げ出した。すぐにドアを閉め、ガレート夫妻の寝室へ非難し、そのまま朝まで眠れぬ夜を過ごした。朝になり、ガレート夫妻は友人夫婦に何度も謝り、家から送り出した。友人夫婦の部屋の荷物は全員で取りに行った。買ったばかりの家だったが、とても住む気にはならない。当のガレート夫妻も早々にこの家を売却し、引っ越すことになった。 |