Top Page  心霊現象の小部屋  No.81  No.79


No.80 引っ越して来た人

藤川さんは、妻と小学生の子供の3人家族である。このたびついに念願だった新築の家を購入した。引越しも終わり、荷物も片付いて落ち着くと、改めてマイホームの喜びが沸いてきた。

家を建てた場所は良かったとは思っているものの、ちょっと気になる点といえば、隣の家が空家であることだ。壁を境にすぐ横に建っているその家は、ずいぶんと古く、誰も住んでいない。

無用心ではあるし浮浪者が出入りしなければいいが、と思いつつも藤川さん一家は快適な生活を送っていた。

ある晩、隣の家から何か音がすることに気づいた。まるで台所で皿を洗っているかのようなカチャカチャという音だ。そしてかすかに話し声も聞こえてくる。

「何か隣から音か聞こえない?」と妻が言うと、藤川さんは「隣、空家だったよな?」と言いながら、窓を開けて様子を見てみた。相変わらず家に電気はついていない。誰もいる様子はない。窓を開けると同時に音も聞こえなくなった。

聞き間違いだったんだろう、ということにしてその時はあまり気にしなかったが、隣の家からの音は次の日も夜になると聞こえてきた。まるで家の中に誰かがいるような生活音が隣の家から聞こえてくるのだ。

不気味な家・・。夫婦はそう思い始めた。しかしこちらの家には別に被害はないし、ちょっと気持ち悪いくらいは我慢しなくては、と2人とも心の中で自分に言い聞かせていた。


しばらく経って、隣の家に本当に入居者が入ってきた。藤川さんの家にも、お隣さんということで引越しの挨拶に来たその家族は、みんな温和そうで感じのいい人たちばかりで、いい近所付き合いが出来そうだと藤川さん夫婦も歓迎した。

庭に出た時など時々顔を合わせては話すようになったが、それもつかの間で、隣の家族は日が経つにつれてみんながどんどん暗い顔になっていった。

ある日、隣の奥さんが悲鳴を上げて藤川さんの家に飛び込んで来た。事情をきけば家の中に得体の知れないものが出るという。何とかなだめて帰ってもらったが、この隣の一家はこれを境に大急ぎで引っ越していった。

隣は再び空家となったが、間もなく次の家族が引っ越してきた。しかしこの家族もすぐに出ていってしまった。その次も同様である。そしてまた更に別の家族が引っ越してきた。

藤川さんも「今度はいつ出ていくんだろう。」と隣の様子をうかがうのが習慣のようになっていた。


ある夜、深夜1時を少しまわったころ、藤川さん夫婦は隣の家から話し声が聞こえてくることに気づいた。話し声は隣の家の玄関前辺りから聞こえてくる。

何を話しているのかまでは聞き取れなかったが、妙に耳につく、うっとうしい声である。「こんな夜中に外で井戸端会議かよ。」そう言いながらも、これまでのことと考え合わせて不気味さも感じたので、家の雨戸を全部閉めた。

それまで雨戸を閉める習慣はなかったが、この日から毎日雨戸を閉めることにした。そして隣からの話し声は毎晩同じような時間になると聞こえてくるようになった。

数日後、妻が妙なことを言い出した。
「隣の話し声って、だんだんうちに近づいてきているみたい・・。」

そう言われれば以前よりも話し声が大きくなってきている。次の日には、まるで藤川さんの家の前で話しているように聞こえてきた。

そして次の日、今度は藤川さんの庭の中で話しているようだ。「勝手に人の家の庭の中に入り込むなんて冗談じゃないぞ。」そう思いながら、藤川さんはバットを持ってそっと庭へ出てみた。

だが、その瞬間、話し声はしなくなり、何人かいた人の気配も全部消えてしまった。「何だったんだ?」

訳が分からないまま、布団に入ると再び庭から話し声が聞こえてくる。庭へ出てみるとまたさっきと同じである。

隣の家には今、人が住んでいるはずだ。その人たち「人間の」話し声なのか、それともそれ以外の「人間ではないもの」の話し声なのか。


言いようのない恐怖がだんだんと増してきた。藤川さんは昼間は仕事に出ているのだが、ある日帰宅すると妻が「昼間も話し声が聞こえてくるようになったのよ!」と怯えた表情で訴えてきた。

それから2〜3日経った時、「家の中に入って来た!」と妻が叫んだ。だがそれは藤川さん自身も少し前から同じように感じていたことだった。

誰もいないはずの廊下を誰かが走っているような足音が聞こえてきたり、家のどこかからか話し声が聞こえてきたり、横の方に誰か立っているように見えたのでその方向に振り向くと誰もいなかったり。

そして藤川さんの子供が誰もいない空間に向かって時々話しかけているのだ。

ある日子供が、自分の一番気に入ってるおもちゃを畳の上に置いたまま横に立ってじっと見つめているので、何をしているんだろうと思って藤川さんが近寄ってみると、

「もう、返して!」と子供は何もない方向に向かって叫んだ。前から思っていたのだが、子供には私たちには見えないものが見えているのだ。

心臓がドクドクしながら藤川さんは
「誰と話しているんだ?」と聞いてみると、子供は
「ケンジ君。」と答えた。

「そんな人はここにはいないよ。」
「いるよ、そこに。ケンジ君が僕のおもちゃを取ったんだよ。」
と子供が言うので妻が

「はい、これはあなたのものよ。」とおもちゃを掴(つか)んで子供に渡そうとしたが、子供は
「まだだよ。ケンジ君が掴(つか)んだままだもん。」と言っておもちゃを受け取ろうとしない。

恐ろしくなった夫婦は子供を抱きかかえてすぐにこの部屋から出た。
別の部屋で子供に話を聞いてみると、あそこにはケンジ君だけではなく、ケンジ君のお母さんも一緒にいたのだという。

そのお母さんは、自分とケンジ君がおもちゃの取り合いを始めると、怖い顔をしてこっちを睨(にら)むらしい。


恐ろしくて、とても1人では家にいられなくなった妻は、藤川さんが仕事から帰ってくるまで近所の家にいたり出かけたりして極力家にいないように努めた。

しかしある日、集金の都合でどうしても家にいなければならない日があって、仕方なく1人で家にいたのだが、玄関から何か物音が聞こえてきた。

集金の人が来たのだろうと思って、玄関に出てみた時、ついに遭遇してしまった。

お父さん、お母さんらしき人と子供の3人が、藤川さんの家の中で輪になって立っており、お互いに何かを喋(しゃべ)っているのだ。

3人ともどこを見ているのか分からないような視線だが、高速で口を動かし、一生懸命に喋っている。後ろの方で怯えている藤川さんの妻に気づいているのかいないのか、そちらの方へは見向きもしない。

3人とも半透明であり、かすかに向こうの風景が透けて見えていた。そしてその話し声はこれまで聞こえていたものと全く同じだった。

恐怖に引きつり、声も出せないまま妻は裏口から出て家を飛び出した。


帰宅した藤川さんは妻と話し合った結果、もうこの家に住むのも限界だと結論を出さざるを得なかった。ローンを組んだばかりでやっと立てた家を手放すのは断腸の思いだったが、ここでは暮らせない。

藤川さんは次の引越し先としてアパートを借りた。そして引越しの日、最後の荷物を運び出してここを立ち去る時に、最後にもう一目だけ、かつてのマイホームを見ておこうと思って家に視線を向けた時、藤川さんも見てしまった。

部屋の窓から3人の親子が無表情でじっとこっちを見つめている。まぎれもなく、あの親子は家の中にいたのだ。

最初は隣の家に住んでいたくせに、いつの間にか藤川さんの家に引っ越してきていたのである。藤川さんは家を取られたも同然に、ここを立ち去るしかなかった。