Top Page  現代事件簿の表紙へ  No.035  No.033

No.034 大衆の勘違いが招いたパニック・火星人が攻めて来た

「火星人がアメリカを襲撃してきた」というラジオドラマを放送したところ、本当に火星人が攻めてきたと信じた人々が全米各地で大パニックを引き起こした。


1938年(昭和13年)10月30日、アメリカのCBSラジオで、ハーバート・ジョージ・ウェルズ原作の「宇宙戦争(The War of the Worlds)」が、ラジオドラマとして放送された。

演出を手がけたのはオーソン・ウェルズ(偶然に同姓だが綴りが違う)で、このドラマが後にパニックを引き起こした原因となったのは、普通のドラマのように、語り手や役者のセリフでドラマが進行していくという形式ではなく、普通の放送をしている最中に、あたかも臨時ニュースが入ったかのような形で話がスタートし、その後、「アメリカ軍と火星人との戦いや、全米の各都市の被害状況を実況中継していくニュース」という形で放送したのである。

ドラマはまるっきりニュースの放送であり、そのニュースを聞いているとドラマが進行していき、ストーリーが分かる、という演出となっていた。

もちろんこのことは番組の冒頭にちゃんと放送していたし、新聞の番組蘭にも記載していたのだが、そのようなことを知らない人たちや途中からラジオをつけた人たちは、このドラマをニュースと勘違いしてしまったのだ。


▼火星人襲撃を告げるニュース

10月30日の夜、ラジオドラマ「宇宙戦争」が放送を開始した。時間は20時15分から21時30分までの放送枠である。
その時、CBSラジオからはスペイン交響楽団の演奏する「ラ・クンパルシタ」が流れていたのだが、突然音楽が中断された。

一瞬の静寂の後、アナウンサーが興奮した口調で喋り始めた。
「放送の途中ですが、ここで音楽を一時中断いたしまして、ニュースをお知らせいたします。ただ今シカゴ気象台のファレル博士から、天体の大異変についての報告がありました。約30分ほど前から火星の表面で非常に強い光を放つ爆発が繰り返し起きているそうです。

ただ今、当放送局は、プリンストン大学の気象台に調査を依頼いたしましたので、調査の結果が入り次第、プリンストン大学気象台のピーアソン博士のコメントを直接放送する予定です。」

2、3分音楽に戻ったが、また中断され、
「ただ今入った情報によりますと、ニューヨーク博物館に設置してある地震計に、プリンストン市を震源とする地震が観測されました。これよりマイクをプリンストンに移します、現地からの報告をお聞き下さい。」

プリンストン市とは、ニューヨークに隣接している町で、ハドソン川を挟(はさ)んだ向こう岸にある町である。


「こちらはプリンストン大学の気象台です。先ほど、郊外のグローバー・ミルズ村に非常に大きな隕石が落下しました。地震の原因はこれだったのです。火星の謎の爆発と何か関係があるんでしょうか。それとも火星から飛んで来たのでしょうか。」

「ここからも隕石は見えます。円筒(えんとう)形をしていまして、半分が地中にめり込んだ形となっています。そして・・あっ! 何でしょう、隕石の側面がフタのようなものになっていて、そのフタが開きました。隕石ではありません!宇宙船だったのです。開いたフタからは見たこともないような生物が出てきました!大変です!火星から化け物がやって来たのです!」

「今度は隕石のてっぺんのフタが開きました。ここからも生物が出てきます。まるで大きなクモのような生物です。また一匹、そしてまた一匹・・いくらでも出てきます。化け物は不気味な光沢に包まれて、街の方に向かって這(は)って行きます!ちょっとお待ち下さい!街の人々にこれを知らせなければ!」

「・・お待たせしました。化け物の集団は、あと5分もすればプリンストンの街の人たちを襲い始めるでしょう。あっ、警察です、警察が到着しました。
化け物の顔はここからも確認出来ます。目が黒く光っています。V字型の口からは油のようなヨダレが垂れています。気象台の下には多くの人たちが集まって恐怖に震えています。プリンストンの警察署長が何か大きな声で怒鳴っています。」


▼圧倒的武力を持つ火星人

「白髪の老人が一人、畑を横切って化け物の集団の方へ向かっています。大学気象台のピーアソン教授と思われます。その後ろからは警察署長が白い旗を持って2人の警官と共に続いています。我々を代表する特使は、勇敢にも化け物に近づいて行っています。」

「化け物の集団は、今、大学の壁を押しつぶして続々と運動場に入ってきています。ピーアソン教授が両手を差し出し『止まれ』の合図をしています。化け物たちに白旗の意味が分かるんでしょうか。駄目です、止まりません、どんどん進んできます。皆さんにも聞こえるでしょうか。この不気味な足音が、推進機のような機械音が。」

「あっ、化け物の背中に何かが出てきました。鏡のようなものです。これは何でしょうか。あっ、鏡から光線が発射されました!いや、光線ではありません、強烈な火炎です!

うわあぁーっ!炎がピーアソン教授を直撃しました!教授が全身火ダルマになって倒れました!署長も、2名の警官も!全員炎に包まれています!

何というむごたらしい光景でしょう!化け物は手当たり次第、火炎を放射しています!付近一帯は火の海です。家が燃えています、木も燃えています!何ということでしょうか。人々は悲鳴を上げて逃げ始めました!」

そしてこの後、大爆発の音が聞こえて放送は途切れる。少し間を置き、今度はニューヨークの放送局にマイクが移って再開される。


「大変なことになりました!先ほどプリンストン大学近くのグローバー・ミルズ村へ落下した巨大な隕石のおかげで、村の人たち1500人が全滅いたしました!これは普通の隕石ではありません、円筒型をしていて、中から化け物が出てきています。

そして隕石自体も片方から火を噴いています。隕石ではなく、宇宙船のようです。そして今度は街に向かってガスを噴出しています。毒ガスです!」

「そしてまた一つ、巨大な隕石が落ちてきました。あっ、また一つ。次々と落ちてきます!大変です、火星から地球に攻めてきたのです!ニュージャージー州から出動した軍隊が到着したようです。プリンストン市に7000名の大軍隊が到着しました。化け物を迎え撃ちます。現地からの報告をお聞き下さい!」


これまであれだけ喋っていたアナウンサーの声がしばらく途絶える。そして爆発音、建物の崩れる音、人々の悲鳴、機械の爆音・・すさまじい戦闘だ。軍人らしき人々の叫び声が聞こえる。

放送が再開される。
「あ・・あぁ・・。もう駄目です。敵はあまりに強過ぎます。地球の武器が全く役に立ちません。敵は何万となく押し寄せてくる・・軍は全滅です。ぐあっ!く、苦しい・・ノドが・・毒ガスが・・ど・・く・・が・・。」

と、放送は途切れ、爆音がしばらく続く。アナウンサーが声をふりしぼって叫ぶ。
「ワシントンーーディィーーーシィィーーー!!」
「ワシントンーーディィーーーシィィーーー!!」首都ワシントンに向かって叫ぶ悲壮な声がこだまする。

「アメリカ政府は、人類存亡の危機が遂に訪れたことを全国民に告げなければなりません。プリンストン大学付近に着陸した火星からの軍隊は、我々地球人のレベルをはるかに超えた武力を持って、ニューヨークとワシントンに向けて進軍中であります。

敵の武器がどれほどのものか想像も出来ません。我々は全滅を覚悟して戦うつもりですが、皆さんの中で、もしこの惑星間戦争で生き延びることが出来た者は、いつの日にか、誇りある人類の文明と尊厳を蘇(よみがえ)らせて下さい。」

追い詰められた人類の悲壮な決意をアナウンサーが代弁する。


▼逃げるしか手段がない

「グローバー・ミルズで行われた戦闘では、現代の陸軍が、かつてないほどの壊滅的なダメージを受けて敗北し、戦いに終止符が打たれました。」

アメリカ軍は火星人にまるで歯が立たない。人類はこのまま全滅してしまうのか。

この後、プリンストン大学のあるニュージャージー州の工業地帯が、次々と火星人に破壊されていく様子を実況中継する。叩きつぶされ、爆破され、逃げまどう人々の様子がアナウンサーの声に混じってバックから聞こえてくる。

都市ではアナウンスにより、火星軍の進路をけたたましく告げ、市民に逃げるべき方向を指示している。川向かいのニューヨークへ逃げるにも、市民が多過ぎる。橋は大混乱になる。火星人は火炎砲と毒ガスで地球人をかたっぱしから殺している。もはや殺されるのを待つ他はない。

再び中継はニューヨークへ戻る。
「ここはニューヨークです。人類の運命はこの数時間のうちに決まるでしょう。火星人は、プリンストンだけではなく、アメリカ全土に着陸中との報告が続々と入っています。いや、アメリカだけではなく、諸外国も同様のことが考えられます。電話がつながらなくなった都市の様子は全く不明です。」

「プリンストンから攻めて来た火星人たちは、すでにハドソン川の向こう岸にまで来ています。毒ガスを吐いています。川の上空には毒ガスが漂(ただよ)っています。こちら側に到達するのも時間の問題でしょう。私もいつまで喋れるか分かりません。

人々は先を争って逃げています。道路は車と人がごった返して大混乱です。身動きが取れない状態です。イースト川へ飛び込んでロングアイランドへ向かって泳ぎ出す人たちが多数います。毒ガスが私のいるところへも来たようです。息が苦しい・・文明よ、さらば・・人類よ、さらば・・。」

またもや放送が途切れる。ついにアナウンサーも息絶えた。そして放送は別の都市からの実況中継に切り替わる。もはや火星人の攻撃はプリンストンやニューヨークだけではない、全米各地で虐殺が始まったのだ。


▼放送を信じた人たちがパニックとなる

放送が始まって50分ほどが経過し、時間は21時を過ぎていたが、物語はまだクライマックスには到達しておらず、恐怖の場面はまだ続いていた。

この放送は全国放送だったので、シカゴやワシントン、デトロイト、ロサンゼルスなどの大都市を始めとし、本当に火星人がアメリカを襲撃していると信じた人たちのパニックが全米で巻き起こった。

彼らはラジオを聞いてなかった人たちにも大急ぎでこの事件のことを伝え、何も知らなかった人たちも「また聞き情報」でパニックに参加することとなった。


舞台となったニュージャージー州では、多数の人が家を飛び出し、森へ逃げ込み、山を登って避難する。真っ暗な山道を取るものもとりあえず必死になって走る。火炎砲にそなえて濡れたタオルを持って逃げている人も多くいる。

信心深い人たちは、教会へ集まり、祈りをささげた。自分たちの罪を悔い改め、声をふりしぼって神のご加護を祈る。

また、本物のプリンストン大学の教授である、天文学のアーサー・バディングトンと、地質学のハリー・ヘッスの2人の博士はこの放送を信じ、隕石が落ちたであろう地点を夜中まで懐中電灯を持って捜しまわった。

プリンストン大学の学生寮には各学生の両親から「早く逃げてきなさい!」との電話が殺到した。ある両親は「アメリカ全土が燃えてます!私の周りもだんだん熱くなっているのが分かります!」と叫んだ。

アービング市では「日曜日でも防毒マスクを売っている店を知らないか?!」(この放送当日は日曜日)と叫びながら必死でマスクを捜す人たちがいた。

車を運転中にこの放送を聞いた男が、すれ違う車に
「火星人が攻めて来た!今、人間が次々と殺されている!お前らも早く山へ逃げろ!」と叫んで自分自身は車で畑の中をつっ切って逃げていった。

コールドウエル市では、ある教会で礼拝の最中、一人の男が駆け込んで来て、
「大変だ!地球の終わりだ!火星人に滅ぼされる!俺は今、ルーズベルト大統領の別れの演説を聞いてきたところだ!」
と叫んだ。

びっくりした牧師が執事に真偽を確かめるように頼むと執事は別室でラジオをつけた。・・本当だった。火星人がアメリカ人を次々と殺している。この教会の人たちもラジオを信じ、全員でお祈りをささげた。


▼警察は電話の嵐

ニューヨークでは、老人や病人のいる家庭から、警察へ助けを求める電話が殺到した。当時はまだ「電話交換台」のあった時代で、交換手が電話に出るのだが、あまりに莫大(ばくだい)な数の電話がかかってくるため、その対応だけで手いっぱいとなり、事態の把握が出来ない。突然降ってわいたような電話の嵐に警察も訳が分からない。

取りあえず情報の出所であるというコロンビア放送局へ電話してみたが、こちらにも電話が殺到しており、交換手によると、電話をつないでくれという先約が2000件あるという。

「こっちは警察だ!」と15分くらい怒鳴り続けて、ようやく優先して電話をつないでもらい、放送局と話が出来た。ラジオドラマだということを確認した後、早急に各警察署へ連絡し、人々の沈静化のために多数の警官隊を出動させた。


ニュージャージー州のニューアーク市の警察にも電話は殺到し、
「防毒マスクの予備はありませんか!」
「火星人はどの方向に向かってますか?!」
「窓は閉めた方がいいんですか。」
「どこへ逃げたらいいんでしょう!」
「火星人の弱点は何ですか?!」

などの問い合わせが一時間で880件も来た。

また、「ホーソーン街で毒ガス爆弾が落ちてきた。」
と通報があり、警察車両3台と救急車と消防車が現場に急行した。

「敵の飛行部隊がハドソン川を渡ってこっちへ侵入してきた。」という通報もあった。

放送の恐怖と周りのパニックでヒステリー症状を起こした男女15人が、セントラル街のマイケル病院に収容された。

ある人が家の窓を開けると、道路に車が一台も走っていなかった。
「火星人が道路を寸断したので、この道路は使えなくなったんだ!」と思った。

別の人が家の窓を開けると、そこの道路は渋滞していた。
「火星人の攻撃から逃(のが)れるために、みんな街から逃げてるんだ。」と思った。2人とも大急ぎで家を飛び出した。普段の何でもない風景でさえ、恐怖心から歪(ゆが)めて受け止めてしまうのだ。

マンハッタン発ニュージャージー州行きのバス路線の基点停留所では大混雑で一時運転を見合わせたが、これが更に不安を拡大させた。バス停で大勢の人たちが騒ぎ、泣きわめき、警官隊が沈静のために駆けつけたが、人々を落ち着かせるのに一時間ほどかかった。

マンハッタン島の中央公園には数千人の人々が集まって避難した。この公園近辺にある地下鉄の駅では乗ろうとする人々が殺到し、柵(さく)を壊して侵入し、あふれた人たちもまた柵を壊し、建物もあちこちが破壊されて、地下鉄側に大変な損害が出た。

ちょうど外出中だった家族を捜し求めて、家族の名前を呼ぶ声が全米の街中に響いた。

各病院からは、医師や看護婦から「ニュージャージー州行きの赤十字隊に参加します。」との暖かい協力申し込みの電話が警察に多数かかってきた。

サンフランシスコでは、「東部が火星人に征服された。」との噂が広がり、プレシデオの陸軍司令部では対火星人の作戦が立てられ、セントルイ市では市内各所で、防衛チーム結成の話し合いが行われた。

また、ピッツバーグ市では、21時ごろ父親が帰宅すると、娘が瓶(びん)を持って何かつぶやいていた。
「火星の化け物にあんな殺され方をされるくらいだったら、ここで毒を飲んで自分で死ぬ。」
びっくりした父親は急いで瓶を取り上げた。幸いまだ毒は飲んでいなかったようだった。


▼物語の結末

ラジオを聞いてパニックになった人は全米で120万人以上と言われる。もともとが激しい勘違いなのであるから、事実さえ伝わればパニックも収まる。

ちなみにこの物語は、最後は火星人が全滅して地球側の勝利で終わっている。圧倒的な科学力と武力を誇った火星人だったが、地球には人間以外に「病原菌」という、もう一つの敵がいたのである。

異なった環境から来た火星人は、この地球上に存在する病原菌に対して免疫力を持っていなかった。次々に伝染病にかかり、高熱を出して死んでいく。普段は人間を悩ます病原菌であるが、宇宙からの侵略者に対して地球を守ったのはその病原菌であるという味のあるストーリーとなっている。


ドラマの演出を手掛けたオーソン・ウェルズは当時24歳の青年で、この大混乱を招いた張本人と言えるが、彼は後に映画俳優・監督として成功している。

最初からドラマだと分かっている者は落ち着いて最後まで聞けたが、本気にした一部の者にとっては人類の存亡に関わる大事件となったのである。
この事件は後に騒ぎそのものが映画化された。



Top Page  現代事件簿の表紙へ  No.035  No.033