ビーチThe Beach | 1996 | |
アレックス・ガーランドAlex Garland(村井智之訳・アーティストハウス) | ||
「ビーチ」タイの宿でとなり合わせた男がつぶやいたことば。その男はリチャードの部屋のドアに地図を貼り付けた後手首を切って自殺した。地図はアジアを放浪する旅人の間で広まっているこの世の楽園、どこかにあるビーチの在り処を示したものなのか。リチャードは同じく宿で知り合ったフランス人カップル、エチエンヌとフランソワ―ズと共にビーチを目指す決心をする。ところがたどり着いた島で最初に見たものは大麻畑とその番人。恐怖にかられた三人は逃げ惑った末、ついにラグーンを見つける。ビーチは確かに存在した。仲間に迎えられ、ビーチの生活に溶け込む三人だが、ビーチの内部にはやがて人間関係の確執が表面化し始める。 ★★★「どこかにあるはずのビーチのことさ。その美しい秘密の楽園はひっそりと存在している。誰もそれがどこにあるかは知らないんだ」―主人公のリチャードは、ごく普通の人間です。冒険をしてみたい、でもちょっと不安なので、自分がどこに行くのか一応人に知っておいてもらいたい。フランソワ―ズの態度に一喜一憂したり、少し自己中心的で、友達思いのところもあるし、なんでもゲ―ム感覚でとにかく刺激を求めているが、危険は嫌いで現実的な面も持つ。そんな彼のもとへしばしば現れる死んだダフィの幻影。なぜダフィはリチャードを選んで、彼に地図を託したでしょうか。リチャードたちが現れたことによってビーチの中に微妙な変化と対立が生まれます。食中毒事件や、仲間がサメに襲われるという事件を乗り越えて、もう一度結束を図ろうとするリーダーの意向に反して、事態はますます悪くなるばかりです。やがてリチャードは自分をビーチに誘い込んだダフィの意図に気付き、また自分がビーチの中でどういう役割を演じさせられようとしているのかいうことに愕然とし、ついに脱出を決心します。 私の中でそのビーチをイメージする時、なぜか晴れわたったラグーン、明るい日差しを思い浮かべることはありません。暗い夜の海。暗闇の向こうに揺らめく白い光。夜光虫の光る海。幻覚の中でしか見られないのではないかと思える美しさ。そう、すべては超ど級のドラッグをすいこんだ時に見た幻なのかもしれません。現実には、サルとバッグズとダフィが三人ではじめてこのビーチにたどり着いた時とは、何かがすでに決定的に違ってきていたのです。何かを守ろうと欲することは、この世の楽園にはそぐわないことなのかもしれませんね。でも、幻覚の中のビーチはいつでも美しく、人を惹きつけ、とりこにして決して離さない。そしていつか幻に嫌気がさした時には、こころにも体にもたくさんの傷を負わなければ、そこから抜け出すことなど出来ないのです。 この作品、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化されてますね。私は特にレオ様ファンというわけでもないのでまだ見ていませんが、どういう感じになっているのかなぁ。 |
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少年BOY―Tales of childhood― | 1984 | |
ロアルド・ダールRoald Dahl(永井淳訳・HM文庫) | ||
「これは自伝ではない。私は自分自身の歴史を書くつもりは毛頭ない。その反面、学校時代とその直後の日々には、私の身に数多くの忘れがたい事件が起きた。・・・・そしてすべては実際に起きたことである」 ダールの父は故郷ノルウェーからパリにやってきた。成功のチャンスをつかむことを夢見て。やがてウェールズで成功した彼だが、ダールが三歳の時他界する。イングランドの教育が世界随一と信じていた父の志を継いで、母は故国に戻らず、ダールをイングランドの学校にやることにする。最初に入った男子予備校で起きた「ねずみ事件」とは?そしていよいよ恐怖の寄宿学校へ。厳格な寄宿学校での過酷な生活とは? ★★★ダールの新しい文庫が出ていたので、内容も見ずに買ったところ、中身は彼の子ども時代を綴った自伝でした。おもに学校での生活を描いてあるんですけど、イングランドの寄宿学校の厳格さというのはつとに有名ですが、最近は鞭打ちっていうのは無くなったんですかね?こんなこといま日本でやったら暴力教師!児童虐待!先輩のいじめ!と大問題になること必至ですよ。しかも、当時のこういうことをやった人々に対してダールが反感しか記憶していないところが興味ありますよね。当時の教育としては愛のムチとか、しつけのためとか言う大義名分がまかり通っていたんでしょうが、やっぱり暴力はそれそのものとしてしか記憶されないんじゃないかな。百歩譲ってそこに愛があったとしても。しかし、これを読んでると当時の先生って言うのはサディストがなる職業なんじゃないか?と思ってしまいました。先生兼聖職者って言うケースも多いのにね〜。慈悲のこころ何処へ? とまあ、こんな風に書くとどんなにクラ―い話かと思われますが、全然そんなことないです。ウイットとユーモアたっぷりの語り口で、いたずら(ねずみ事件!)や、病気になった時のお医者さんのこと、交通事故にあって鼻が取れかけた時のこと、パブリックスクールの悲惨な生活(寒い冬の日には、先輩のために便器を暖めておくのだ!)、ちょっと面白い先生もいたし、そんな日々のことが描かれています。そして次第に写真、飛行機などといった方面に興味を持つようになって・・・。私はダールの童話はあまり読んだことがないのですけど、子どもにとって何が怖くて、何が大切なのかということをよく知っているダールの描く童話をちょっと読んでみようかな、と思いました。 |
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隣人たちのブリテッシュスタイル | 1999 | |
斎藤理子(NHK出版) | ||
「ロンドン生活の極意がここにある」―帯より 第1章「住めば都?」イギリスでフラットを借りる時の注意事項&イギリス国民の家にかける情熱考察。 第2章「イギリス人の舌」イギリス料理界は成長過程にある? 第3章「普通の人々」紳士とおばあちゃんと熟練職人。 第4章「イギリス一喜一憂」大人の国に暮らすこと。 ★★★私の好きな斎藤理子さんのイギリス見聞記(?)です。『イギリスを食べつくす』(主婦の友社)という本も大好きなんですが。イギリスものってけっこう色々あるので何を読んでもまあ楽しいんですけど、私は斎藤さんのが一番すきかな。この本の中でも、斎藤さんがめぐり合ったイギリスの方々はけっこういい加減だったりちょっと変わってたりすることも多いみたいなんですが、でもすごくしっくりしているというか、暮らしていくのだからそういうこともあるさっ、ていうスタンスで見ておられるので、読んでてもほっとできるんですよね。それは斎藤さんがこの中でも書いておられる通り、ほとんど差別的な不愉快な目に会わなかった幸運がそうさせている面もありますから、イギリスに住む日本人がみんなこんなに幸せに暮らしているということはないと思いますけど。でもやっぱり異文化を積極的に受け入れようという姿勢が、どこで暮らすにしても幸せになるには大切なんだな〜と感じます。 ☆[余談]☆この本はもともとNHKの英会話のテキストに連載されていたものなんですね。私もNHKの英会話はよくみるんですが、今は4月から始まった英会話「クロスロード・カフェ」が面白いです。アメリカのドラマを素材にしているのでテキストっぽくないところがいいですね。3か月英会話「体当たり英語塾2」もけっこう好き。でもこちらは講師のワグナー先生の言っていることが聞き取れないのが残念。(実力相応の番組を見ろってことね?) |
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シャンドライの恋The Siege | 1985,1992 | |
ジェイムズ・ラスダンJames Lasdun(岡山徹訳・角川文庫) | ||
マリエッタは音楽家キンスキーの家の地下室に住んでいた。家の掃除とアイロンがけをすることで。ある日彼女は彼から愛の告白を受ける。「結婚してくれないか」・・・だったら「夫を監獄から出してあげて!」胸にしまっていた秘密を思わず口に出してしまう。やがて彼女は家の家具や調度品が次々消えていくことに気がつき、それと同時にマリエッタのもとに夫の消息が知らされる。ついにピアノまでが姿を消したとき夫から、釈放され彼女のもとへやってくるという知らせが届き・・・表題作他10篇収録の短編集 ★★★表題作はベルトリッチ監督により映画化されたそうで、その際主人公マリエッタの名前をシャンドライとしたということです。映画はまだ見ていませんが、原作は非常に短い物語ですから、どんな風に肉づけしてあるのかちょっと興味がありますね。表題作以外では私は「財産」というのがおもしろかったです。ある老婦人のもとに昔の召使から昔盗んだはさみが返されるというところからはじまります。盗まれたといってもずいぶん昔のことです。どうしてこんなこと今更するのかしら…?よく分からないのですが、このことで老婦人はずいぶん動揺します。そんな老婦人を孫がしれっとした目で眺めています。そのうちまた、同じ方法でお金が、そして花束が返されてくるのです。 日常の中で起こる出来事って、その裏にある意味がわからないことが多いですよね。ちょっと不安になったり、考えさせられたり、でも結局わからないことはわからない。後でその意味がわかってくることもあるんでしょうか。そして自分の後ろに影のようにはりついた危うい狂気のような存在に、気がつくこともあるのかも知れません。 |
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君はこの国を好きか | 1997 | |
鷺沢萌(新潮文庫) | ||
在日韓国人三世である雅美(アミ)は、留学先のアメリカで韓国人留学生ジニ―と出会ったことから「ハングルに感電」する。日本で生まれ育ち、国籍に対する痛みもほとんど感じずに成長したことによって「自分のこと」をほとんど知らずにいた雅美は韓国で韓国語を学ぼうと決意する。しかし初めて帰ってきた「祖国」は雅美にとって戸惑いの連続だった。下宿の食事、町の匂い、濃すぎる人間関係。それらは今まで雅美が持ちつづけてきたものとは全く相容れないことだった。苦しみの中で、雅美は「わたしはハングルに感電したのだ―」この気持ちを思い出す。 ★★★鷺沢萌さんの小説はけっこう好きでいくつか読んでいるのですが、印象としてはさらさら流れる川のような(ときによどんだり、深かったり、流れが速かったり)感じを持っていました。でもこの小説はちょっと違いました。 雅美が韓国で体験する文化の違い(というか、雅美自身持っている韓国と相容れない部分)が、雅美に「これだからこの国は・・・」と思わせるのは辛いことです。「―でも、あたしたちの国なんだよね・・・」韓国の人々の「在日」に対する目も厳しい。ハングルという言葉に純粋に感動する雅美と、どうしても韓国に入り込めない雅美。でもある日友人に向かって初めて「やっぱこの国はヒドいよォ・・・。」と口に出すことが出来たとき、なにかか変わりはじめる。韓国と日本と、どちらが自分の国なのか。多分どっちも雅美のなかにある。自分の中の「国」を意識することなどほとんどない私にとっては、異文化を受け入れる苦しみを身を持って理解できたとは言えません。でも雅美がとてつもなく苦しみながら、「だって韓国人だもん」と言えるようになったこの物語の最後に、ほっとします。別に何もかも分かり合えなくったっていいじゃん。相手を尊重することができるなら。また逢いたいと思えるなら。 |
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心臓を貫かれてShot in the Heart | 1994 | |
マイケル・ギルモアMikal Gilmore(村上春樹訳・文春文庫) | ||
1977年アメリカユタ州で十数年振りに死刑が執行された。殺人犯ゲイリー・ギルモアは銃殺刑を望み、それはかなえられた。長い年月の後、ゲイリーの弟マイケルは、殺人の物語を語り始める。「それは言うなれば、僕の一家の真実の歴史である。暗い秘密と砕かれた希望の絡み合いがどのようにしてひとつの遺産を作り上げ、それがいかにして兄の中に殺人の胎児を生みつけていったか。」「僕らはいったい何を引き継いだのだろう?そしてそれはどこからやってきたのだろう?それが問題なのだ」 ★★★これはノンフィクションです。殺人を犯した(それも全く無意味(一見)で衝動的な…)兄の記録を、弟が丹念にその家族の過去や、歴史から掘り起こすという話です。はじめにモルモン教という宗教についての記述がありますが、私はモルモン教に関して全く知識がないので(印象として「戒律が厳しい」「禁じられていることが沢山ある」という程度)ここは注意深く読みました。そして話は一家の系譜に移っていくのですが、語られていることが、実は嘘だったり、あるいは全く謎のままだったりということがたくさんあります。何のために嘘を語らなければならなかったのか、明かされなかった謎にどんな意味があるのかわからないままそれは後に大きな影響を子供たちに与えるのです。殺人者ゲイリーが抱えた大きなトラウマ。それはその両親が抱えていたものの遺産なのです。 望んでも決して答えは返ってこない。希望は全て打ち砕かれる。人間がそういう環境のもとで育つときに損なわれるものと、形成されるもの。それを最も具現していたのがゲイリーだったのです。 最後、死刑を宣告された後、マイケルがそれを阻止しようとして結局それをしなかったとき(つまり死刑執行を容認したとき)のマイケルの心の葛藤には胸の詰まる思いがしました。ゲイリーを理解しようとして出来ない、見捨ててしまいたくても愛している、そして「選択者」になることの重さ。「誰かに死刑を宣告することはできる、でも生きることを宣告はできないのだ―」 この話は底無し沼のようです。ずぶずぶとはまり込んで、一体この先読み進める価値はあるのかわからないまま、やめることも出来ません。辛い思いをしながら読み終わった後に救いがあるということもありません。あるとしたら、トラウマというものに対する諦念かもしれません。しかし、訳者の村上春樹さんは後書きでこう書いておられます。「暗く陰鬱な認識ではある。でも我々はそれを一つの事実と認め、受け入れなくてはならない。そしてその場所から新たな世界観をスタートさせることによってもうひとつの次元の救済の可能性を追求していくことができるのではないか」 「There will always be a father」いつもそこには父なるものがいる―ゲイリーの最後の言葉だそうです。 |
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