―相 棒― 破片 7
「へいらっしゃいッ!」
威勢のいい声と店の暖かさに導かれると、すでにカウンターでは龍麻が冷酒を呑んでいた。
後ろに立った気配に気がついたのか、振り向きもせず、
「呼び出しといて来るのが遅ェ」
「へへへッ、悪かったな、ひーちゃん」
京一は龍麻の隣に座ると出されたおしぼりで手を拭き、「これと同じやつくれ」と龍麻の冷酒を指差した。
差ほど待たずして出された冷酒を自ら注ごうとすると、横からひょいっと冷酒を取り上げられ、無言で顎をしゃくられた。京一は苦笑して猪口を手にすると、龍麻がゆっくりと注いだ。
「ま、とりあえず乾杯な」
「何に乾杯するんだよ」
「うーん、呼び出してくれた京一くんが奢ってくれることに乾杯かな」
「俺、金ねェぞ」
軽く笑うと猪口を合わせる小気味良い音がした。
「で、お前が呼び出すってことは、まァ珍しくはないが何かあったんだろ?」
「ん?・・・・・あァ、まァな」
どうやって切り出したらいいものか、京一が考えていると、龍麻はくいッと飲み干し、半分減っている京一と自分のに注ぎ足した。
京一は悪ィなと言いつつ、呑もうとした瞬間、
「亜里沙となんかあったのか?」
吹き出した。
「ひ、ひ、ひーちゃんッ! なんでそれをッッ!?」
「汚ねェなァ。それに俺はヒヒじゃねェ」
龍麻はあくまで冷静である。
「そういうこと言ってんじゃねェよッ! なんで知ってんだよッ!?」
「お前、俺を誰だと思っているんだ?」
「―――――緋勇龍麻」
「よろしい」
さも嬉しそうに酒を呑む龍麻に対し、京一はおしぼりで顔を拭きながら憮然とした。
「ま、お前と亜里沙の関係に気がついたのって俺くらいじゃねェの?」
「いや・・・・・・・・・」
もう一人いる、という言葉を、京一は飲み込んだ。
龍麻の目が、「初めから話せ」と言っていることに気がついたからだ。
彼は―――――緋勇龍麻は誰よりも敏感で、誰よりも早く気づき、誰よりも相手の気持ちを汲もうとする。だからこそ、彼を慕い、多くの仲間が集っているのだ。
―――――口は、悪ィんだけどな。
心の中でごちてみても、決して口にはしない。
今までのことを簡潔に話し始めると、龍麻は口を挟むことなく黙って聞いていた。
夏の出会い、それからの二人、自分の想いの変化、あの事件、そして今日のこと。
話終えると、京一は一気に飲み干した。
「俺って、馬鹿だと思うか?」
「自分ではどう思ってんだよ」
京一と自分の猪口に注ぎながら、龍麻は問い返した。
「わからねェ。でもやっぱ馬鹿なのかもしれねェ」
「じゃァ馬鹿なんじゃねェの?」
「お前なァ」
軽く言う龍麻に、京一は呆れ返った。
「一つだけ疑問がある」
うって変わって真剣な口調に、京一も真剣な顔つきになった。
「なんで、壬生に亜里沙を託したんだ?」
「それは・・・・似てるんだよな。あいつら」
猪口に入っている酒を揺らしながら、京一は言った。
「・・・・・・なんとなく、解からないでもないけどな」
「あいつらさ、自分は傷ついても構わねェ。でも大切なモノを壊されるのにすっげェ怯えてんだよ」
京一は一口飲むと、再び猪口を揺らした。
「俺さ、壬生見てビックリしたぜ。『なんでコイツ、亜里沙と同じ目ェしてやがんだ』ってな」
深い哀しみの色。今までの自分を悔いた、翳りの瞳。
「だから、大切なモノを作ろうとしねェ。自分の本心を見せようとしねェ。亜里沙に比べりゃ、壬生の方がマシだけどよ」
「だから、壬生なのか?」
「俺には、亜里沙の心を開かせることができなかった。まァ俺も、開かなかったんだがよ」
「・・・・・・やっぱ、お前馬鹿だわ」
「やっぱ、そう思うか」
京一は薄く笑った。
龍麻はその顔を見て溜息をつくと、酒をあおった。
「で、これからどうすんの?」
「俺は、変わらねェよ。今まで通り、やっていくさ」
「そうか。じゃァ俺も遠慮しねェ。戦いに亜里沙が必要なら呼ぶし、壬生が必要なら呼ぶ。それでもお前は冷静でいられるのか?」
龍麻の言葉に、京一の身体が固まる。
改めて問われると、自分の気持ちが如何に揺らいでいるのかが解かる。
冷静でいられる自信などない。
本当は簡単に割り切れるものではない。
だが自分の想いを殺さなければ、龍麻の隣に、相棒という立場に立つ資格はない。
――――――結局、自分も亜里沙や壬生と変わらない。殻に閉じ込める想い。
「やるしかねェんだよ」
京一はその言葉を吐き出すので精一杯だった。龍麻の顔すら見れない。
龍麻は、戦場に立つ指揮官の顔つきになっていた。京一の本意を見定めようとする眼が、京一に焦燥をもたらす。
「わかった。お前のその決意、受け止めよう。だがな、京一」
持ったままの猪口を置いて、龍麻が真剣な声で言葉を紡ぐ。
「後悔だけはするんじゃねェ」
言葉が、胸に痛いほど染みた。
それから暫く無言で互いに酒を飲み交わしていたが、ふいに龍麻が笑い出した。
軽やかな、先程とはうって変わった優しい笑い声。
「なんだよ、何笑ってんだよ」
「いや、まさかお前からこんな相談持ちかけられると思わなかったからな」
そう言ってくすッと笑った。
「悪かったな」
京一は憮然とはしているものの、龍麻が笑っていることに何故か安堵感を覚えた。
「まァまァ、京一くん。さ、呑みたまえ。今日は振られた記念日だ」
「俺は振られちゃいねェェッ!」
暗くなっていた雰囲気が一気に柔らかくなる。
こういうことに関しては、龍麻は天才的といってよかった。
少し、吹っ切れたような気がする。
京一は、龍麻の相棒が自分であって良かったと、心底思った。
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