1880年9月23日、アメリカのテネシー州。牧場の経営者であるデビンド・ラング氏は、その日も自宅前の牧場を何となくぶらぶらしていた。のんびりとぶらついている彼のすぐそばでは二人の子供が、この間買ってもらったばかりのおもちゃで遊んでいる。
そこへ向こうの方から馬車が近づいてきた。二人の友人たちがラング氏の家に遊びにきてくれたのだ。ガラガラと音を立てて近づいてくる馬車に気づき、ラング氏の奥さんもすぐに家の中から出てきた。
友人たちが到着するとラング氏は手をあげ、にこやかに挨拶した。「いらっしゃい。先に家の中へ入っててよ。私もちょっと馬の様子を見たらすぐに行くから。」
そう言い残してラング氏が馬の方へ向かって何歩か歩き出した時、突然奥さんが悲鳴をあげた。
「キャー!! あの人がっ・・!!、あの人が消えてしまう!!」
奥さんの悲鳴を聞いた二人の友人と子供達はいっせいにラング氏の方を振り向いた。
「消えてしまう!」と表現した奥さんの言葉通り、突然彼の足元から何か煙のようなものが立ち上り・・そして足元からみるみる透明になり、まるで映画の特殊効果でも見ているような感じで、足・胴体・・と透明化し、そして頭の部分まであっという間にかき消えてしまった。
五人の人間が見ている目の前でラング氏は完全に消滅してしまったのである。
びっくりした友人たちと奥さんはすぐにその場所へ駆けつけたが、そこへは髪の毛一本落ちていない。見渡す限り平坦な牧場・・隠れる穴など、もちろんない。わけが分からない奥さんは、地面に膝をついてワァワァと泣き叫んだ。
すぐに近所の人たちを呼んで大規模な捜索をしてもらったが、やはり何も発見できなかった。警察ももちろんお手上げ状態である。
それからしばらく捜索は続けられたが、何の手がかりもないまま捜索は打ち切られてしまった。奥さんはショックのあまり床にふせってしまった。
何ヶ月か経って近所の人たちからは葬式を出すように勧められたが、奥さんはあきらめきれず、それでもまだ、「夫はいつか帰ってくるのではないか。」との期待は捨てきれなかった。
だが、それから七ヶ月後の1881年4月。その日子供たちは、たまたま父親の消えた場所へと行ってみた。するとそこに黄色い草が生えており、その黄色い草は直径6メートルくらいの円を形どっていた。「何だろう。」と思って見ていると、その時突然、地面から「グワーン」という不気味な声が聞こえてきた。
「パパの声だ!」そう直感した子供達は、「パパ、私よ!そこにいるの?!」「パパ!僕だよ!返事をしてよ!」と口々に呼びかけた。
子供たちが地面に向かって呼び続けていると、地面の中から
「助けて・・助けてくれ・・。」と、確かにあの懐かしい父親の声が聞こえてきた。
「お父さんは、この下にいる!」そう感じた子供達はすぐに母親を呼びに行き、一緒に叫んでみたが、返事があったのはあの一回限りだった。
奥さんも必死に叫んでみたが、いくら叫んでもラング氏の声はもう聞こえない。あまりの恐ろしさに耐え切れなくなった奥さんは、とうとう牧場を売り払ってしまった。この蒸発事件は公式の記録として今も残されているという。