自分の罪を責めていた。

自分の夢を砕いていた。

自分の声を潰していた。

自分の心を壊していた。

 

神様、そこにいるのですか?

飛び立つ羽を広げて、生まれ変われる赤子になれるのなら。

 

神様、哀れな贖罪に口付けを・・・・・・。

そして、一瞬でもいい。心からの愛を・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

―断ち切る鎖―

破片 9

 

 

 

 

 

 

 

抱き合ったまま、朝を迎えた。

互いの衣服は乱れておらず、ただ愛おしそうに、離さないように。

泣きながら眠りについた亜里沙は、目が腫れていることに気がついた。

その目が、ベッドの中から部屋を見回す。

薄暗いホテルの窓には、壁と同じ柄の板が被さっている。僅かな隙間から零れる光が、朝を告げていた。

横に目を向けると、瞼を閉じた壬生の顔があった。

思ったよりも長い睫。目を閉じていてもわかる整った顔立ち。男にしてはきめ細やかな肌に、亜里沙はつい触れたくなって手を伸ばした。

そっと触れると、暖かい温もりを感じた。その刹那、

「目が醒めたのかい?」

慌てて手を引っ込めると、壬生が目を開き、微かに微笑んだ。

「お、起きてたの?」

「僅かな気配で起きれるように訓練されているからね。でもこんなに熟睡したのは久し振りだ」

そう言って、壬生が笑みを強くした。

亜里沙は急に恥ずかしくなって、壬生から目を背けた。

「どうしたんだい?」

「な、なんでもないよ。ただ目が腫れてっから・・・・」

本当はそれだけではない。

昨日の夜、解放されたかのように、泣いた。

壬生の優しさが、温もりが、真っ直ぐな想いが、亜里沙の心を溶かした。

どうしたら、想いに応えることができるのだろう。

何を言ったら、喜んでくれるのだろう。

そんな考え方をしている自分に亜里沙は軽い驚きを感じた。

―――――あたしが、こんな風に考えるなんて・・・・。

泣いた分、心が軽かった。こんなことなら、早く泣いてしまえばよかったと思えるくらいに。

きっと壬生は優しく微笑んでいるのだろう。

まだ自分が壬生のことを好きなのかどうかは解からない。

でもこの安らぎは、嘘ではない。

「ありがとうね、壬生」

亜里沙は振り向くことができず、背中越しに言った。

「どうしたんだい、急に」

「ただ、言いたかったんだよ。でもさ・・・・」

亜里沙は決心していた。京一のときのように逃げる訳ではない、心からの真実。

「あたしには何もない。あんたはあたしを救ってくれたのに、あたしには、あんたにお返しができない」

「僕は君を救う為にここにいる訳じゃない。僕がいたいから、いる。お返しを求めてる訳じゃないし、君がそんな風に考えることはないんだよ。それにね・・・・」

一旦言葉を切り、壬生はくすくすっと笑った。

「始めは邪な気持ちで一杯だったんだ。そんなヤツに礼を言う必要はないだろう?」

「じゃァ、今は?」

亜里沙は振り返った。もう、瞼の腫れなんて気にしない。

「え?」

「今はもう、邪な気持ちはない?」

「・・・・・藤咲さん」

壬生の瞳から、笑みが消えた。ただ、真剣に見つめるだけだ。

「別に勢いで言ってるわけじゃない。あたしにはこの心と躯しかないから・・・・。あんたがよければ、貰ってよ。あたしを」

「心も、躯も?」

「心も、躯も」

満たしてよ、あたしを・・・・。

壬生の手がゆっくりと伸びてきて、亜里沙の頬を捉えた。愛しそうに撫でる手があまりにも優しくて、また泣きそうになった。

腫れた瞼を閉じると、暖かい唇が重なった。

やっと解かった。

限りなく他人を想えること。限りなく自分を想えること。限りなく解放できること。

これが人を好きになる始まり。

これが自分を許せる、始まり。

 

 

 

 

 

壬生の愛撫はどこまでも優しく、暖かった。

「あッ・・・・・あァん・・・」

「綺麗だよ、凄く、綺麗だ」

自分を見る瞳も、躯を撫でる繊細な指先も、性感帯を捉える唇も、何もかもが今まで感じたことのないものだった。

壊れモノを扱うのとは違う、溢れ出る想いを大事にしているだけの愛撫。

それは確実に亜里沙を捕らえ、感じるままに快楽へと誘う。

舌が胸の飾りを捉えたとき、亜里沙の背中が仰け反り、細く白い首が綺麗な線を描く。

「ああッ! あんッ、あ、あんッ!」

「藤咲さん、愛している・・・・」

優しい眼差しを向けながらも、壬生の舌と指は止まらない。

ぬらぬらと唾液で光る程に濡らされ、もう一方の飾りを指で撫でられる。

胸の奥から湧き上がる快感は下肢を甘く痺れさせ、壬生の指が胸から下に這い、茂みを掻き分け敏感になっている花芯を擦られると自分でも解かるほど淫靡な匂いが立ち込め、あっという間に壬生の指を濡らした。

ぴちゃぴちゃと卑猥な音が響く。

「んあァ・・・・い、いやァん、あァ・・・・」

思考が散らされそうになりながらも、亜里沙は一つの願いを想った。

「藤咲さん・・・・」

苗字で呼ぶ、壬生。どこまでも優しく、どこまでも相手のことを考える。だからこそ――――。

「あ・・・・亜里沙って・・・」

亜里沙は腕を伸ばし、壬生の髪に絡みついた。

「亜里沙って・・・・言って・・・・お願いッ・・・」

そしてそのまま引き寄せ、唇を合わせた。

貪るような口付けは互いの舌を絡ませ、飲み込むことの出来ない唾液は口の端から溢れ出した。

亜里沙は初めて懇願した。

名前で呼んで欲しい。その声で、その唇で。

唇を離すと、壬生が優しく見つめていた。少し照れているようでもある壬生が、愛おしくて堪らなかった。

「愛しているよ・・・・・亜里沙」

全身を恍惚が貫いた。

これほどまでに愛おしく自分の名前を呼んでくれた男はいなかった。

少し顔を赤くした壬生が行為を再開させたとき、亜里沙は狂ったようによがった。

充分濡れそぼった秘所に指を入れられると、腰が自然に快楽を求めて動いてしまうのを止められなかった。

壬生が躯をずらし、亜里沙の足を大きく開かせると空気の冷たさが秘所を刺激する。そのまま頭を落し、今度は舌で舐めまわした。

卑猥な音がより一層激しくなり、その音ですら亜里沙の快感を増長させた。

「いやッ! ああん、あッ、あッ・・・んんッ!」

「ここも綺麗だよ・・・亜里沙」

「あんッ! そ、そんな・・こ・・・と、あァッ!」

指が再度中に入れられた。内壁を嬲り、抉るように掻き回される。

その行為は長く続き、徐々に内から熱が湧き上がる。

亜里沙はもう、我慢ができなかった。

「あッ! ダメッ! イッ、イクッ! イッちゃうゥッ!」

「いいよ、イきなよ」

「ふァ、あ、あッ、あああァッ!」

舌と指で集中的に責められ、カリッと軽く歯を立てられた瞬間、絶頂に達した。

足を引きつらせ、内壁が指を締め上げる。突き抜ける快感が全身を貫くと愛液を更に溢れさせた。

亜里沙が達したことを確認すると、濡れた口許を拭いながら、壬生は亜里沙の耳元で囁いた。

「挿れるよ。いいね」

亜里沙は眼で頷くだけだった。

挿入の際にも、壬生は亜里沙を気遣った。ゆっくりと負担の掛からないように、でもそれが余計に亜里沙を興奮させる。

躯が、歓喜に湧き上がるのを感じて亜里沙はまた泣きそうになった。生理的な涙とは違う、心からの想い。

完全に躯が繋がると、壬生はおもむろに亜里沙を抱きしめた。何度も口付けを交わし、そして何度も耳元で囁く。

「愛してる、亜里沙・・・・・・愛してる」

それはまるで呪文のように亜里沙を解放させる。

自分を縛りつけていた鎖を断ち切る呪文。

自由な心を取り戻す、ただ一つの呪文。

「み、壬生・・・・あ、あたし・・・・・・」

「紅葉、だよ。亜里沙」

「く、紅葉・・・・愛してるッ・・・・・・・・・愛してるわ紅葉ッ!」

心からの叫びを合図に、亜里沙は心を完全に解放させた。

そして壬生は激しく亜里沙を攻め立てた。

もう、どうなってもいいなんて思わない。

もう、何でも構わないなんて思わない。

この激しさが、温もりが、力強さが、優しさが、哀しさが、愛しさが、今の自分の真実。

溢れる涙を壬生が何度も拭ってくれる。そして何度も耳元で囁いてくれる。

愛している、愛している、亜里沙・・・・と。

亜里沙は壬生の名を呼ぶので精一杯だった。

与えられる快感を、心からの想いを、感謝の気持ちを込めて。

紅葉、紅葉・・・・と。

打ち付けられるような激流に飲み込まれ、亜里沙は再び達した。

やがて、痙攣する躯に合わせるように、壬生は楔を抜き、亜里沙の腹の上に白濁液を落した。

瞳を閉じて荒い息をしている亜里沙の額に口付けると、壬生はヘッドボードからティッシュを取り、亜里沙の躯を綺麗に拭った。

ゆっくり瞼を上げ、壬生を見上げると、優しい笑顔があった。

唇が再度近づき、今度は自分の唇を重ねた。

最初と変わらない、優しいキス。

「もう一度、言ってくれないか」

唇を離し、壬生が言う。

一瞬なんのことを言っているのか解からなかったが、亜里沙はすぐに合点した。

抱き合っていた時とは違う、冷静な感情で、心の奥底からの言葉を壬生は求めているのだ、と。

自分ができる限りの想いを乗せて、亜里沙は言葉を紡ぐ。

「紅葉・・・・あんたが、好き。あんたを愛してるわ」

今しがた抱き合ったばかりだというのに、亜里沙はこれまでにない照れくささを感じていた。

顔が赤くなるのが解かる程に。

「ありがとう、亜里沙」

礼を告げる壬生の顔も、赤かった。

互いにくすっと笑い合うと、抱きしめあった。

自分を抱きしめてくれるのは、誰よりも大切な、誰よりも愛しい人。

恋とは、なんと突然やってくるものなのだろう。

亜里沙は幸せだった。

自分自身を縛っていた鎖を断ち切ってくれた男と、自分が愛した男が、壬生であるということに。

 

 

 

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