Top Page  心霊現象の小部屋  No.75  No.73


No.74 雪を踏む足音

東北地方の、ある小さな村にある一軒屋。庭がかなり広いという点を除けば、どこにでもあるような普通の家である。

午後9時ごろ。その日、朝から降り続いていた大雪もようやくやみ、辺り一面雪景色となっていた。家の外は数十cmの積雪である。

家の中では、母と三人の兄弟が台所で食事をしながら一家団欒(だんらん)のひとときを過ごしていた。兄弟は男ばかり三人で、一番上が小学校6年生。父親は外出中だった。


「たすけてー・・ー。」
突然、家の外からかすかに女の声が聞こえてきた。四人ともハッとしてお互いの顔を見渡す。遠いのか近いのか分からないが、緊迫したような声ではなく、感情のない、言葉だけが発せられたようなそんな声だった。

「誰か外にいるのかな?」と長男が立ちあがったが、その時またもや
「たすけてー・・ー。」
と小さな声が聞こえる。

「踏み切りの方から聞こえてくるみたいだよ。」次男が真剣な顔をして母親に言う。
「行ってみようか。」
と長男が言ったが、
「やめときなさい、きっと恋人同士のケンカよ!」と母親に止められた。


その時、家の近くを走る線路を電車が通過した。家のすぐ近くに線路が走っており、ガタンガタンと大きな音が家の中に響く。

電車が通過して、ふたたび静寂が戻った。四人は、また声が聞こえてくるのではないかと、じっと聞き耳を澄ます。

声は聞こえてこない。しかしその代わりに「ギュッギュッ」と、雪を踏みしめる足音が聞こえてきた。

確かに雪を踏むと音が聞こえるが、それが家の中まで聞こえてくるというのは不自然である。

「誰か歩いてるね。」
「うん・・。」
兄弟同士で顔を見合わせる。

足音はだんだんとこの家に近づいてきているようだ。わずかずつではあるが、ギュッギュッという音が大きくなってきている。


「ちょっと外に出てみようか。」と再び長男が言うが
「やめなさい!ただの通行人よ!」と、またもや母親が止めたが、明らかに不安な表情をしている。

その間もずっと足音は続く。そしてついに庭から聞こえてくるようになった。足音が、自分たちのいる台所のすぐ前にある、この庭を歩き回っている。

その時、皆はハッと気づいた。庭には門があり、門には高さ1mほどの扉がある。夜なのでもちろん扉は閉めてあり、父親がまだ帰って来てないので鍵はかけていないが、庭に入ってくるにはいったん立ち止まって、しかも門の扉を開ける音がしなくてはならない。

だが足音はそのままの速度で扉を通過し、庭に入ってきたのだ。


カーテンを開ければ庭が見えるのだが、誰もカーテンを開けようとしない。足音は玄関へ向かっている。そして玄関から家の中へと入って来た。門を通過した時と同じように玄関前で立ち止まることなく、そのままドアの外から家の中へ。

もちろん家の中に雪はないが、ギュッギュッと雪を踏みしめる音がついに家の中から聞こえ始めた。

足音はこの台所に向かっているようだ。母も三人の子供達も、全員が引きつった顔をして、一言もしゃべることなく下を向いている。

足音は台所の入り口まで迫り、全員に緊張が走ったが、足音は台所には入らずそのまま通過して、隣の部屋へと入っていった。そしてそこで足音も止まった。


「誰かいるのか、みんなで見て行くわよ!」
母親が率先して台所から出て隣の部屋へ向かい、すぐにフスマを開けた。だが誰もいない。

「何か変わったことはない?」
四人が目を皿のようにして、この部屋の中を観察する。

「あっ!開いてる」
長男が指差す方を見ると、この部屋から更に隣の部屋に通じるフスマが10cm程度開いていた。

長男がそっとそのフスマを開けてみると・・そこには女が立っていた。長い髪、そして無表情でじっと遠くを見つめているようである。
見たことのない女で、薄い着物を着ている。この気温でそんな格好でいられるわけがない。

「うわっ!幽霊だ!」
次の瞬間再び長男が叫んだ。女の腰から下が無かったのだ。

四人は悲鳴を上げて部屋を飛びだし、再び台所へと戻ってきた。


「高浜さんを呼んできて!」と母が言う。
高浜さんとは、以前この辺りに出た強盗に一人で立ち向かい、見事に捕らえて警察に引き渡した、屈強なおじさんである。

積もった雪の中、長男が必死で走って高浜さんの家までたどり着いた。そこで偶然、帰宅前の父親にも会うことが出来た。

二人に事情を話し、高浜さんと父親が走って家まで駆けつけてきた。棒を持った高浜さんが、問題の部屋を開けると、その女はまだそこに静かに立っていた。

「この野郎!」と、高浜さんが威嚇(いかく)したが、父親がそれを手で制し、ゆっくりと女に近づいていった。
「あんたは誰だ。」
「なぜここにいる。」

何を話しているのか、よく聞き取れなかったが、しばらくして父親がみんなの方を振り向いた時には、女の姿は消えていた。

「いなくなったよ。」

そう言って父親は部屋から出てきた。霊と話している姿は、特に怒るでもなくお経を唱(とな)えるわけでもなく、話し合いで出て行ってもらったようだった。

それまで、この家にはそんなことは一度もなかったのに、なぜ急に霊が家の中まで入ってきたのかは分からない。ただ、家の近くにある踏み切りで何ヶ月前、飛び込み自殺があり、遺体は胴体が二つに切断されていたという話は聞いたことがある。

その時の女性が、いまだにさまよい、「たすけて・・」という声に反応したこの家の住人に何かを言いにきたのだろうか。これ以降はその女が来ることはなかったという。