Top Page 心霊現象の小部屋 No.80 No.78
「遠藤君、悪いが、今日ワシの家まで送って行ってくれんか?」やっと仕事が終わって帰ろうとしていた遠藤さんに、係長が話しかけてきた。 「車のカギが見当たらないんだよ。おかしいな・・。ポケットに入れてたはずなんだが。」係長は車のカギをなくしたらしい。 「はい、別に構いませんよ。」と遠藤さんも快(こころよ)く承知した。係長の家と遠藤さんの家は会社からいえば同じような方向にある。だが、係長の家の方が随分と遠い。以前聞いた話では、かなり山の中に住んでるらしい。 遠藤さんの車に乗り込んで2人は出発した。まずは係長を送るために遠藤さんは自分の家の付近を通り過ぎて係長の家に向かう。聞いた通り山の中だ。 「ワシの家があるのは相当な田舎だからな。着いたらびっくりするかも知れんぞ。」と係長は笑いながら言った。案内されるまま、遠藤さんは山道をひたすら登って行った。 道路はわりと整備されているが、建物はほとんどない。時々民家がぽつんぽつんと立っている程度だ。信号も途中から全くなくなった。 「何かすごいとこに住んでるな。」と心の中で思ったが、口には出さなかった。 「次の十字路を右。」「そこを左。」「それから右ね。」 と係長に案内されるままハンドルを切る。そしてやっと到着。周りがほとんど畑で、家も付近に数軒ある程度の完全な山の中である。 「いや、助かったよ。帰り、気をつけてな。」 「はい、どうもお疲れ様でした。それじゃ、失礼します。」 と言って係長の家の前を発進した。時計を見ると22時30分。ここまで来るのに30分くらいかかっている。「家に着くまでまた30分くらいか。」そう思いながら車を走らせた。 来た時と同じ道を通って帰ればいいのだが、初めて来た山の中で、しかも何箇所かは「何の建物も建っていない十字路」を曲がった。目印のない十字路で、それも夜中であれば非常に分かりにくい。 「ここは確かこっちだったような・・。」記憶を頼りに走っていたが、だんだんと来る時には明らかに通っていないような風景が広がってきた。 「道を間違えた。」と思ったが、Uターンしようにも道が細くて方向転換出来ない。とりあえずこのまま進むしか選択肢はない。 だんだんと道も細くなっていき、片側は樹木ばかりで、しかも上から枝がおおい茂っているような不気味な道に出てしまった。街灯もなく自分のヘッドライトだけが頼りだ。 「迷った・・。」焦ってきたがどうしようもなく、このまま進むしかない。こんな時、ナビをつけていなかったことを後悔したがもう遅い。 しばらく走っていると、右前方に折れた木の枝が落ちていた。遠藤さんはそれをよけようと、左側にいっぱいに寄った。 次の瞬間、ガターンッと衝撃が来て車が大きく左に傾いた。 「うわっ!」と声をあげる。すぐに車から降りてみるとやはり脱輪だ。左の前のタイヤが溝に落ちていた。 自分1人ではとても持ち上げられない。ジャッキも積んでいない。助けを呼ぶしかないのだが、JAFに電話しようにもここがどこなのか、場所の説明が出来ない。だいたい携帯を見てみたらここは圏外だった。 「冗談じゃないぞ。こんな恐ろしい道で。」 辺りは真っ暗で街灯もない山道。最悪の場所で動けなくなってしまったのだ。 「しょうがない、誰か通りかかるのを待とう。」地元の人の車が通りかかってくれれば、車を持ち上げるのは無理にしても、携帯のつながるところまで乗せて行ってもらって、その人に聞いてJAFに場所を説明出来る。 幸いにもいっぱいに左に寄っていたので、右側は何とかもう一台車が通れるくらいの幅はあいていた。道をふさぐことはないようだ。 静まりかえった闇の中、車の中でじっとしていると突然、 「コツ・コツ・コツ・・。」と足音が聞こえてきた。ビクッとして前を見るが何もいない。ルームミラーで後ろを見てみると、女らしき人影がこちらへ近づいてくる。ハイヒールの足音だ。 「女・・?馬鹿な、こんな道を歩いているのか?いや、自分が気づかなかっただけでこの辺に家があるのかも知れない。」 そんなことを思っていると、だんだんと足音は大きくなり、女は遠藤さんの車に近づいてきた。どきどきしながらも車の中でじっとしていると、 「コンコン!」と運転席の窓ガラスをノックされた。 窓を開けて 「はい!あの・・どちらさまでしょう?」と遠藤さんが聞くと女は、 「あの・・すいません。助けて下さい。お願いします。」 と、話しかけてきた。 歳は30歳前後に見える。髪は肩まであり、白い服にジーパンをはいた、至って普通の人のようだ。 「いや、助けて欲しいのはこっちですよ。ご覧のようにタイヤを溝に落としてしまって動けないんです。あなたはこの辺に住んでらっしゃる人なんですか?」 「いえ、この辺の者ではないんですが、私も脱輪してしまって車が動かなくなったんです。助けてもらえませんか?」 「助けるといっても、僕1人ではとても持ち上げられませんし、誰か通りかかるのを待つしかないと思ってたところなんです。」 「だったら一緒に私の車まで来てもらえませんか?1人では怖くて・・。」 「ええ、僕も1人では怖いと思ってたところなんです。何か少し心強くなってきました。」 「出来れば私の車の中で一緒にいてもらえませんか?」と女が言うので、「はい、そうしましょう。そこで誰かが通りかかるまで2人で待ってましょう。」 と、遠藤さんは車から降りて、その女が脱輪したという場所まで一緒に歩くことにした。外に出るといっそう不気味である。月が出ているので真っ暗ではないもののほとんど先が見えないに等しい。 背中にゾワゾワするものを感じながら、先を歩く女の後をついて歩く。それから15分くらい歩いただろうか。 「ずいぶん遠いんですね。」と遠藤さんが聞くと、 「はい、すみません。もうちょっとです。」と女は答えた。しかしこの辺りで遠藤さんも何かおかしいと感じ始めた。 「この女は俺が脱輪していた時、俺の後ろから歩いてきた。ということは俺の後ろを走っていた車ということになる。そして現れたのは俺が脱輪してすぐだった。ならば車は俺のすぐ近くにあるはず。こんなに離れているわけがない。」 不信感を持ちながら歩いていると、いきなり風が強くなった。上からおおいかぶさるように垂れていた木々の枝が大きくしなる。その中の数本の枝が風にあおられて、先を歩く女を直撃した。 「危ない!」と遠藤さんが叫ぶ。しかし風にあおられたその枝は、女の頭と身体をそのまますりぬけ、まるで何も障害物がなかったかのように前後に大きく揺れていた。確かに女に枝が当たったはずだが音もしない。女もそのまま歩き続けている。 確かに枝が身体をすり抜けるのを見た。この女、人間じゃない!さっきまでの疑惑が確信に変わり、「うわあっ!」と声を上げて遠藤さんは今来た道を全速力で走り出した。 戻る先は自分の車しかない。戻っても動けないのは分かっているが、この場ではそこにいるしかない。自分の車に戻って慌てて乗り込むと、すぐにドアをロックした。窓もすべて閉めた。「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・もう、来るな・・。」と願っていたが、再び後ろから「コツ・コツ・・」と足音が聞こえ始めた。 恐怖で生きた心地がしない。足音はゆっくりと近づき、車の横を通って運転席の横で止まった。「コンコン!」とまた窓をノックされた。 「うわぁっ!」と悲鳴を上げる。恐る恐る窓の外を見ると、今度はそこには誰もいなかった。 「あの・・すいません。お願いします。」誰もいない暗い空間から声だけが聞こえる。 「無視だ、無視!気づかないふりをするんだ。」遠藤さんは車内に視線を移して極力外を見ないように努めた。しばらくすると再び足音が始まった。今度は運転席の横から遠ざかっているようだ。 「諦めてくれたのか・・?」一瞬ほっとした。だが、足音は車の前をまわり込ように左前方まで歩いてきた。左に脱輪しているので、車の左は歩けないのか、このままま引き返す。 また運転席の横を通過して車の後ろへと歩いていく。後ろへまわり込み、左後ろまで行ったらまた引き返して再び運転席の横を通過し、前の方へと歩いて行く。 「コツ・コツ・・」と姿のない足音が車の周りをずっと歩いている。そして時々「コンコン」とノックして「助けて下さい。お願いします。」と声が聞こえる。どこを見ても何も見えない。 見えない足音とノック、そして助けを求める声。遠藤さんは動けない車の中で気が狂いそうになりながらもじっと耐えることしか出来なかった。 パニック状態になりながら、遠藤さんは突然クラクションを思いっきり鳴らした。「ビィーッビィーッ」と付近に音が響く。大きな音をたてれば霊がいなくなるかどうかは分からないが、これぐらいしかすることがない。 狂ったようにクラクションを鳴らしまくった。しかしその間にも足音とノック、声は相変わらず聞こえてくる。 どれくらい時間が経っただろう。クラクションを鳴らしながらも、ルームミラーにヘッドライトの光が映ったことに気づいた。後ろから車が近づいてきている。誰かが通りかかってくれたのだ。この人に助けてもらうしかない。 遠藤さんは勢いよくドアを開け「うわあああっ!」と奮(ふる)い立たせるように絶叫し、その車めがけて走り出した。走りながら両手を思いっきり振って異常を知らせる。 一台の軽自動車が遠藤さんの前で停まってくれた。運転席の窓から50代くらいの男が顔をのぞかせ、「早くこれに乗れ!」と叫んだ。 もちろん遠藤さんの全然知らない人である。 こっちの異常を察知してくれたのか、なぜかいきなり助けてくれそうな雰囲気である。だが、この際、何だっていい。 「すいません!」と叫んで助手席のドアを開け、急いで軽自動車に乗り込んだ。男はすぐに発進し、脱輪している遠藤さんの車の横をゆっくり通り過ぎた後、スピードをあげて山道を走り出した。 「ハァ、ハァ・・。助かりました。ありがとうございます。すごく恐ろしい目にあってたんですよ。」運転している男に話しかけると、 「女が出たんじゃないのか?」と男は聞いてきた。 「そうなんですよ!ご存知なんですか?」遠藤さんは、さっきまでの恐怖の出来事を詳しく語った。 それを聞いて男が言う。 「何年か前、やっぱりあんたと同じようにあの辺りで夜中に脱輪して動けなくなった女の子がいてな。あの辺は街灯もないし、道の横に溝があることに気づかない人も多いんだ。 それでその女の子も怖い中、ずっと誰かが通りかかるのを待ってたんだろう。たまたま通りかかった車に向かって助けを求めて走り出したんだ。ところが相手の車の運転手が、その子の発見が遅れてそのまま跳ね飛ばしちまった。 助けを求めにいった車に逆に跳ねられて、その子は死んでしまった。その時の女の子が出るんじゃないかってこの辺りのモンは言ってるよ。」 「そうだったんですか・・。そういうことがあったんですね。」 「ワシはこの辺りに住んでる者だが、実は去年もおととしもあんたと同じような男を助けたことがある。ワシが家にいたら遠くからメチャクチャにクラクションを鳴らしてる車があってな、最初はガキが悪さしてるんだろうと思っていたが、それにしてはやけにしつこく何回も鳴らしてる。2人とも同じパターンだった。 1回目のおととしの時には、ひょっとして事故でも起こして助けを求めてるんじゃないかと思って、そこまで行ってみたら、確か若い男だったな、やっぱり脱輪して動けなくなってた。それでワシが行ったら恐怖に引きつった顔をして走ってきて『助けて下さい!』って叫ぶわけよ。 車に乗せてやって事情を聞いたら、さっきのあんたと全く同じことをしゃべってたよ。2回目の去年の時も若い男だったが、やっぱり同じように脱輪して、助けてみると、あんたと同じことを言ってた。」 「え!じゃ、僕の前にも同じ目にあった人が2人もいるんですね!」 「そう、だからさっきもあんたがメチャクチャにクラクション鳴らしてたもんだから、ひょっとしたら3人目じゃないかとピンと来て、家から出てここまで来てみたのさ。偶然通りかかったわけじゃないんだよ。」 「あ、ありがとうございます!こんな親切を受けたことはありません。でもあなたは怖くはないんですか?」 「ワシも夜中にあの道を通ることがあるが、ワシはその子を見たことがない。だから本当に出るのかって感じであまり信じてないんでね。 それにこの辺りの者でも、そんな目にあった奴はいない。動けなくなった車にだけに出て来るみたいだ。走ってれば大丈夫よ、とみんな言ってる。」 「あー、それから・・そういえば、去年もおととしもあの男たちは、ガソリン代の足しにして下さい、って言って1万円置いていったな。」運転しながら男がポツリと言った。 「もちろん、お礼はさせてもらいます!全財産1万8千円です!」遠藤さんは財布の中身を全部渡した。「おっ、悪いね。」と言いながら男は胸のポケットに金をしまい込んだ。 その後、その男の先導でJAFに来てもらい、車を引き上げることが出来た。もう戻りたくはない場所だったが、数人で来ると恐怖心はだいぶ和らぐ。幸い作業の途中では女は現れなかった。 もう二度と係長の家には行きたくない。 それにしても助けてくれたあの地元の人は、心霊スポットで人助けをしては小遣いを稼いでいるのだろうか。 |