吸血鬼といえば美女の首筋に牙を突きたてて血を吸う、というのが一般的なイメージである。ではなぜ吸血鬼は血を吸うのか? 普通に考えれば血を食料としているからと思われがちだが、20世紀の吸血鬼であるジョン・ヘイの場合はちょっと違う。
ジョン・ヘイが吸血鬼として暗躍していたのは、1944年から1948までの4年間。場所はイギリスのロンドン。
幼い時彼はちょっとした怪我をして、傷口から流れ出る自分の血を見て胸がときめいたことがあった。試しにその血を指につけて舐めてみると、全身に衝撃が走った。そしてなんとも言えない特別な快感を味わったのだ。
「うまい! 血っていうものはこんなにもうまいものだったのか!」
大人になってからも彼の「血が飲みたい」という欲望はますます膨らんでいった。そして彼にとって、「人間の血」というものは心の中で特別な存在となっていったのだった。
ある日のこと、彼はロンドンの街角でデュラン・コエーンという老婦人にばったりと出会った。この老婦人とジョンとは顔見知りの仲である。普段は明るく社交的な人物で通っているジョンは、この老婦人にも優しく声をかけ、「先日お話したマニキュア工場の出資のことでお話がしたいのです。よろしければ、僕の家に来ていただけませんか?」と、婦人を家に誘った。
ジョンに対して好印象を持っている老婦人は、何の疑いもなく、ジョンの家についてきた。だが、1歩家の中に入るとジョンの態度は一変した。とたんに鬼のような形相になり、息を荒げて、ナイフを持って構える。明かに婦人を刺そうとする意思がはっきりと見てとれる。
「ジョン! 何のつもりですか! なぜ私を?!」
これまでのジョンとはうって変わって、別人のようになってしまったジョンに、恐怖に怯えながらも婦人は問いただす。
だが次の瞬間、問いかけは一切無視され、無常にもナイフは婦人の身体を貫いた。声をあげることもなく床に倒れこむデュラン婦人。この後ジョンは狂ったように婦人の身体をメッタ刺しにした。
だがジョンの真の目的は殺人ではない。血だ。血が飲みたいのだ。婦人の身体のあちこちからほとばしり出る血を、ジョンは傷口に口をつけてごくごくと飲み干した。
血を飲んでいる瞬間、ジョンは言いようのない快感を感じる。それはすなわち性的快感だ。心臓はドキドキし、あたかも射精する直前のように興奮し、股間も勃起する。
腹いっぱい血を飲み干した後には、血まみれの老婦人の死体が床に転がっていた。そしてこの瞬間、ジョンは正気に戻る。
「あぁ・・。またやってしまった・・! 俺は何てことを・・。もう一人の自分を・・血を飲みたがっている、もう一人の自分を抑えることが出来ない!」
だがジョンにとって大切なことは、今後悔することではない。この犯罪を警察に見つからないように死体を処分することが最優先だ。いつものようにこっそりと貯蔵してある硫酸のタルに婦人の死体を入れ、そして跡形もないように溶かす。
「これで大丈夫だ・・。」
だがジョンがほっとしたのもつかの間だった。それから数日後、警察がジョンの家に踏み込んできた。殺されたデュラン婦人は資産家で、家族が捜索願いを出していた上に、ジョンは別件の殺人事件で警察からマークを受けていたのだ。そしてデュラン婦人とジョンが一緒にいたところも目撃されていた。
硫酸の中から、かすかに残ったデュラン婦人の骨が発見された。
「婦人が憎くて殺したわけじゃない。血が飲みたかっただけなんだ。人の血を飲む場面を想像すると、いいようのない興奮を覚えて、自分を抑えきれなくなって、気がついたら殺していたんだ・・。」
警察に逮捕された後、ジョンはこう語った。
4年間でジョンが殺害して、血を吸った人間は9人にのぼる。いずれもジョンの友人ばかりで、何の疑いもなくジョンの家を訪問し、そしてメッタ刺しにされて殺された。
被害者にしても、まさか自分の身近な友人が、血を飲むと興奮する人物だったなどとは、誰も気づかなかったに違いない。