どんなときでも、明けない夜はない。

と、誰が言ったのだろう。

もっとも必ず朝はやってくるし、同じように夜もやってくる。

すべてがその繰り返しで、それは誰の人生にも当てはまることなのだろう。

今の自分が朝なのか、夜なのか。

それはいずれわかる。

そう、旅立ちの日に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―夜明け―

破片 14

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝が、訪れる。

空が白んで、朝日で窓の外がオレンジ色に染まるのを、亜里沙はベッドの中から見ていた。

壬生が答えを聞きたいと言っていた日。

京一が日本から飛び立つ日。

亜里沙は一睡もできず、そのまま朝を迎えた。

結局、答えなどだせなくて、自分がどうしたいかも解らなくて、様々な想いが頭の中をぐるぐる回るだけで、なにもできずにいた。

ベッドから起き上がり、窓の外を眺める。

遠くから新聞配達であろう自転車の音が聞こえる。時間にしたらまだ早いが、もうすぐ街は動き出すのだろう。

動けないのは自分だけだ。

ガラス一枚隔てて、外を見ているだけの自分。

「あたしは・・・何を手に入れることができる?」

手を伸ばすだけでは、決して届かない。

届くためには一歩足を踏み出さなければならないことは解っていたが、どこに踏み出せばいいのか、亜里沙にはまだ解らなかった。

ベッドに戻り、膝を抱え、顔を埋めてみる。

思い出したのは、一人の男。

不敵な笑みを浮かべ、力強い腕で自分を抱き、何も聞かずに傍にいてくれた、男。

会いたいと言い切るには、まだ躊躇いがあった。

そしてもう一人の男を思い出す。

静かな笑みを浮かべ、包み込むように自分を抱き、心を開かせてくれた、男。

声を聞きたいと思うのに、受話器に手が届かないでいた。

やがて太陽は上り、時計の針は進んでいく。

決めなければいけないのかもしれない。

逃げたら―――――真実は解らない。

 

 

 

 

ふと目を覚ますと、既に朝を迎えていた。

いつの間にか眠ってしまっていたのだろう、壬生は本を抱えたまま寝ていた自分に苦笑した。

だが眠ったとはいえ、ほんの1時間ほどだったらしい。

朝日はまだ昇ったばかりだ。

本に枝折を挟んで閉じると、カーテンを開いた。朝日が容赦なく部屋を照らす。

窓を開け新鮮な空気を取り込み、壬生は大きく深呼吸した。

本を読んでいたとはいえ、どうやらその内容は頭に入っていなかったらしい。

「僕はいつも待ってばかりいるな」

壬生は待っていた。亜里沙からの連絡を。

昨日一日中どこにも出かけず、家の中にいた。

だが亜里沙からの連絡はなかった。そのまま、今日という日を迎えてしまった。

―――――本当は自信がなかった。

もし仮に、女を男に会わす事ができて、互いの気持ちを確かめ合って、その結果・・・・。

―――――その結果、自分の居場所が消えてしまったら?

自分の考えに、無言で首を振る。

そんなことは、初めから解っていた。

咎人である自分が、人を愛せただけでも奇跡に近い。これ以上、何を望むのか。

それでも、あの男は自分に託した。

きっと、愛していたであろう、あの女を。

人は見返りがなくても愛せるものなのか。

自分より、相手の幸せを優先できるものなのか。

その答えを、今の自分には出すことができない。

だが、知ることはできる。

それが―――――今日という出会いと別れ。

 

 

 

 

それは旅立ちの朝。

本当の意味での夜明け。

言い訳してきた、誤魔化してきた、甘やかしてきた、過保護にしてきた自分と決別する。

遣り残したことはないかと問われれば、まだ俯いてしまいそうな気がするが、いつかは歩き出さなければならない。

それが、今日というだけのこと。

窓を開け、空を見上げる。冷たい空気が優しく頬を撫でる。

京一は自分の門出には勿体無いくらいの太陽に感謝したくなった。

昨日の夜、暫く会うことのない家族と食事をした。

最後まで中国行きに反対していた母が、涙ながらに手渡してくれた物は――――長袋。

今、自分の愛刀は真新しい布に包まれて、主人との出発を待っている。

久方ぶりに整頓された部屋をゆっくりと見回し、少しだけ微笑んだ。

部屋を出る為のドアノブを回そうとしたとき、手が止まった。

本当に、後悔していないか?

心がそう問い始める。

笑みが、消えた。

自分の想い。自分の感情。自分の考え。自分の希望。

そしてたった一人の女に向けられていた、自分の愛。

切り捨てて、決意した。切り捨てなければ、決意できなかった。

護れなかったのは、自分が未熟な為。

助けられなかったのは、自分を過保護にした結果。

温もりに甘えていたのも、たった一言を口にできなかったのも、あの男に託したのも全て、自分の弱さ。

だから切り捨てた。切り捨てるしか、なかった。

もう一度、問う。――――――後悔していないか?

小さな溜息をつき、ドアノブを掴む。

後悔なら―――――とっくにしている。

だから、前に進むしかない。

もう二度と、後悔しないように。

完全に部屋から出ると、ようやく笑みが戻った。

そして今度は躊躇うことなく、玄関のドアを開けた。

 

 

 

 

夜明けは、誰の上にも平等に振り注ぐ。

それぞれの想いを、その光で包み込むように。

 

 

 

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