大東流 合気柔術の「武田惣角」、濡れ手ぬぐいで暴漢と戦う

昭和30年代くらいまで、 日本の武道家、特に空手や古流柔術、剣道などの達人たちは、常にハカマやズボンに手ぬぐいをぶらさげ、これを濡(ぬ)らして武器とし、あるいは身を守る道具としてよく使用したという。

「大東流 合気柔術」の中興の祖と言われる武田惣角(たけだ そうかく = 1860年 - 1943年)もその一人で、濡れ手ぬぐいでストリートファイトを戦った話が伝えられている。

ある日、惣角が大阪に巡回指導に来ていた時のことである。五人組のタチの悪そうな連中が、街中で若い女性を見かけては、からんだり下品ないやがらせをしたりしている。五人組みが、ある女性にからんでいる時、前の方から偶然惣角がやってきた。


惣角は身長は150cmくらいだったというから、このならず者たちもなめてかかったようである。惣角が止めに入ると、今度は五人組は惣角にインネンをつけ始めた。もちろん、それが大東流 合気柔術の達人・惣角とは知るよしもない。

惣角も血の気が多い人物だったというので、たちまちケンカになった。すぐに野次馬が集まって来る。5対1ではあるが、惣角は五人の攻撃を次々かわし、最初の一人を、合気上げ(大東流の技)の応用で投げ飛ばした。

「この野郎っ!なめたマネしやがって!」
相手のうち二人が刃物を抜いた。


それと同時に惣角も、腰に束ねていた濡(ぬ)れ手ぬぐい(風呂あがりだったと言われている)を右手に持ち、ムチのように振り回し始めた。 その手ぬぐいが相手の一人の足めがけて放たれ、見事に足にからみついた。惣角はそのまま相手を引きずり、川の中へ叩き落として刃物を一本奪った。

もう一人、刃物を持った男に対しては、手ぬぐいで腕に打撃を与え、腕を折ったという。兄貴分らしき男には、首に手ぬぐいを巻きつけて引っ張り、頭から地面に叩きつけた。瞬(またた)く間に五人組は戦闘不能になってしまった。

惣角の戦いを見た人の話によると、惣角は常に一瞬速く相手よりも動いて、相手の手足や刃物は吸い寄せられるように手ぬぐいの中に入っていったというから、相手の動きを瞬間的に予測する能力が相当長(た)けていたのだろう。

一説によると惣角の濡れ手ぬぐいの破壊力は、カワラ20枚を砕き、人間の骨を折り、頬(ほほ)の肉をそぎ落としたとも伝えられている。


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