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No.109 あの時に盗られたもの

中本瞳さんは、小さい時から霊を感じやすい体質だった。

瞳さんが霊体験をし始めたのは小学生の頃からだった。その当時瞳さんの住んでいた実家は築50年以上という古い家で、その中の一室を瞳さんが使っていたのだが、瞳さんの部屋には、先祖が死んだ時に葬式に使った古い遺影がずらっと飾られていた。

もちろん毎日その部屋で寝ていたのだが、夜のなるとしょっちゅうベッドの周りの床から「手」が出てくるのだ。

うかつにベッドの外に自分の手などを出すと、その床から出てくる「手」に掴(つか)まれて引っ張られる。髪がベッドの外に出ると今度は髪を引っ張られる。

そうしたことがあまりにも頻繁(ひんぱん)に起こる。だが始めの頃こそ怖かったものの、あんまり回数が多いので、瞳さんも段々と慣れてきて、それは普通のことと感じるようになってきた。

だからあえて両親にもそういった話はしなかったし、あまり怖いという気もしなくなっていった。

ただ、やっぱり「手」に引っ張られると、うっとおしいので、引っ張られないよう、いつもベッドの中心にちぢこまって寝るのが習慣になっていた。



その後年月が経って瞳さんは成長し、高校を卒業して就職した。

就職先は実家から離れた会社だったので瞳さんは家を出て一人暮らしを始めることになった。ようやく実家に現れる「手」から開放された気分だった。

会社では中の良い友達もすぐに出来た。実家にいた時とは違い、平穏な日々が続く。そして就職してしばらく経ったある日、瞳さんはその職場の同僚の女の子と2人でドライブに出かけることになった。

目的地はある湖だった。

そこは自殺の名所としても有名なところで、更に過去には、その湖で女性の殺人事件も起きている場所だった。


もちろん2人ともそのことは承知の上だった。確かに不気味なところではあるが、その景観がすごく綺麗との評判だったので行ってみることにしたのだ。

湖畔に着いて歩いてみると確かに景色も水も綺麗で、自殺の名所ということなど、すっかりに忘れてしまうほどだった。

だがおしゃべりに夢中になり、会話の最中、瞳さんは、ついこんなことを言ってしまった。

「ここで殺された人とか自殺した人って、こんな綺麗なところで死ねたんだから、まあまあいい死に場所だったんじゃないかなー。」

幼い頃から霊感体質だった瞳さんは言った瞬間「しまった」と思った。今の言葉が霊たちを冒涜(ぼうとく)したことになるのではないか、怒りを買うのではないかと思ったのだ。



帰りの車の中でも自分が言った言葉がずっと気になっていたが、悪い予感が当たったような気がしてきた。

湖を歩いていた時には心地よい温度だったのに、車の中にいるにも関わらず体が突然、猛烈に寒くなってきたのだ。運転している友達も同じように感じているみたいだった。車の暖房を最大にしても寒くてしょうがない。

「何か変よね・・。何でこんなに寒いの・・?」

2人で寒さに震えながら、どうにか家まで送ってもらった。時間は夕方の4時になっていた。

「まさか、湖からあの世の人を連れて来ちゃったんじゃないかしら・・。」

一瞬、不安が頭の中をよぎった。

すっかり体調不良になってしまった瞳さんは、そのままベッドに入って寝ることにした。

そしてしばらく経ってふと目を覚まし、時計を見ると、夜中の0時になっていた。

「ああ・・、もうこんな時間。8時間も寝てたんだ。」

起きようか、もう一回寝ようかと迷いながら、布団の中でウトウトしていた時、突然、窓の外から

「キャーっ!!」

という、空気を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。


瞳さんはびっくりして目が覚めた。


「何、今の・・。」

そう思った瞬間、今度は誰かが

「バン!バン!バン!」

と窓ガラスを叩いてきた。

窓の外に誰かがいる!

何か事件かも知れない。だが瞳さんは「巻き込まれたくない」という思いから、一切を無視することにした。

息を殺して布団の中にもぐり、ひたすら寝たフリをしてじっとしていたのだ。

すると突然、今度は玄関で足音がした。人が歩いている音だ。びくっとして、恐怖は頂点に達した。

さすがに自分の部屋の中に誰かが入ってきたとなると、もぐっているわけにはいかない。

顔だけ出して玄関の方を見てみると、知らない女が玄関から自分のいる部屋に向かってずんずんと歩いてくる。

「ヒッ!」

恐怖で体が硬直した。その入ってきた女は、瞳さんの引き出しや棚、押し入れなどを次々と開け始めた。

「何よ、この人!泥棒なの?!」

布団からは怖くて出られない。女はそこに瞳さんがいることなどお構いなしだった。

「ない・・!ないわ!定期がない!」

女は一人ごとを繰り返し、必死になって片っ端からいろんなところを開けている。

「定期って何よ・・。どういう意味?私、定期なんて使ってないわよ。」

一通り探し終わったのか、結局、探していたものは見つからなかったようだ。女はあきらめたのか、玄関の方へ歩いて入ってそのまま出て行った。

何事もなく終わって、瞳さんもほっとしたが、次の瞬間、疑問が頭の中をよぎった。

女が入って来た時も出て行った時も、ドアを開けた音が聞こえなかった。瞳さんは起き出して玄関を確認にいった。確かめておきたいことがあったのだ。

ドアのカギを見てみた。やっぱりカギはちゃんとかかっていた。

さっきのは人間じゃない女だった。幼い頃から霊にはある程度慣れていたとはいえ、瞳さんも今のはゾッとした。



翌日、ドライブに一緒に行った友達に会い、昨日のことを話題にしていると、友達が気になることを行った。

「あの湖で殺された子って、バスを待ってる女性だったんだって。それで殺された後にサイフとかいろいろ、カバンの中身も盗られちゃったらしいのよ。」

昨日、瞳さんの部屋に来たのは、その女性だったに違いない。

最初の悲鳴と窓を叩いたのは、襲われた時の再現だったのだろうか。そして「定期」というのはバスの定期券のことなのだろう。

まだ自分が死んだことに気づかず、彼女はあの湖のバス停の辺りをさまよっている。その女性はおそらく日常的に家と湖をバスで往復していたに違いない。

犯人に一緒に持っていかれた定期を探して、いつまでもいろんなところで定期を探しているのではないか。

定期さえあれば家に帰れると信じて、これから先も湖の周りや、ついていった人の家、どこでも手当たり次第に永遠に探し続けるのかも知れない。

幸い、瞳さんの家には定期がなかったためか、翌日からはその女は現れていないが、これからは死者の多く出ている場所には決して近づくまいと瞳さんも友達も誓った。



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