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No.107 あの日の約束

千葉夕子さんは、20歳でOLをしている普通の女の子である。ある日の夕方、会社の帰り、いつもの駅を降りて自宅までの住宅街を歩いていると、後ろからパタパタと、足音が聞こえてきた。

それは大人の足音のようではなかった。歩幅が小さい、ちょうど子供が歩いているようなテンポの足音だった。別に道路を子供が歩いていたって不思議でも何でもないので、夕子さんは気にも留めずに家に向かって歩いていた。

角を二つ曲がったが、まだ足音は後ろから聞こえて来る。子供のようだが、あまりいい気持ちはしない。

「夕子ちゃん・・。」

突然後ろから名前を呼ばれた。びくっとして、夕子さんはすぐに後ろを振り返った。

しかし誰もいなかった。


「何、今の?確かに名前を呼ばれたような・・。それにさっきまでついて来てた足音の子供は?」

住宅街ではあるが、すぐに隠れられるような場所はない。それに声は耳のすぐ後ろから聞こえてきた。

気味が悪くなって夕子さんは足早に家に急いだ。するとその途端

「夕子ちゃん・・。」

また呼ばれた。また振り返ってみたが、また誰もいない。勘違いや聞き違いではない。ぞっとした夕子さんは走って家に帰り、すぐに自分の部屋に閉じこもった。



後ろに誰かいそうで怖いので壁に背をつけて座り、背筋がぞくぞくしたままじっとしていると、「チリンチリン」と、棚に置いてあった熊のぬいぐるみの、首についている鈴が風もないのに突然揺れて音を立て始めた。

再びびくっとして、熊のぬいぐるみをじっと見つめた。冷や汗がじっとりと出てくる。

そしてその直後、今度は「プチッ」と音がして、勝手にCDコンポの電源が入った。

「夕子ちゃん・・。」


今度はコンポのスピーカーから聞こえてきた。またあの声だ。スピーカーを通じているせいか、今までよりも大きく、はっきりと聞こえた。

「きゃあああ!」

パニック状態になって気が狂いそうだった。あまりにも恐怖を感じたためか、悲鳴を上げた瞬間、身体が硬直して動かなくなってしまった。金縛りの状態である。

部屋から逃げ出そうにも、全く身体が動かない。だが、この金縛り状態がしばらく続いたせいか、逆に段々と気持ちも落ちついてきた。

っきから名前を呼ぶ声に聞き覚えがある。誰だったか思い出せないが、随分前に自分はその人を知っていた気がする。

「誰だっけ、誰だっけ・・。」

必死になって思い出そうとするが、思い出せない。

「夕子ちゃん、どうして約束を思い出してくれなかったの?」

またスピーカーから声が聞こえてきた。これまでで、一番はっきりした声だった。

「きゃあああ!」

またも夕子さんは悲鳴を上げた。


「約束を思い出さなかったって、どういうこと?意味が分からない!」

夕子さんは、見えない相手に向かって叫んだ。


「約束」「聞き覚えのある声」・・必死に思い出そうとしていると、声の主はついに姿を現した。

それは夕子さんの目の前にぼんやりと、そして半透明で向こうが透(す)けて見える少女の姿だった。

その少女は泣きそうな顔をして、じっと夕子さんの顔を見つめている。

「私、あの日、約束の場所でずっと待ってた。」

少女が口を開いた。

「奈美ちゃん!奈美ちゃんね!」

思い出した。小学校の頃、一番仲の良かった奈美ちゃんだ。夕子さんといつも一緒にいて、何をするにも一緒だった。

夕子さんは小学校四年生の10歳の時まで北海道の小学校へ通っていた。そこで知り合ったのが奈美ちゃんだった。だが夕子さんは、小学四年生の時、お父さんの転勤で北海道から東京へ引っ越すことになってしまったのだ。

引越しの日は夏休みの最中の8月10日。引越しの前日、奈美ちゃんと夕子さんは小学校の校門前で最後のお別れをした。2人とも涙ぐんで

「また絶対会おうね!絶対よ!」と、奈美ちゃんが言うと

「10年後の今日、8月9日にまたここで会おうよ!そのころにはもう大人になってるから、私も一人で東京から来れるようになってると思うわ。」

「約束よ、絶対よ。」

2人はそう言って別れた。

しかし引っ越してから、最初はお互い熱心に手紙をやり取りしていたものの、その間隔も段々と長くなり、夕子さんが東京へ来てから3年ほど経った時、夕子さんが出した手紙に返事が返って来なかったため、文通もそのままになってしまっていた。

その後、高校、社会人となっていくに連れて、新しい友達も出来、夕子さんは子供の頃の約束などはすっかり忘れていたのだ。

全てを思い出した時、目の前の少女の姿どんどん透明になっていき、完全に消えてしまった。



「多分、奈美ちゃんはもう生きていない。」

この一連のことで夕子さんは悟った。間もなく会社もお盆休みになったので、気になった夕子さんは、10年ぶりに故郷の北海道へと帰ってみることにした。

奈美ちゃんの家は覚えている。空港に着くとすぐに奈美ちゃんの家に向かい、呼び鈴を押すと、奈美ちゃんのお母さんが出てきた。

小学校時代のことを話すと、お母さんも夕子さんのことは覚えてくれていたようだった。

「あの・・奈美ちゃんは今は・・?」

思い切って聞いてみると

「奈美は中学1年の時に大病にかかって亡くなりました。」という返事が帰ってきた。

「やっぱり・・!」


お互い中一の時といえば、ちょうど返事が来なくなって文通が終わった時期だ。おそらくその時期に入院が始まってそのまま亡くなったのだろう。


そういえば私の目の前に現れた奈美ちゃんは、中一くらいの姿だった。大人の姿ではなかった。

夕子さんとしては、環境も周囲の人々も変わり、子供の頃の約束などはすっかり忘れていたが、奈美ちゃんは中一の時点で時間が止まったのだ。その頃は、まだ別れた時の約束を強く覚えていた時期だ。

成長に従って友達も増えていった夕子さんとは違い、奈美ちゃんはその時までの友達が全てだった。

死後もずっとこの世をさまよい、おそらく約束の日、奈美ちゃんは霊のまま小学校の校門前で夕子さんを待ち続けた。だが夕子さんは姿を現さなかった。それどころか自分の存在さえも忘れてしまっていた。

奈美ちゃんは、私に対してどう思っただろう・・。そう思うと夕子さんはやり切れない気持ちに心が痛んだ。

夕子さんは約束の校門前に行き、心の中で奈美ちゃんに何度も謝り、奈美ちゃんのお母さんに案内してもらって墓参りをした後、東京へと戻った。奈美ちゃんはそれから現れることはなかった。



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