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No.162 テレビロケ取材中の怪異


▼温泉取材

1990年代、日本では、ちょっとした温泉ブームとなっていた。この当時、各局があちこちの温泉を取材に行っては、それらの映像がお茶の間に流れている時代であった。

そうした流れの中で、有名温泉ばかりでは視聴者のインパクトも弱いので、日本各地の、なかば寂(さび)れた温泉も「秘湯(ひとう)」という名のもとにスポットが当てられ、取材の対象となっていた。

1999年ごろ、東京の、あるテレビ局が温泉番組を制作することになった。取材の対象となったのは、栃木県の「S温泉」である。レポーターと制作スタッフ17人が選抜され、さっそく栃木県へと向かった。

レポーターはお笑いタレントを中心に構成されており、メインレポーターは「コントA」のリーダーであるWさんである。他に青森県出身の「コンビS」、キモ顔HのいるBである。

コントAのWさんが他のタレントを率(ひき)いて、山の中にある、行くだけでも大変な所にあるような秘湯を取材する、といった方向で番組は制作されることとなった。

17人のメンバーはロケバスに乗り、まず那須でいったん降り、ここの観光地で撮影を行った後、メインである「S温泉」へ向かった。

「S温泉」は栃木県の山岳地帯にある。

なぜこんな所に温泉旅館が?とも思えるような場所らしいが、ここは江戸時代には会津と宇都宮を結ぶ重要な街道だったらしく、現代でこそ人通りは少ないが、江戸時代には栄えていた場所であった。

多い時には5件の旅館が営業していたらしいが、戊辰(ぼしん)戦争で全部焼失し、この時営業をしていたのは2軒のみであった。だがこの2軒も車で行けるような場所ではなく、登山口で車を降りた後、歩いていかねば辿(たど)りつけないような所にあった。

17人のスタッフは、2時間歩き、ようやく目的地である温泉旅館へと辿り着いた。時間は夕方になっていた。この地では2軒の旅館が営業しているはずである。「A屋」「B屋」である。

木造の、とても大きい建物が2つあった。しかしその一つである「A屋」は灯りも全て消え、周囲にはロープが張ってあり、とても営業をしているようには見えない。閉鎖されているようだった。

もう一つの建物である「B屋」は、スタッフが宿泊の予約をし、取材の申し込みをした旅館であり、もちろんこちらはちゃんと営業を行っていた。

もし仮に、電話で「B屋」と話して宿泊予約や取材の申込みをし、「行ってみたらB屋まで廃墟だった」ら、この時点で怪談となるが、そういうことはなかったようだ。


▼取材が終了し、余興で肝試し

B屋にチェックインするとすぐに温泉の撮影を行った。しばらくして計画通りに撮影は終わり、一仕事、無事に終了した。仕事が終わってスタッフ一同、さっき取材したばかりの温泉に入り、旅館で食事をすると、後はくつろげる時間となった。

持ってきた酒を飲みながらしばらくワイワイやりたいところだったが、旅館の人の話によれば、この建物は送電設備が整っておらず自家発電を行っており、その自家発電も21時になれば電気をストップすることになっているという。

それ以降はランプの灯りを使って下さいとのことであったが、部屋の灯りがランプだけというのも結構不気味なものがある。


21時を過ぎ、薄暗い部屋の中でみんなで飲んでいたが、この雰囲気の中、誰かが「肝試しをやろう。」と言い出した。

酒の勢いもあってか、この話に17人中13人が乗って来た。

ルールは単純で、この建物の一番奥の部屋に紙とボールペンを置いておき、一人ずつその部屋まで歩いて行き、その紙に自分の名前を書いて戻ってくるというものだった。

当時の新聞記事

B屋の前で撮った写真の投稿記事

肝試しを開始して40分ほど経ったころ、最後の1人の順番となり、その彼が紙とボールペンを回収して戻って来た。

みんなで部屋に戻り、回収された紙を見ながら名前を確認して楽しんでいると、誰かが何気なくその紙をひっくり返して裏を見てみた。

なぜか裏にも名前が書いてあった。

「大○一平」

綺麗な字でそう書かれていた。

しかしタレントの中にもスタッフの中にもそういう名前の人はいない。

「誰だよ、これ書いたの?」

1人がそう聞いても、誰もが「そんなことはしていない。」と口を揃えて言う。

テレビ関係で怪奇現象が多いのは有名な話で、誰かがみんなを怖がらせようとしていたずらをしたのではないかと普通は考えるが、この場合、肝試しに参加した人たちは、みんなまじめな顔をして「そんなことはやっていない。」と主張した。

何とも不気味な雰囲気になり、宴会から肝試しへと続いた宴(うたげ)はここで終了となり、みんなそれぞれの部屋へと戻り、夜が明けると、ロケ隊はすぐに旅館を後にした。


▼アンビリーバボーが取材

それから約2年後、テレビ局のつながりから、「奇跡体験!アンビリーバボー」のスタッフがこの話を聞き、番組で取り上げようという企画が持ち上がった。

アンビリーバボーのスタッフが、あの時のタレントやスタッフから話を聞き、現地に赴(おもむ)いて、取材を行った。「大○一平」とは誰の名前なのか、やはり誰かの悪ふざけか、超常現象だったのか。

アンビリーバボーの取材の結果、その人物は判明した。「大○一平」とは、殺人事件によって殺された男の名前であった。



1983年(昭和58年)、7月26日の早朝、1人の男の血まみれの遺体が発見された。

発見場所は、あの時スタッフが泊まった「B屋」ではなく、取材の時に閉鎖されていた、隣の「A屋」である。その当時、A屋の主人が別館一階の六畳の間で、何らかの鈍器で頭を割られ、布団の上で血まみれの遺体となっていたところを発見されたのだ。

この被害者の名前が「大○一平」であった。

当時の新聞によると、その晩A屋にいたのは、被害者の妻と、長男の家族3人、従業員が1人、宿泊客が16人であった。

この事件で容疑者は逮捕されたものの、その後A屋は10年以上閉鎖されることとなった。

アンビリーバボーでは、実名や場所をそのまま放送しては営業妨害になるため、全て仮名として番組を制作した。私(管理人)はその放送を見てはいないのだが、紹介してあった本によれば、場所も人物も特定していないため、印象の薄い、本当か作り話かという感じの番組になってしまったらしい。

また、このB屋での不思議現象は、肝試しの一件だけではなく、事件から2年ほど経った頃発売された山岳雑誌「山と渓谷85年6月号」に、B屋の前で撮った写真に人影が写っていたという記事が、読者の投稿コーナーに掲載されている。

登山者の間でも、B屋に泊まると不思議な現象に遭うという噂もあるらしい。

事件が起こったのは「A屋」であるのに、不思議現象はなぜか隣の「B屋」で起こる。A屋は事件後10数年閉鎖されていたが、後に経営者が替わって営業を始めたという。




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