時間は決して止まらない。

どんなに甘い感傷に浸っても、それが長続きすることはない。

人の想いとはなんと曖昧で、儚げで、脆いものだろう。

だが、人を動かすのが人の想いというヤツなのならば、納得できる。

そうでなければ、手を血に染めることなどない。

そしてその手で、誰かを抱くことも―――――。

 

 

 

 

 

 

 

― Confusion 3 ―

破片 6

 

 

 

 

 

 

 

闇夜に携帯の音が鳴り響く。

仕事の応援要請だった。

大方、ターゲットに複数のボディガードでもついていたのだろう。

余程の大物か、対処し切れない場合のみ連絡が入る。

壬生は携帯の音源を切ると、足早に歩き出した。

ほんのつい、先程まで亜里沙と会い、笑い、自分の想いを告げたというのに――――――今の自分は感情の欠落した殺し屋の顔をしているのだろう。

そう思うと、あまりにも滑稽で自嘲気味に緩む口元を抑えることができない。

本当の自分は一体どちらなのか。

足早に歩むことを止めず、壬生は目的地に向かっていた。

ふと前方に目をやると、暗がりから一つの影が出てきた。どことなく見知った氣と形に足を止める。

街燈の灯りに晒され、その人物が解かったとき、壬生は小さく驚いた。

「蓬莱寺・・・か?」

驚いたのは京一だったからだけではなかった。

初めて会ったときの印象とはかけ離れた翳り。背中を少し丸め、まるで好んで暗がりを歩いているように見える。

それはまるで、目的のない巡礼者のようでもあった。

亜里沙と別れたのは、ほんの一時間ほど前。亜里沙と会う約束をしていたはずの京一が、何故このような場所にいるのか、壬生には解せなった。

京一も壬生を認めたのか、足を止め、壬生の顔を見入っていた。

「壬生じゃねェか。どうしたんだよ、こんなところで」

ようやく少しだけ笑ったが、違和感が消えない。

一体何がこの男にこの様な顔を作らせたのか、少しだけ興味が湧いた。

「君に隠しても仕方ないから言うが、これから仕事なんだ」

「拳武の・・・」

「まァね。でも僕が直接手を下すわけじゃない。今回はサポートさ」

痛みを伴った表情をした京一にまるで言い訳するかのように繕う自分が滑稽に思えた。

「君こそどうしたんだい、こんなところで」

その言葉を聞きたくなかったのか、更に京一の表情が翳る。

亜里沙と喧嘩したというレベルでもなさそうだ。

僅かな時間の間柄とはいえ、この男が喧嘩ごときでこんな顔をするはずがないと、壬生は確信を持っていた。

「なァ、お前にこんなこと聞くのはなんだけどよ・・・・・自分の想いを殺すことは必要だと思うか?」

京一の思いがけない問いに、壬生はすぐに答えることができなかった。

何故、彼がこのようなことを聞くのか、彼に何があったのか。

彼は、自分の想いを殺したのだろうか。

「僕は・・・・今まで自分の想いを殺してきた。自分の為に何かを成すってことがなかった」

暗殺者としての自分が、想いを抱くことになんの意味があるというのか。

無情でなければ、できなかった、否、生きていけなかった自分に。

「でもね・・・・」

壬生は続けた。

「自分の想いを抱いていいのだと。自分の感情に、感じたことに素直になっていいのだと、僕は君たちから教えられた筈だよ」

例え正義という名の元に人を殺めたとしても、想いで自分を受け入れてくれた。

自分の為に、自分の想いの為に拳を振るっていいのだと。言葉を紡いでいいのだと。

そして一人の女の存在。

亜里沙に教えられた、信じるということ。愛するということ。

この想いが叶わないとしても、決して殺したくはない。

京一はしばし壬生を見つめていたが、ゆっくりと大きく息を吐き出した。

溜息とは違う、少し答えが見えたような吐息。

「そうか。そうだったな」

そう言って薄く笑う京一が酷く大人びて見えた。

「何があった、蓬莱寺。君らしくない」

少し真剣味を帯びて言うも、薄く張り付いた笑みが崩れることもなく、京一は壬生の傍らを通り過ぎようとした。

「悪かったな、仕事の邪魔しちまって」

言いながら壬生の肩にぽんっと手を置き、

「・・・・・・・・・・・」

通り過ぎる瞬間小声で囁いた。

「!?」

壬生は驚愕し、すぐに声が出なかった。

身体すら硬直したが、慌てて振り返ると京一の背中がすでに小さく見えた。

「ほ、蓬莱寺ッ!」

京一は答えるように右手を上げたが、振り返らなかった。

現われたときと同じように街の暗闇に消えていく。

残された壬生は、頭の中が混乱し、暫く動くことができなかった。

何があった。何が起こっている?

謎を残した人物はすでにいない。答えはすぐに出るものではない。

だが―――――。

「自分の想いを殺した答えが、これなのか、蓬莱寺・・・・・」

耳に残る言葉が頭の中を駆け巡る。

去り際に京一が囁いた言葉。

 

―――――亜里沙のこと、頼むぜ。

 

 

 

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