いつからか、夢を見るようになった。
2人の自分。2つの願望。
1人は空に憧れ、1人は大地を懸命に踏みしめようとしている。
空は果てしなく蒼く、一点の曇りもなく、澄み切っている。
大地は果てしなく硬く、一点の澱みもなく、包み込んでいる。
そのどちらにも行くことが出来ず、だた宙を彷徨う哀れな鳥のように。
迷いながら、羽も広げられずに。
全てを捨てることなど出来ず、全てを手に入れることなど出来ず。
焦がれながらも囀りは音にならずに。
そのまま、内に秘めてしまう。
ああ、それよりも切望することがあったのだ。
お願いだから―――――笑ってくれ。
―羽 音― 破片2
血が止まらない。
恐ろしい速さで、心臓が生命の維持に警鐘を鳴らしている。
助けたかったのに、助けられなかった。
完膚なまでに、敵に叩き伏せられた。
隙を見て、逃げ出すので精一杯だった。
そしてこの傷では、何も出来ない。
一刻も早く病院へ。桜ヶ丘へ―――――。
意識を失う寸前、院長の驚きの声を聞いたような気がした。
そして最後に振り絞って言った。
それは京一の意地だったのかもしれない。
誰にも知らせないでくれ―――――と。
ぼんやりと目に入るのは病院の天井。
あれからどれくらいの時間が経ったのかすら解からない。
冬の柔らかな日差しが差し込んでいる。
微かな音を聞き、ドアを見ると岩山が入ってこようとしていた。
気がついた京一を見ると、心底ホッとしたような顔になり、腕を組んだ。
「どうやら峠は越えたみたいだね」
「俺、そんなに危なかったのか?」
「出血だけじゃなく、傷には多量の陰氣がついていたからね。だがお前が誰にも言うなって言うから―――あたし一人じゃ骨だったよ」
「すまねェ。また借りを作っちまったみてェだな」
京一は殊勝に謝った。
「そんな顔するんじゃないよ。でも、よかったのかい? 本当に誰にも知らせなくて。せめて緋勇には知らせたほうがいいんじゃないのかい?」
「いや、いい。誰にも知らせないでくれ。少し考えてェんだ」
「まさか、怖気づいたんじゃないだろうね」
「そんなんじゃねェよ・・・」
いや、そんなことはある。
京一は布団に隠れた拳を握り締めていた。
戦いに怖気づいた訳ではない。自分に怖気づいたのだ。
「とりあえず、最低5日は安静にしてることだ」
そういって、岩山は出て行った。
京一は返事をせず、ただ天井を見つめていた。
思い出すのは、亜里沙、ただ一人。
――――あんた一人置いて、逃げれるわけないじゃないっ!
それなのに、自分は逃げた。
本当は助けに行かなければいけないのに、身体が思うように動かない。
握り締めた拳にすら、力は入らない。
あの気丈で心に儚さを持った女は今何をしているのだろう。
きっと怯えるなんてことはしない。それはプライドが許さない。
炎のような瞳で相手を見据えているに違いない。
「すまねェ。俺はもうお前を抱く資格はねェのかもな・・・・」
独りごちてみても、言葉は天井に吸い込まれるだけだった。
その夜、京一は病院を抜け出した。
「なァ、一つ聞いてもいいか?」
ホテルに入り、ゆっくり亜里沙の服を立ったまま脱がし、愛撫を加えながら、京一は問うた。
「なによ」
既に何度か躯を重ねている所為か、亜里沙は慣れた手つきで京一が服を脱がすのをさりげなく手伝う。
「もしよ、俺がいなくなったらどうするよ」
「あんたが、いなくなる?――――――あんッ」
首筋に舌を這わせると、亜里沙が嬌声を上げた。
「い、いなくなるって、どういうこと・・・・・なのォ・・・あァん」
そのまま耳を甘噛みし、手で胸をブラジャーの上から揉みしだく。
瞳が潤み始め、呼吸が早くなり、吐く息が甘さを増していく。
「別になんでもねェよ」
京一は亜里沙をベットに寝かせ、行為を再開した。
胸の中心にある飾りを口に含むと背中を反らして快感を訴える。
十代にしては成熟した亜里沙の躯は、京一の愛撫一つ一つに応えていた。
全ての服を脱がせると時間をかけてキスを交わす。
そっと指を下肢の茂みに這わせると、既に京一の指を湿らすほど潤っていた。
常に亜里沙は貪欲に京一を欲する。
なにかを埋めるように躯を合わせる。
そんな亜里沙に京一は時々歯痒さを感じていた。
―――――たまたま、俺だったからなのか?
もし別の人間があの夏、声を掛けていたら、亜里沙はその男にこうやって躯を曝け出していたのだろうか。
喘ぎ、震え、悶え、泣き叫び、掴み、摩り、撫で、快楽を得ようとしていたのだろうか。
何度抱いても何度イかせても、亜里沙の態度は変わらない。
女王様のように振舞うこの女は、ベットの上では高級娼婦のようだ。
自分の快楽を貪欲に欲すると同時に、京一にも快楽を確実に与えようとする。
京一は既に亜里沙の躯にのめり込んでいた。
躯は滅茶苦茶に犯してやりたいと思っているが、心は大事にしてやりたいと思う。
だが、亜里沙は心を開かない。
だから京一も心を開けないでいた。
セックスフレンドのような関係が、結局冬まで続いている。
亜里沙への想いを京一は自覚していた。
しかし告げたら最後、この女は逃げるように去っていくのだろう。
自分を躯の奥底でたった今咥え込み、貪っているのに。
「あッ、あァァ・・・・んああァッ!」
花芯を指の腹で軽く擦ると、亜里沙は目を見開き、更に喘ぎを強くする。
動きを早くし、奥深くまで打ち付けると、淫靡な水音が聞こえ、そこで京一は考えることを中断させた。
だが一つだけ、どうしても考えてしまうことがあった。
―――――いつか、「愛してる」って言わせてみてェな・・・・。
その言葉を亜里沙が口にした瞬間、二人が何かに解放されるような気がした。
思い出すのは、亜里沙のことばかり。
ここまで亜里沙にのめり込んでいたのかと思うと、京一は苦笑するしかなかった。
――――――もしも、俺がいなくなったら、どうするよ?
何故自分はあの時あんなことを聞いたのだろう。
このことを予感していた訳ではない。
新宿の路地裏の闇に隠れるように歩きながら、まだ完治とは乏しい躯を抱え込むようにしていた。
本当は今すぐにでも亜里沙の元へ飛んでいきたかった。
だが今の自分に、その資格はない。
そのことが、京一を暗い宙に彷徨わせていた。
誰でもいい。俺のことはいい。あの女を助けてやってくれ・・・・。
誰かが亜里沙の元へ降り立つ羽音を聞いたような気がした。
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