真実は常に残酷で、いつでも試される。
言葉は常に衝撃で、いつでも傷つける。
形は常に不透明で、いつでも悩ませる。
未来は常に孤独で、いつでも躊躇わせる。
そんな時、君に出会った。
そんな時、君を愛した。
だから、嘘はつけない。
だから、全ての幻に終末を。
―惑いの深海― 破片 10
穏やかな小春日和に、壬生は如月の店を訪れた。
2月を幾ばか過ぎたばかりだというのに、春の陽気といってもおかしくはないくらいだった。
こんな日は、如月家の縁側でゆっくりするのもいいだろうと、壬生は思わず考えてしまう。
学生の本業であるテストも終了し、あとは卒業式までの時間をいかに費やすかと考えるのだが、生憎壬生も、今目の前でお茶を飲んでいる如月もあまり関係ないといえた。
壬生は拳武の名を持つ以上、卒業しても自ら変化を求めなければ生活は今のまま、如月に至っては大学に行くのだろうが変わらず骨董屋は続けていくのだろう。
ならば卒業までの間も今までどおり、変わらぬ日々を過ごしていくだけであった。
ただ、ある一点を除いては・・・・。
「だいたいどうして一番疎い僕にそういう話を持ってくるのかな」
苦渋の面持ちで、如月は自ら用意した茶を啜った。
「別に答えは求めていません。ただ一番話を持って行き易かったのが、如月さんだっただけです」
如月から出された茶をしれっとした顔で啜る壬生。
「それならば、村雨のほうがよく知っているだろう」
「村雨さんには如月さん以上に答えを期待できません」
「何故だい?」
「ろくでもないことを言って終わりですよ」
「随分と酷い扱いだね」
そう言って如月はくすくすっと笑った。
「まァいい。しかし僕にはどうしたらいいかわからないよ。この店はご存知のとおり、骨董屋だからね」
年代物も勿論、意味不明な物まで取り揃えている如月骨董店は、他の骨董屋よりかなり特殊な部類に入る。
だが壬生は、この店以外、あまり知らない。だからこそ来たのだが。
「君の得意な手芸でどうにかするというのは?」
「一度は僕も考えました。ですが、何を作ればいいのか解からないんですよ」
日々の変化は意外と突然やってくる。
壬生は初めて迎える愛すべき人―――亜里沙の―――誕生日に何をプレゼントしたらいいのか見当つかなかった。
正直、自分がこのようなことで悩むとは思わなかったのだ。
既に亜里沙の誕生日まで1週間を切っている。如月に助けを求めたのだが・・・・
「龍麻には聞いてみたのかい?」
余程自分の意見に自信がないのだろう。如月は他人に回そうとする。
「龍麻には言ってませんよ。噂が広まるだけです」
本人は至って悪気はないのだが、すぐに誰にでも話したがるのは龍麻の悪い癖だ。
重要なことは何一つ話さないくせに・・・。
壬生は心の中で一人ごちた。
それが如月にも伝わったのか、それとも諦めたのか、小さな溜息をついて壬生と向き合った。
「店の右奥にある一角がだいたい女性物なのだが、その中から探してみるといい。値段は交渉しよう」
「ありがとうございます」
礼を告げると、壬生は湯飲みを置き、店に戻っていった。
「しかし、君は変わったな」
ふいに放たれた如月の一言に、壬生は立ち止まった。
「どういうことです?」
振り返り如月を見ると、彼は静かに笑っていた。
「随分と表情が豊かになった。前は感情を無理矢理殺していたように見えたからね」
それは・・・・そうでしょうね。
そう言わんばかりに、壬生は小さく微笑んだ。
仲間を持つようになってから、自分は変わった。人を愛するようになってから、自分は変わった。
その変化は、心地よかった。
生きる道が変わらなくとも、自分の犯した過ちが消えなくとも、心の在り方でどうにでもなる。
亜里沙を通じて、壬生は実感していた。
店に通じる扉を開けると、丁度誰かが店に入ってきた。
「如月さん・・・・・」
お客さんですよ、という言葉を壬生は入ってきた人物を見て飲み込んだ。
目の前に立っていたのは、京一だった。
京一に亜里沙のことを託されて以来、戦場でしか会わなかった。戦場では、話す余裕などなかった。
自分は今、複雑な表情をしているのだろう。まさに今、京一が複雑な表情をしているように。
互いが互いを見つめ、動かなかった。時間が止まってしまったような、不思議な緊張感。
――――――――彼は今でも自分の想いを殺しているのだろうか。
ふと探るような目をしてしまった壬生は、視線を外した。
それを見計らったように、京一は手ぶらな右手を軽くあげた。
左手には、いつもの紫色の長袋・・・・・木刀が握られていた。
「よォ、壬生じゃねェか。久し振りだな」
「・・・・・・・・あァ、そうだね」
目を逸らしたまま、壬生は言葉を返す。
何を話したらいいのか、解からなかった。口を開いてしまえば、問いただしてしまいそうだった。
――――――――今、亜里沙をどう想っているのか。
自分らしくない。これは嫉妬だ。
壬生は心の中で自嘲した。
「お客さんかい?」
その時、如月が店に顔を出した。京一を認めると笑顔で迎えた。
壬生の緊張が、僅かながらに解けた。
「やァ、蓬莱寺くんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「よッ、今日はよ、こいつを売りに来たんだ」
京一が紫の長袋から一気に木刀を引き抜き、そのまま如月に渡す。
壬生は少し移動すると、そのやりとりを見つめていた。
「これは・・・・ッ!」
木刀を手にした如月が、言葉を失う。
見た目は普通の木刀だが、清廉な氣を纏い、全てを浄化するほどの威力を放っていた。
幾多もの品が集まる如月骨董店において、まさに最上級の神聖。
この木刀を振るったのを見たのはたった一度だけ。最後の戦いの時だけ。
「蓬莱寺くん、これを売ってしまうというのか?」
如月が驚くのも無理はなかった。
「阿修羅・・・・か」
僅かな知識で、その木刀の名前を紡ぐ壬生。
「もう、俺には必要のねェもんだしな。その代わりよ、樫の木刀くんねェか?」
京一の言葉に、さらに2人は驚いた。
「君は、何をするつもりだい?」
如月が真摯な目で、京一に問う。
壬生も理由が知りたかった。
威力のある物を手放し、下位の物を手にしようとする、その理由。
身を護るのであれば、これほど馬鹿げた選択はないのだ。
「俺よ・・・・・」
京一が、微笑む。
決意の篭った、何者にも揺るがない瞳が、壬生を射る。
「日本、離れるんだ。中国へ、修行にな」
波が、大きくうねりをあげて飲み込んでくるような気がした。
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