1900年代の始め、イギリスのガイ・ヴァンスは、家族と共に、ある家に引っ越してきた。この家は、賃貸住宅で、設備や広さのわりには家賃がやけに安い。掘り出し物の物件を見つけた、と家族全員が喜んでこの家に住むことになった。
しかし、住み始めてしばらく経ったころ、家の中で異変が起こり始めた。飼っている犬が、時々激しく吼えたりうなり声を上げたりするのだ。この犬はおとなしい犬で、前の家にいる時には、そのようなことはほとんどなかった。
「新しい家に越してきたので神経が高ぶっているんだろう」、と思っていたが、ある晩、その犬がいつもにも増して激しく吼えるので、ヴァンスはさすがに気になって部屋を出て犬を見に行くことにした。
ヴァンスは廊下に出て階段まで歩いてくる。階段の下は物置になっている。何気なくヴァンスがその物置の方に目をやると、その物置から、黒い服を着た女がスーッと出てきたのである。見たこともない女・・。今、この家には家族しかいないはずなのに・・そして今日は来客もなかったはずだ。
一体誰だ? 不振に思ったヴァンスは、その女の後をつけてみることにした。女は廊下を歩いて、そのまま台所へと入って行った。ヴァンスも続けてすぐに台所へと入る。だが、中にいたのは、家政婦のカーン婦人だけであった。家政婦が一人で食事をとっている。他には誰もいない。
「今、ここに黒い服を着た女が入って来たはずだが・・。」 ヴァンスは尋ねた。
だが家政婦は、
「そんな人は来ませんでしたよ。私はずっと一人でご飯を食べてましたから。」
「そんなはずはない。物置から出てきた女を見つけて、後をつけてきたんだ。」
「変ですね。何かの見間違いじゃないんですか?」
家政婦は何も分からない様子で、これ以上話していてもラチがあかない。とりあえずその場は、見間違いだったかも知れない、ということにして部屋に引き上げた。
しかし、翌日からこの家政婦もこの家で異変を感じるようになる。やはりあの、階段下の物置から人の気配を感じるというのだ。その家政婦は、階段を昇っている時に何かが耳元をかすめて床に落ちたような気がしたり、階段を通るたびに、無性に恐怖心が起こってきたりする。
ヴァンス自身も、夜中に無気味な悲鳴を聞いたり、床に何かが落ちるような物音をたびたび聞くようになった。
そんなある日のこと、ある夜ヴァンスは、二人の家政婦と一緒に部屋でくつろいでいた。だが、階段の方からいきなり「パタパタパタ」と、人が降りていく足音が聞こえてきた。
3人は、ハッとして顔を見合わせる。今、この家には3人しかいないはずなのに・・。3人は勇気をふり絞って足音の正体を確かめに行くことにした。
部屋を出て階段まで来ると、やはりいた! かつてヴァンスが見かけた、黒い服を着た、あの女だ。だが、もっと驚いたのは、その女が手に持っていたものである。
女がもっていたもの・・それは灰色の長い髪をした、女性の生首だったのだ。頭の髪の毛をつかんで、生首をぶら下げるように持って女は廊下を歩いている。その光景を見た瞬間、3人は恐怖で凍りついた。
次の瞬間、女はチラッとヴァンスたちの方を見た。ここで女の顔がハッキリと見えた。それは言いようもないほど恐ろしい青ざめた形相で、3人はすでに声も出せなかった。
そしてそのまま、女はスーッと消えてしまった。しかし、3人ともハッキリと見たのだ。幻覚などではない。
震えながら朝を待って、3人はすぐに引っ越しの準備をし、急いでこの家を後にした。こんな家には1分たりともいたくない。引っ越し先の家ではさすがにこういうことは起こらなかったが、ヴァンスはどうしてもあの家で見たことが気にかかり、しばらく経って心が落ち着いてから色々とあの家のことを調べ始めた。
するとやはり過去に殺人事件がからんでいたことが分かった。60年ほど前、その家にはデリア・ブラウンという女性の老人が一人で住んでいた。だがある日、その老人は、ケート・マーフィーという女性に殺されてしまった。ケートは、その老人を殺害した後、死体を屋上でバラバラに切断し、そのそれぞれの部分をあちこちに埋めたのだ。
事件が発覚し、死体の一部があちこちから発見されたが、頭の部分だけがどうしても見つからなかった。これを読んでヴァンスはピーンと来た。もしかしたら、階段下の物置に頭部があるのではないか・・。
ヴァンスはすぐに警察にこのことを告げ、捜索してもらうことにした。するとやはり物置の床の下から白骨化した人間の頭が出てきたのである。
事件からかなりの年月が経過していたが灰色の髪の毛だけは朽ちずに、その頭蓋骨にしっかりと残っていた。事件から60年が経っている。となると、その時の殺人犯であったケートも死亡している可能性が高い。
あの日、ヴァンスたちが見た、黒い服をきた女はケートで、ぶら下げていた生首がデリアのものだったとすれば、なぜケートはあのような出方をしたのだろうか。ひょっとすると頭の部分だけが発見されないということについてあの世で申し訳なく思い、デリアの頭の所在を教えたかったのかも知れない。