Top Page  心霊現象の小部屋  No.87  No.85


No.86 偽装事故

これは昭和50年代に実際に起こった事件である。

ある日の深夜、一台の車が道路を走っていた。この車には4人人間が乗っていた。運転しているのは安藤という男である。助手席には森 優子という女性が乗っている。そして後ろ座席には川口(兄)と川口(弟)の兄弟が乗っていた。

4人は市内の居酒屋で飲み会をして帰る途中だった。当然全員酒を飲んでおり、運転している安藤もかなり酔った状態だった。

この当時は今ほど飲酒運転の罰則が厳しくなく、飲んで運転して帰るのはよくあることだった。安藤はこれからみんなを順々に家に送って帰るところで、まずは最初の目的地である森 優子さんの家を目指して走っていた。

市街地を離れ、車は住宅の少ない道路にさしかかった。深夜のため他の車もほとんどおらず、安藤はスピードを上げ始めた。


「安藤さん、飛ばし過ぎじゃない? 私、怖いわ。安藤さん、さっきまで結構飲んでたじゃない。」
森 優子が不安な顔をして安藤に語りかける。

「心配ないって、これくらい。飲酒運転なら慣れてるからな。」と安藤が返す。

後ろの川口兄がスピードメーターを覗(のぞ)き込み、
「おい、100kmくらい出てるじゃないか。俺だって怖いぜ。ここ、高速道路じゃねえんだぞ。」と川口兄弟もスピードを落とすように要求した。

安藤は「全く気が小せえなあ。」と言い返したが、その返事には力なく、目もトロンとして、今にも眠ってしまいそうな様子だった。

「危ない!」
助手席の森優子が叫んだ。道路は右カーブになっている。ウトウトしていた安藤はカーブに気づくのが遅れた。

「うわあぁぁっ!」
全員の悲鳴が上がる。

ガッシャーン!とすごい音がして車はガードレールに正面から衝突した。ガードレールの柱を引き抜き、車は道路外へ飛び出した。ガードレールの外は下3メートルほどある土手になっていた。

一瞬空を飛んだ車は下の地面に落下した。幸いにも地面から突き刺さるような形とはならず、何とかタイヤから地面に着地した。


「ぐああ・・。」何人かがうめき声を上げる。

「す・・すまん、大丈夫か・・。」運転手の安藤が声をかけた。安藤自身も顔面から血を流している。シートベルトは全員していなかった。

「何とか助かったみたいだ。」後ろの席の川口兄弟も重傷というほどではない。

「優子さんは?! 優子さん! 大丈夫か!」
安藤が声をかける。しかし反応はない。優子さんはフロントガラスで顔面を強打し、頭や顔が血まみれになっている。

何回も声をかけたが、まるで反応はない。

「死んでる! 優子さんが死んでる!」安藤が叫んだ。

素人判断なので、この時医学的に死亡していたかどうかは分からない。だが、他の3人は優子さんを死んだと判断した。

「どうする・・?」川口兄が不安そうに安藤に問いかけた。

「この車を運転していたのは優子さんだ! そういうことにしよう。」

安藤が叫んだ。

「何言ってるんだ、お前! 優子さんに事故の責任をなすりつけるつもりかよ!」と、川口兄が怒ったように言い返す。

「このまま警察が来てみろ。俺は飲酒で死亡事故を起こして刑務所行きだ。だが俺が運転すると分かっていて一緒に飲んでいたお前たちも罪になる。

お前ら兄弟、2人とも仕事はクビになるぞ。だが、優子さんは今日飲んだといってもビール一杯程度だ。ほぼシラフの状態だ。酔った俺たちの代わりに優子さんが運転していたということにすれば、みんな助かるんだ!」

「う・・。」

事実がバレれば仕事もクビという、その言葉に川口兄弟も恐れを感じた。
「分かった。そうしよう。優子さんには申し訳ないが。」

「よし、それじゃ優子さんの身体を運転席に乗せかえるんだ。俺は助手席に座っていたことにする。」安藤の提案に結局川口兄弟も同意することとなった。

3人がかりて優子さんの身体を運転席に座らせた。


入れ替え作業が終了したころ、パトカーのサイレンが聞こえてきた。誰かが警察に通報したようだ。

「よし、お前ら、警察に聞かれても、俺と優子さんが入れ替わったこと以外は全部ありのままを話せよ。『運転手は優子さん』、で押し通すんだ。」

「分かった。」川口兄弟も決心を固めた。

間もなく警察の他に救急車も到着し、4人の救出作業が始まった。しかし、運転席を開けた警察は、そこに何か違和感を感じた。はっきりとは言葉には出来ないが、正面衝突をした運転手がぐったりしているにしては、何か姿勢に不自然さを感じる。

事故車を見慣れている、警察ならではのカンだった。
「何か不自然さを感じるな。これは事故と事件と、両方の面から捜査する。鑑識さん、しっかり調べてくれ。」

現場の指揮官が指示した。

救出された4人はすぐに救急車で病院へと運ばれた。森優子さんはやはり死んでいた。フロントガラスに頭を叩きつけられ、首の骨が折れ、ほぼ即死状態だった。安藤は頭の怪我と肋骨(ろっこつ)と片足の骨折で入院、後ろ座席の川口兄弟は、2人とも打撲で済み、軽傷だった。

警察の捜査に対して安藤と川口は完全に口裏を合わせ、運転していたのは優子さんだと言い張った。


一通りの事情徴収が終わり警察が引き上げた後、川口兄弟は病室の安藤を見舞いに訪れた。

「お前ら、大丈夫だったか。変なこと言わなかっただろうな。」と安藤が聞く。
「ああ、大丈夫だ。運転手は優子さんで押し通した。だけど何か後ろめたい気持ちだな。優子さんに悪い気がして。」
と川口兄が不安そうな顔をして答える。

「バカ。バレたらお前ら兄弟も仕事はクビ、俺だって刑務所行きだ。優子さんにこのままあの世まで持って行ってもらうのが一番いいんだよ。」

「そうだな・・。」


「・・・・・・そんなことはさせない・・・・・。」


あれ?兄ちゃん、今、何か聞こえなかった? 女の人の声で『そんなことはさせない』って・・。」川口弟がびっくりしたような顔で兄に尋ねる。

「いや、聞こえた。女の人の声っていうか、今のは優子さんの声じゃなかったか?」

川口兄も驚いた様子だった。

しかし安藤がすぐに否定する。「そんな訳ねえだろ! 悪い悪いと思ってるから、そんな声が聞こえたように思えるんだ。自己暗示で全然違うことが、そう聞こえただけだよ! 俺には何も聞こえなかったぞ。」

「そうかなあ・・。まあ、とりあえず俺たちは帰るわ。明日また来るよ。」
そう言い残して川口兄弟は病院を後にした。夜はすでに暮れていた。


帰りの夜道も川口兄弟はさっき聞こえた声が気になってしかたなかった。
「兄ちゃん、本当にこのまま安藤さんの言う通りにするの?」
「しょうがねえだろ、あいつは友達だからな。それに本当のことをしゃべっちまったら、俺たちだって職を失うぞ。」

「そうだね。」
そんなことを言いながら、2人は住んでいるアパートに着いた。

自分たちの部屋に近づいていくと、ドアの前に誰か立っていることに気づいた。
「あれ?兄ちゃん、誰か立ってる。まさか警察の人じゃないだろうね。」

暗くてよく見えないが、近づいてみるとはっきりと分かった。
優子さんだった。優子さんがドアの前に立って、じっとこっちを見ている。

この間の事故の時、死体を入れ替えた時の状態のまま、頭と顔が血まみれで、なおかつ恨みのこもったような表情で川口兄弟を見ていた。

「うわあぁぁぁっ!!」

2人はびっくりして身体が硬直した。逃げようにも身体がいうことをきかない。恐怖に怯(おび)えながらも優子さんを見続けた。

次の瞬間、優子さんの姿はふっと消えた。
「い、今の見たよね。兄ちゃん。」
「ああ、俺にも見えた。間違いなく優子さんだ。やっぱり俺たちのやったこと、恨んでるに違いないよ。」

部屋には入ったが恐ろしくて仕方がない。電気を全てつけっぱなしにしてその日は寝ることにした。


一方、警察の方では事故車の調査が進み、不審な点に気づいていた。

運転席の座席がずいぶんと後ろに下げられた位置に来ている。普通、車を運転する前には、自分の身長や足の長さに合わせて座席の位置を前後させて運転しやすいように調節する。

この座席の位置は、背の高い者が運転していたとしか思えない。優子さんの身長は158cm。この座席の位置でも運転出来なくはないが、かなり不自然だ。それに対して安藤は身長175cmある。

そして決定的だったのは、助手席のフロントガラスやダッシュボードに飛び散っていた血液が優子さんのものと一致したことである。そして、運転席に飛び散っていた血液は安藤のものと一致した。

優子さんが事故の後に運転席に座らされたことは決定的だった。あの時運転していたのは安藤だと断定された。

素人がその場で思いついたような小細工など、捜査の専門家に通じるはずもなかった。


一方、川口兄弟にはまだ異変が続いていた。あの日、ドアの前に立っている優子さんを見たばかりだったが、あれで終わりではなかった。

兄がトイレに行こうと、トイレのドアを開ければ、また血だらけの優子さんが立っている。
「うわああっ!」

悲鳴を聞きつけて駆けつけた弟も同じように優子さんを目撃した。電源を入れてないテレビの画面にも優子さんの姿がたびたび映るようになった。

水を飲もうとコップを口に近づけようとすると、コップの水の中にも優子さんがいる。

「兄ちゃん、優子さん、絶対怒ってるんだよ!もう、警察に言って話そうよ!」

「駄目だ!怖い怖いと思っているから、そんなものが見えるんだ!いつかそんなものは出なくなる。それまでの辛抱だ。」

兄は出頭を頑(がん)として拒否した。


夜もろくろく寝られない川口兄弟は、病院の安藤に相談した。

「優子さんの幽霊が出るだと?見間違いじゃねえのか?お前ら2人がビクビクしてるから幻覚が見えるんだよ。俺にはそんなもの全然見えねえぞ。だいたい恨んで出てくるなら俺の方に出てくるはずだろう。

考え過ぎなんだよ。いいか、警察から聞かれてもあくまでもこのまま押し通せよ。」

安藤は念を押した。

しばらく経って川口兄弟も安藤も再び警察の事情徴収を受けた。

「運転していたのは安藤じゃないのか? 優子さんを身代わりにしただろう。もう証拠は出てるんだよ。これ以上嘘を重ねるともっと罪が重くなるよ!」

しかし警察の再三の取り調べにも、3人は一切事実を認めようとしなかった。

そしてある日の夜、相変わらず恐ろしい川口兄弟は部屋の電気をつけたまま、2人で布団を並べて寝ていたが、夜中にふと兄が目を覚ました。

「ん・・何時だ、今・・。」

何気に壁にかかっている時計を見ようとして目を開けると、自分の目の前には優子さんがいた。

優子さんは上半身だけで部屋の中を漂(だだよ)っている。事故現場の時の血だらけの顔が空中を浮遊していた。

「うわあっ!」

叫び声にびっくりして弟も目を覚ました。「ぎゃああっ!」と2人で悲鳴を上げた。

「・・・・・・私は運転していない・・・。」

幻聴かも知れないが、兄弟にはそう聞こえた。

「もう、限界だ!自首しよう。安藤は無視だ。警察に行って全部話そう。やっぱりあんなことするべきじゃなかったんだ!」

兄の意見に反対する理由は何もない。2人は揃って警察へ出向き、事実全てを告白した。早急に安藤も逮捕された。

結局、主犯格の安藤にところには優子さんは出て来ずに、川口兄弟の方へばかり出現した。

霊は見える人には見えるし、見えない人には全く見えない。ひょっとすると安藤の元にも出ていたのかも知れないが、安藤本人がそれに気づかず、川口兄弟だけが優子さんを感じてしまったのかも知れない。