妖異金瓶梅 | |
山田風太郎(廣済堂文庫) | |
『赤い靴』『美女と美童』『閻魔天女』『西門家の謝肉祭』『変化牡丹』『麝香姫』『漆絵の美女』『妖瞳記』『邪淫の烙印』『黒い乳房』『凍る歓菩薩』『女人大魔王』『蓮華往生』『死せる潘金蓮』 ※登場人物※西門慶・・・豪商、年は三十なかば、稀代の漁色漢。応伯爵・・・落魄したもと絹問屋の息子で、今はすっからかんの幇間。潘金蓮・・・第五夫人、もと餅売りの女房で亭主を毒殺したとの噂あり。呉月娘・・・正夫人、ほかにもつねに第七夫人までいて、不足すると補充される。 『赤い靴』・・・公開刑罰を見に行こうと門を出た西門家の主人と妾たち。ところが何のいたずらか、仕掛けられたトリモチに宗恵蓮の赤い小さな靴がくっついて離れない。靴を貸してあげようという申し出を、宋恵蓮はやんわりと撥ねつける。 『美女と美童』・・・馴染みの歌妓、李桂娘に振られた西門慶は「女は、下司だ!」とばかりに美少年たちを可愛がる。ところがその美少年のひとりが金蓮と抱き合っているところを発見したからさあ大変、少年を宦者にすると言い出す。 『閻魔天女』・・・ある早春の晩、西門慶はへんに沈んでいた。あの方の精力がちかごろとみに衰えたようだ、と訴える西門慶に応伯爵が騒声をきく法を伝授すると、第七夫人朱香蘭の声の良さで盛り上がる。 『西門家の謝肉祭』・・・西門慶は知事閣下夫人林黛玉を招き、うやうやしく接待する。まさか下心があるわけでは?と疑いつつ毎日の大ご馳走の相伴に預かる妾たちだが、夫人が突然の事故死を遂げてしまう。 『変化牡丹』・・・西門家に逗留している画家に肖像を描いてもらうことになった妾たち。一番綺麗に見えたものからかいてやってくれ、という西門慶の注文で画家が選んだのは楊艶芳だったが、牡丹の花から飛び出した蜂に顔を刺されてしまう。 『麝香姫』・・・女性の匂い、という話題で盛り上がった西門慶と応伯爵の二人。西門慶は李桂娘の麝香の匂いを絶賛する。そこへ当の李桂娘がやってきた。昔の恋人で西門慶や金蓮にも関係のある武松が姿を見せたというのだ。 『漆絵の美女』・・・第六夫人李瓶児が、生んだ赤ん坊の死の後を追うように亡くなった。西門慶は、以来一ヶ月も李瓶児の肖像を見つめては沈み込んでいる。 『妖瞳記』・・・新しく第六夫人になった劉麗華の瞳は美しい。西門慶は前の夫を破産させてまで彼女を手に入れたのだ。彼女が持ってきた鏡も、美しい瞳に見つめられると割れてしまうとばかり、金蓮の部屋に置かれることになる。 『邪淫の烙印』・・・西門家にはいま、ゾオラ姫が異教の僧アル・ムタッツとともに逗留している。アラビアにあって耶蘇教国だった故国はすでに失われ、支那へ流れ着いたのだった。西門慶はゾオラ姫の肌の白さ、なめらかさを絶賛する。 『黒い乳房』・・・新しく西門慶の妾に加えられた葛翠塀は、顔は狆に似た不細工だが体は見事だ。最近、色道の深奥を究め尽くしたという西門慶のお得意は、目隠しをし、触覚で女を見極めることができるということだという。 『凍る歓菩薩』・・・西門慶は最近元気がない。かつて西門慶が愛し、今はこの世に亡い美女たちや、彼女たちを手に入れるために姦計に陥れた男たちの幽霊を見るというのだ。応伯爵のすすめで雪澗洞の苦行層に祈祷をしてもらうことになるが。 『女人大魔王』・・・山東清河県きっての豪商、西門慶が死んだ。まだ葬儀もださないうちから妾たちはソワソワ、手代と密通するものもいる。騒ぎの中、西門慶の死体の首が切断されるという事件が起こり、いまなお西門慶を憎む武松の仕業と思われた。 『蓮華往生』・・・西門慶の死後、潘金蓮は武官周守備のもとへ嫁ぐことになる。なおも執念深く金蓮を付け狙う武松を罠にかけ、金蓮は武松を井戸の底に誘い込む。お互いに交わらないと三日以内にもだえ死ぬという恐ろしい毒薬を身につけて。 『死せる潘金蓮』・・・毒薬を武松に使わず、自らの体に入れて死を選んだ金蓮。梁山泊攻めで全ての男が徴兵され、欲望を持て余した女たちによって町は背徳の地と成り果てる。全てが崩壊する炎のなかに、妖しい微笑みを浮かべて金蓮がすっくと立ち上がった。 ★★★宋王朝時代を舞台にした、中国を代表する好色文学「金瓶梅」を題材にしたミステリー。 「金瓶梅」って、聞いたことあるけど、読んだことないなあ。(読んだことのある人、というのは日本国民のどのくらいの割合なのだろうか?)面白いんかいな?好色文学って結構好き(爆)だが、・・・などと思いつつ読み始めたのだが。 面白い・・・面白すぎるっっっ(^_^;) まず一番に読むのは当然『赤い靴』。最初から恐ろしげな公開処刑の話など出てきて、こういうのはちょっと〜(ーー;)とかなり不安になった。しかししかし、この話のミソはそんなことじゃないのだ。女の靴(足?)フェチの男が出てきたと思ったら、ふたりの妾が足を切断されて死んでいる。しかも足が一本足らないぞ!男が足を盗んで逃げたのか?と、当然の推理が働くところだが、その真相は…。すごすぎる。そ〜か、ではこの恐ろしい罪びとは今後どうなっていくのだろうか…?いっときますけど、罪と罰なんて一般的な法則は当てはまらないんだもんね。ううむ、この犯人、イイですう(^_^;) だんだん読みなれてくると、お話ごとに、「お、今回はこれが動機だなっ!」などと分かるようになってくるのだが、犯人の手口の巧妙さ、プラス作者のアイディアの面白さ、もう脱帽するしかない。真相を知りながら決して犯人を告発しない名探偵の心の動きは妙に納得できるし、犯人の魅力には抗し難いものがあるのよね〜。あ、ここで犯人の名前を言っちゃっても全然かまわないかな、とは思うのだが(だって、第一話でわかっちゃうし)、まあ、あえて黙っておこう。とにかく、一話読むごとに、「面白すぎる…」とつぶやいていたワタシだった(爆) で、一つ一つの話は完結しつつ進むのだが、昔陥れた男の弟(武松)に付け狙われる西門慶と潘金蓮の運命は、やがて一つの大きな崩壊劇へとなだれ込んでいく。『女人大魔王』で明かされた、西門慶死体首切断の真相なんて、も〜凄過ぎ。愛って、こんなにも怖いものなのね…。面白すぎた話も今は昔、暗く果てしない曠野を駆けつづけていく応伯爵の姿が遠くかすんでいくようなラストは、なんともいえぬ余韻をのこす。大きな溜め息がでてしまうような読後感だ。ふう〜・・・。 | |
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チャーリー・チャンの活躍Charlie Chan carries on | 1930 |
E・D・ビガーズEarl Derr Biggers(佐倉潤吾訳・創元推理文庫) | |
古きよき伝統に包まれた名門ホテル「ブルーム・ホテル」。殺人などという低俗なことが起こるにはふさわしくないこのホテルに滞在していたロフトン世界周遊旅行団の一人が、絞殺死体で発見された。殺されたのは博愛主義の事業家として知られるドレイク。死体のそばには小さな鍵と小石のつまったセーム皮の小袋が残されていた。ダフ警部の奮闘にもかかわらず手がかりは発見されず、旅行団が次の目的地へと出発することをとめることはできなかった。ところが事件は連続殺人の様相を呈し、ダフ自身も襲われる。ダフの旧友であるホノルル警察チャン警部は、ダフのためにもこの事件を解決することを誓う。 ★★★これはチャーリー・チャン警部シリーズの第一作ではないらしいですね。この作品のなかで、ブルース事件を解決したチャン警部(補)として紹介されています。ダフともこの事件で知り合ったのかな? 世界周遊旅行団はアメリカでも上流階級の人たちが参加するツアーらしく、ブルーム・ホテルのような立派なロンドンのホテルでもシーズン以外なら「アメリカ人でさえ泊まれる」というわけです。実際この時代のアメリカ人はヨーロッパ人に相当軽蔑されていたのかしらないけど、事件の報告を受けたイギリス警察の一人はこんなことを言ってます。「…アメリカの観光客で、デトロイトとかなんとか、そんな妙なところからきた人だ」観光客の間にも、アメリカとイギリスのお国柄の違いというか、警察機構への不安からか、正直に全てを話すことが出来ない人が多いみたい。「実はあの時・・・」みたいな新事実があとからあとから出てきて、おいおい〜(^_^;)って感じでしたね。おかげでダフ警部もふりまわされっぱなし。その上、なんだか秘密主義のひとばっかりで、あと一歩!というところで真実を告げずに殺されてしまったり。さっさと言えよ〜、みたいな(笑)予想以上に沢山の人が死ぬのにもびっくりしてしまいました。2時間ドラマのノリですね。世界一周旅行の最中でおこる殺人事件、ということなので、もっと楽しい(というのもへんですが)物語を期待していたのですけど、犯罪に関しては意外とシビアなストーリーでした。 チャン警部はなかなかよろしいです♪子沢山で奥さんとか大事にしてるって感じがステキ(^^)それにシナ人の美徳たる辛抱強さと微笑(アルカイック・スマイルに違いない)を持った大変立派な人物。しかも信念の人らしく、それほど卓越したタイプではありませんが信頼感は抜群って感じです。イギリス警察を代表してのダフ警部も、なかなかホネのある好漢とお見受けしました。ストーリーはやや中だるみするけど、犯罪以外のサイドストーリーの部分は期待通りで、楽しく読めてよかったかな。旅行団の沢山の参加者もそれぞれ個性的に描かれていましたし。なにはともあれ、なんつってもイギリス警察が世界一!という古典的雰囲気と、なぜかシナ人のチャン警部という異色ともいえる取り合わせが楽しめる佳作でした。 | |
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野獣死すべしThe Beast Must Die | 1938 |
ニコラス・ブレイクNicholas Blake(永井淳訳・HM文庫) | |
「わたしは一人の男を殺そうとしている。その男の名前も、住所も、どんな顔立ちかもまるで知らない。だが、きっと探しだしてそいつを殺す……」探偵小説家フィリクス・レインの日記はこんな書き出しで始まっていた。フィリクスの最愛の息子であり、亡き妻の忘れ形見でもあったマーティを轢き逃げした犯人に対する復讐。いまやそれが彼の人生のすべてとなっていた。ある偶然から轢き逃げ犯の男には女の連れがあり、彼女が映画女優だということが分かる。つてを使ってさっそく彼女に近づいたフィリクスは、轢き逃げ犯と思われるジョージの存在にたどり着くことに成功するが。 ★★★四部構成で、フィリクス・レインの日記、事故、ナイジェル・ストレンジウェイズの登場、そして結末となる。 まずは日記。これはなかなか読み応えがあった。息子への愛情、轢き逃げ犯への憎悪、復讐の誓い、逡巡、等々が真に迫って描かれているが、これが却って胡散臭くもある。ジョージという実にいやな人物は、本当にフィリクスが描き出したような人間なのだろうか?彼は本当に轢き逃げ犯なのか?フィル少年へのフィリクスの思い入れは本物?などと考え始めるときりがない。もともと日記というのは読んでいて不思議な感覚をもつものだが、人に読まれることを前提にした日記となると裏の裏まで読み取らねば!という気分にさせられる。結局、すべてのカギは日記のなかにあったのだけど、人の心の微妙な変化というのは、それが意図的なものか自然なものかを読み取るのはむずかしいものだなあ、と最後に思ったのだった(^_^;)つまり最後まで犯人がわからなかったってことなのだけど、人間の心理をついた伏線が見事で上質な本格ものだったという印象。 ま、犯人当てはともかく、ややメロドラマチックな結末ながら余韻の残る味わい深い作品でとっても面白かった。あとがきによるとクイーンの『Y』あたりの影響に言及してあるが、『Y』の内容が頭からすっかり飛んでいるわたしとしては、がぜん興味を覚えちゃったもんね。もいっぺん読むベし? | |
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毒を食らわばStrong Poison | 1930 |
ドロシー・L・セイヤーズ Dorothy L.Sayers(浅羽莢子訳・創元推理文庫) | |
ピーター卿はある裁判を傍聴していた。ハリエット・ヴェインという女流探偵小説家が被告人であるその事件は、ハリエットがもと恋人(同棲相手)だったフィリップを、砒素を飲ませて殺した、というものだった。ハリエットが砒素を購入していた事実も判明するが、それは新しい小説のためのものだったのだと反論していた。裁判は陪審の決着がつかず、とりあえず保留。一ヶ月の猶予ができた。ハリエットを見た瞬間から彼女の無実を信じたピーター卿は、彼女のために真相を探り出すことを決意する。しかし、次々と明るみに出る事実はハリエットに不利なものばかりだった。 ★★★ピーター卿ものの長編第五弾。ついに噂の(?)ハリエット登場です。 状況から考えても、動機という点でも、圧倒的に不利な立場にいるハリエットの無実を信じるピーター卿は、なんとも役に立つ従僕バンターを従えて捜査に乗り出します。今回は、親友パーカー警部と微妙に敵対関係なのが痛いところ。しかし、ピーター卿の周りには素晴らしく聡明な女性軍が控えていて、驚くべき働きをしてくれるのですね〜。クリンプトン嬢の立派な仕事ぶりなど、読んでいて本当に楽しかったです(^^)内容はどちらかというと他愛ない感じで、ちょっとトホホなところもある(一年も前から我が身を使って、そんな気色のわるい計画を立ててたなんて〜(^_^;)しかしあとで読み返すとしっかり伏線があるのよね〜こんなの分からんわ(爆)←ややネタバレ)のですが、最後まで気持ちよく読める作品でした。しかし、ハリエットの元恋人フィリップをもう少し魅力的な人物にしてもよかったような気がするのですが(ハリエットの名誉のためにもね 笑)、ピーター卿の嫉妬心が作者のペンにも影響を与えてしまったのでしょうかねえ(*^^*) | |
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冷たい密室と博士たちThe Echo | 1996 |
森博嗣 (講談社文庫) | |
大学の建築学科助教授犀川創平は、教え子の西之園萌絵とともに友人喜多の研究所「極地環境研究センター(極地研)を訪れた。氷点下二十度の環境の中で実験が行われたのち、実験に参加していた男女の学生が視察されているのが発見された。実験は衆人環視の中で行われ、外からの出入りも遮断された密室状態での殺人事件だった。やがて、その研究所の学生で2年前に失踪していた増田の死体も発見されるが、こちらは失踪当時の自殺と思われる状況だった。三人の学生の死はたがいにどんな関わりをもっているのだろうか。 ★★★犀川創平&萌絵シリーズの第二弾。 今回の事件の舞台は「極地研」と通称される低温実験施設。何をやっているのかがイマイチよく分からなかったのですが(^_^;)登場人物の動きが客観的に逐一記述され、被害者となった二人の男女学生に近づくことができた者はいなかったはずである、ということが納得させられます。しかし、ちょうど唯一外界との接点であるはずの電動シャッターが故障していて、外からの出入りは不可能であるということがわかりました。現場は典型的な密室状態だったのです。 前作『すべてがFになる』では、大変ユニークな登場人物たちに面食らったものですが、今回もいかにもの学者センセイがたくさん登場して面白かったです。しかし、前作にくらべるとぐっとまとも(?)な作品に仕上がっていて、最後まで読み終わった印象としては「ちょっと物足りない…」というのが本音かな。論理的に美しく仕上がった作品ではあると思いますが、味わいは薄かったかもね。動機とかもちょっとつまんないし(学者っていってもやっぱし人間なのね、というわけかもしれないけど、それじゃあつまらんのだよ^^;)あと、殺人現場となる研究室でやってた実験が何のことやらわけがわからなかったので、最初から頭に靄がかかってしまったのがまずかったような気がします、が、まあこういうことには個人差があるしな〜(-.-)しっかし、犀川創平ってば、家にテレビもラジオもないし、新聞すら取ってないらしい。こういう人物とは一体どんな話をしたらいいのかなあ?と下世話な興味が湧きますな。それでいて、一緒にいて疲れそうな感じ、というわけでもないところが面白いひとです(^^) | |
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囁く谺The Echo | 1997 |
ミネット・ウォルターズ Minette Walters(成川裕子訳・創元推理文庫) | |
彼らはなぜ姿を消したのだろうか?1988年7月、外交官フェントンが、そして1990年4月、銀行員ストリーターが失踪した事件は、一見何のつながりもないように思われた。数年後、ビリー・ブレイクと名乗る浮浪者が、アマンダ・パウエルのガレージで餓死するまでは。インタビューを通じてアマンダに興味をもった雑誌記者マイケル・ディーコンは、アマンダが一千万ドルとともに姿を消した(と思われている)ストリーターの妻であったこと、死んだ浮浪者の素性を調べ、葬式まで出していること、ビリー・ブレイクとは詩人ウイリアム・ブレイクに傾倒していた浮浪者の偽名であること、彼が高い知性の持ち主であり、他者の救済という概念に取り付かれていたこと、などを知る。二人の過去は、どこで交わっていたのだろうか。 ★★★ミネット・ウォルターズの5作目の長編。 浮浪者が死んでいたのは裕福な人々がすむテムズ河畔の、個人の邸宅のガレージの中だった。死体のそばには食べ物がぎっしり詰まった大型冷凍庫があるというのに、浮浪者の死因は餓死だったという。どちらかというと迷惑をかけられたはずの、ガレージの持ち主アマンダは、浮浪者の素性を調べ、あまつさえ葬式までだし、数ヵ月後のディーコンのインタビューにも積極的に答えようとしている。一体なぜ?やがてディーコンはビリーと名乗る浮浪者が、アマンダの失踪した夫ストリーターではないかと考え始める。 ミネット・ウォルターズというと、登場人物はエキセントリックな女性、っていうイメージが強い。感情移入が難しかったり、独特の雰囲気もあるし、他人には勧めにくい、好き嫌いのはっきり出る作家だと思っていた。ところが、今回はかなり印象が違うのでまずびっくり。今まで、ウォルターズの作品での男性って、ステキだなって思った人物がいた覚えがないのだが、今回は男性がすっばらしく良い感じだ。まずは、雑誌記者のマイケル・ディーコン。決して成功者ではないし、二度の離婚で素寒貧に近く、仕事にも満足できていない。両親との確執は根が深く、姉一家とも絶縁に近い。ちょっと子供っぽいところ、他人を受け入れる強さ、でも甘くはないぞというしたたかさ等々を併せもった実に魅力的な人物だ。そしてビリーの倉庫仲間である浮浪児テリー。このガキがもう最高で、ウォルターズって、こういう子供が描けるんだ!と今回は認識を新たにした次第。他にも、ユダヤ人の元弁護士ローレンスは賢くて渋くてかっちょいいし(長老って感じ)、ディーコンの仕事仲間で写真の専門家バリーのヤバさと哀しさも興味深い。もちろん、男性だけじゃなく、女性の造詣の巧さは相変わらず抜群で、アマンダ・パウエルの謎めいた感じ、ディーコンの母ペネロピーの個性も印象的だ。 ストーリーは、謎が謎を呼ぶという感じで非常にテンポよく読みすすめられ、退屈するということがない。事件自体は浮浪者が餓死したというだけの、やけに地味なものなのに、深く広がっていく感覚が興味を持続させてくれる。ただ、「これが動機で、過去にこんな確執があって恨みをもってて、こういう手段でこうやって復讐したのよ!これがその証拠よっ!」などという明快な解決を求めると、ちょっと、あれれ〜?って感じかもしれない。こじつけぽかったり、ある行動をする動機がやや理解を超えていたり(これは読む人によると思う)、本当の本当は何があったの?と突き詰めていくと、靄がかかったような結末に戸惑うかもしれない。だが、私は、真実なんてこういうものだ、と思うのだ。目に見えた、表面に現れた部分だけではない、どこか遠くに隠れているかもしれないものが、どんな人にも、どんな現象にもかならずある。そしてそれは、必ずしもあからさまにされるとは限らないし、あからさまにされるべきであるとも思わない。この作品のミステリ小説としての最終的な完成度は、計る物差しでずいぶん変わってしまうのではないかと思うが、個人的には大変に素晴らしい出来ばえだと思っている。 あとがきによると、世評ではえらく入り組んだ作品で頭が痛くなる、という意見があるそうだ。しかし私には、これまでのウォルターズ作品に比べると遥かに読みやすかった。読みやすければいいというわけではないが(笑)未来に向けられた目を感じることの出来る作品で、それが今までとちょっと変わってきているのかなあ、などと思いながらの読後感は悪くなかった。 | |
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サマー・アポカリプス | 1981 |
笠井潔(創元推理文庫) | |
西洋中世の全時代を通して最大のキリスト教異端派「カタリ派」――この教義に興味を持つ矢吹駆は、歴史学者シャルル・シルヴァンに会うために、彼らが夏を過ごすエクスラルモンド荘を訪ねた。その屋敷は、ナディアの友人でありシルヴァンの教え子でもあるジゼールの別荘で、ジゼールの父で原子力発電所の建設に関わっているロシェフォール、義理の母ニコル、恋人ジュリアンらが滞在していた。駆らが到着したその日、ロシェフォールを訪ねてきたドイツ人骨董商フェストが、密室で死体となって発見された。ヨハネ黙示録を模したその殺人現場にこめられた犯人のメッセージとは? ★★★矢吹駆シリーズの二作目。 あらすじを書くためにパラパラめくり直してみたのだけれど、なんか密度が濃すぎて何を書いたらいいのやら(^_^;)え〜っと、まず、ですね、この作品を最初に読んではいけません。かならず『バイバイ、エンジェル』を読んでからにしましょう(犯人の名前がばっちり出てきますし、人物も時間とともに変化していきますし)。それと、ですね、キリスト教についてお勉強しておきましょう(爆) ま、それは冗談なのですが(^_^)この間『ロンドン』を読んだり、ちょっと前に『薔薇の名前』、他にもヨーロッパの歴史に関係あるような作品を読むとキリスト教の歴史ってひじょ〜に重要かつ難解なんですよね。とくに異端派なんぞが出てくるとまさに暗黒史って感じで(しかも、正統と異端ってつねに紙一重っぽいのね)、怖い怖い。こんなに怖いのに、みんななんでいまだにキリスト教を信じてるだろうか。人を愛するか、神を愛するか、どっちだ?!なんて言われてもね〜・・・と全くの無宗教(無神論ではないところが我ながら中途半端なのですが)の私としては、『狭き門』を読んだ大昔にも、いまいちピンとこなかったものでした。でも、その当時は純真な中学生で、神に愛を捧げる、なんて、なんかステキ♪と意味不明のことを考えたりしたものですが(笑) なんで私がこんな埒もない事を長々書いているか自分でもよく分からないのですけど、カケルとシモーヌという登場人物の間に、こういう主題で色々確執があって、本筋とはあまり関係ないかもしれないのですが興味深く読んだものですから。シモーヌの精神世界は理解できないけど分かる。しかし、カケルの場合は…じつはシモーヌとの対立点がよく理解できなかった。「すべてよし」なんて言って、これは逃げではないのかしら、なんておもったり。いつかこの人物に深く頷かされる日は来るのでしょうか?大変に興味深い人物です。これで結局空っぽだったら許さんぞ(笑) ところで、ミステリとしての本筋ですが、面白かったです〜(^^)ちょっと無駄に長いような気もしますけど。飾り付けの部分が主題に対してさほど意味があったとは思えないですが、ま〜こういうの好きだし、楽しんで読めました。哲学問答が退屈な場合はその部分をそっくり流して読んでも、十分読み応えがあるような気がしましたよ(^^)ただ、犯人がちっちゃ過ぎて面白みがないのは残念。多分、この作品における犯人像にはあまり大きな意味を持たせる気がなかったのでは、などと思ってみたり。その点では前作『バイバイ、エンジェル』は、作品自体はバランスがとれてなくて妙にいびつに思えたものですが、犯人が圧倒的な存在感で非常に印象に残りましたね。 ところで、だんだんナディアが好きになりつつあります。唯一ほっとさせてくれる存在です。この健全な語り手がいなかったら、この世界は一体どうなってしまうのだろう…(笑) | |
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バイバイ、エンジェル | 1979 |
笠井潔(創元推理文庫) | |
「帰国は近い。裁きは行われるだろう。心せよ。I」この脅迫状はイヴォンからのものなのだろうか?イヴォン・デュ・ラブナンは20年も前にレジスタンス活動のさなかに失踪していた。デュ・ラブナン家の小作だったラルース家は、どさくさに紛れてラブナン家の鉱山を手に入れ、村での二つの家の地位は逆転してしまった。脅迫状が届いてほどなく、ラルース家の次女で財産のすべてを相続したオデットが殺される。しかし、その死体は首が持ち去られていたため、オデットと断定することはできなかった。復讐がなされたか?それとも仲の悪かった一文なしの妹ジョゼットの仕業なのか?司法警察モガール警視の娘ナディアは、大学で知り合った不思議な日本人青年矢吹駆にその話をする。 ★★★デビュー作(だと思う ^_^;)なんでだか、フランスが舞台。日本人が外国人を登場人物にする小説は実は嫌いなのだ。 大昔に失踪したまま行方知れず、当然死んだものと思われていたレジスタンスの闘士からの脅迫状?それは昔のイヴォンにはそぐわない行為に思われた。しかし、ラルース家の周りには不審な男の影がちらつき、オデットを当てこするかのように『緋文字』の本がひそかに持ち出されたり。遂に行われた殺人現場には赤い「A」の文字が残されていた。これらは一体何を意味するのか?矢吹駆に興味を持つナディアは、この事件の謎解きに挑戦しようと持ちかける。 「ぼくの関心はひとつの犯罪が現象としてどのように生成していくのかを、初めから終わりまではっきりと見届けることにのみある。そのためには知りえた事実を全部語るわけにはいかないのだ。もしそんなことをすれば、現象の固有のあり方が外部から恣意的に歪められてしまう危険性が生じる。そうなっては、犯罪の現象学的考察は不可能になるからね」 などと理屈をこねつつ、カケルはこの挑戦を受けて立つことにしたのだが。本質直観とか、現象学とかで事件を解決することができるということらしい。途中でナディアは一つの解決をしめすのだが、これに対するカケルの反論(?)は面白い。 「真理はただ生活世界の中にだけあるのです。哲学者の仕事は宙空から真理の体系をひねり出すのではなく、生活者の持つ世界についての知恵を精錬してそこから純粋な黄金を取り出すことにあるのです」 ナディアの組み立てた推理に対し、「僕ならば、それぞれにもっともらしい十通りもの論理的解釈をたちどころに提出することが出来ます」なんて言っているが、確かにこいつなら出来そうだ。今までに出会ったことのない面白いタイプの探偵で非常に興味を引かれる。物語にちょっと無意味な装飾が多いような気もするけどな〜。とはいっても、全体を通してはスッキリとした印象の作品だ。薀蓄は確かに多すぎるけど、うるさく感じるということはなく面白かった。バカだからあんまり理解できてないけどね^_^; 犯人そのものに意外性はなかったけど、犯罪の背景というか思想的な部分が最後になって爆発したのにはびっくりした。カケルくん、ちょっと負けてたかも。犯罪者の論理のほうが私には印象的だったな、無論恐ろしいことなのではあるが。 ナディアとカケルという対比はこの作品では効果的に使われていると思う。イマイチ好きになれない女ではあるが、ナディアという人物がいなかったらちょっと読むの辛そうだ。しかし、噂では今後もこの二人のコンビは続くのだとか?そ、それはどうなんだろう…(^_^;) | |
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