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  このコラムは1993年から2005年まで手作りチラシ「MYDOやまます酒店です」に書いたものです。その後は左の「ちゅうぶラリン」にて25回にわたり「初心者のための日本酒講座」を連載しました。内容に関しまして正確ではないものもあるかもしれませんが、ご容赦ください。

TITLE リスト

「第8回小笹屋竹鶴呑切会」〜礼状より〜
引きこもりになってます
NY特派員K氏のレポート
焼酎蔵の憂鬱
酒の強さ
日本酒を愛でる
最近思う・・・
店長は商売上手!?
慣れれば「OK」なんだろうな、たぶん…。
雪印食品だけの問題なのだろうか?
立ち上がれ「鳥取県人」!
共通言語
ここは、「場末」さぁ
発禁!大放言炸裂!
自動販売機は、開店している時にしか使えませんよ〜〜
酒は働きの者へのご褒美

「第8回小笹屋竹鶴呑切会」〜礼状より〜

 

 9月12日に行なわれた「小笹屋竹鶴呑切会」の礼状が当日の写真と共に届きました。礼状に書かれている内容が実に共感できる内容でしたので、ここに公表させていただきます。(著者の許可済み)

 

 ・・・(前略)・・・

『単なる販促目的のきき酒会や接待の会にはしたくないという呑切会の主旨も、回を重ねるごとに、皆様により深く理解していただけるようになったのではないかと思います。というよりも、皆様とのやり取りの中から、この呑切会の方向が徐々に固まってきたと言った方が正確かもしれません。

 “顔の見える関係”という小笹屋竹鶴呑切会のテーマは、行き着くところは「人」であるとの考えに基づいています。稲を育てるのも、酒を造るのも、酒を売るのも、酒を飲むのも人間です。だからこそ、人間抜きで酒のことは考えられないのだと思います。人間同士の付き合いの中からしか、本当の「酒」は生まれません。私たちが目指すべきは、そういう、モノやカネの価値を越えたところにある酒なのです。

 私どもは、「人」を重視し、人と人とのつながりから生まれる力を糧として、これからも酒を造りつづける所存です。』

・・・(後略)・・・

 

 竹鶴酒造…今後もよろしく!(^.^)

                         どうりで、関東の某酒屋さん達がいないわけだ…。

引きこもりになってます

 

 お陰様で、ネットの販売はまぁまぁ順調でございますが…。

 その一方で、店売りおよび地元業務店さまに対する販売が大変苦戦しております。このホームページはみなさまに機会均等に公表していますから、情報の偏りは少ないかと思っています。(地元の方のメーリングリストご登録比率は低いですが)

 これは!と思って仕入れた商品のかなりの割合が県外へと流れていきます。

 

 いったい何故なんだろう?確かに商材としてはマニアックかもしれませんが(特に日本酒は)、決して悪いものを紹介しているわけではないと思うのですが。相性の良い料理や、味や香りの表現も身近な言葉でするように努めています。

 

 先日、地元の人が作っているホームページを見て、その理由らしきものが垣間見えたような気がします。そのページではここ倉吉近辺の美味しいもの、美味しいものを提供してくれる店を紹介してあります。いわゆる「グルメ系」と言いたいようです。ところが、中身を見てみると…何と悲惨な事でしょう。扱ってあるものが「B級グルメ」ばかりです。そして、そこが発信して得意?になっているのは「安くて量が多い、素材までは言及する事無し」なのです。

 そういえば、お酒に関しても心当たりがあります…あそこに良いお酒があるとの情報で、それが一体何かと探ってみたところ、なんと「5Lで2000円もしない焼酎」が良いものの正体だったのです。

 

 これではホームページに反応が無いわけです。当地の方々の多くは、安くて量が多くなければいけないのです。コストパフォーマンスがいくら優れていても、比較対象にするものを知らなければ、その意味がまったくなくなるわけです。あぁ、もう店頭に立つのが怖いです。怖くて怖くて、今日もパソコンの前に引きこもりです。


NY特派員K氏のレポート

 

 先日から、ニューヨークから日本酒に関するレポートを送ってもらっている「K氏」から、またまた考えさせられる、レポートが

届いたので、ここで紹介させていただく。
Gekkeikan USAに以下の質問をしました。

【原文】
I have two questions. First, does full amount of Sake produced by Gekkeikan Sake (USA), Inc. have no distilled alcohol added to it? Second, if no distilled alcohol is added to Sake, why?

According to your representation, Gekkeikan Sake (USA), Inc. produces Sake which is made with rice only; no distilled alcohol is added at all. On the other hand, in Japan, distilled alcohol is often added at the final stage of brewing for several reasons. Especially, most Sake produced by Gekkeikan Japan has copious amounts of distilled alcohol added to it at the final stages to increase yields (and to increase profit). 
So I would be rather surprised ifGekkeikan Sake (USA), Inc. produces Sake without adding distilled alcohol. This is why I 
have the above-mentioned two questions. I look forward to hearing from you. 

【和訳】
ご質問が二つあります。ひとつは、Gekkeikan Sake (USA), Inc. が造る酒の全量が蒸留アルコール無添加なのですか?二つめが、もし蒸留アルコール無添加だとすれば、何故ですか?

貴社のご説明によれば、Gekkeikan Sake (USA), Inc. は米だけで酒を造っております・・・すなわち、蒸留アルコールは一切添加されていません。一方、日本におきましては、いくつかの理由により、醸造過程の最後に蒸留アルコールが添加されることが少なくありません。特に、日本の月桂冠が造る酒の多くは、生産量を増やす為に(そして利益を増やす為に)、醸造の最終
過程において大量の蒸留アルコールを添加します。そのため、私は、もしGekkeikan Sake (USA), Inc. が蒸留アルコールの添加無しに酒を造っているとしたら、驚くべきことだと思っています。
これが、上記の二つの質問をさせていただいた理由です。
お返事を楽しみに待っております。

この質問に対し、以下の返事がまいりました。
(回答者はFlorence K. Moodyという人)

【原文】
Our domestic product doesn't contain added alcohol because, distilled products are taxed at a much higher level by the federal government. 

【和訳】
当社の米国内製品は、添加アルコールを含んでおりません。なぜならば、蒸留製品は、連邦政府により非常に高い水準で課税されるからです。(訳者注:蒸留アルコールそのものの税金が高い〜よってアル添した方がコスト高になる〜から添加しないのか、蒸留
アルコールが添加された製品にかかる税金が高いのかは直接読み取れないが、アル添した最終製品が割高になるということは間違いない)

どうですか。利益最優先って思想に基づくと、結果として米国においては純米酒しか造れないという、非常にねじれた現象が生じています。
このねじれ現象、日本における酒税のあり方のおかしさに起因してますよね。こっちの考え方の方が、よほど分かりやすい。合理的です。
醸造酒と、醸造酒以外は別物という当然の捉え方をしていますから。味は別として。こういうことを意識している日本人って、ごく少ないんだろうなあ。なんか、すごーく複雑な思いです。社会システムによって酒の造り方が変わるなんて。日本においてあるべき姿が日本になく、何も知らない米国に何も知らないがゆえに日本(酒)のあるべき姿がある。。。なんとかならんもんですかね。










店主による補足
…蛇足とも言う。(^^ゞ
              ↓↓↓↓

アメリカではアルコール添加酒は日本でいうところのリキュール類と同じような扱いになる。

 レポートの月桂冠からの答えだと蒸留アルコールに対する税率が高くそのために、アルコール添加酒はコスト高になり、高く売らなければならないようですね。

 日本でもし、アルコール添加酒がその本質通りの「リキュール類」に分類されたら、今の度数では、やはりアメリカと同じように「清酒」の税率より高くなります。

 醸造酒に、添加物を加えてあるのだから、混成酒つまりリキュール類とした方が、日本人にも海外の人にも、よりわかり易いのであるが、やはりアル添酒中心の大手にとってはやりにくいのでしょうね…。

 今、日本酒蔵がこれ以上減らないようにするには、世界進出も視野になければならないはず。それなのに目先の利益にとらわれ、決して海外では理解されない混成酒まで醸造酒の分類にいれていてはかなわぬ夢である。

 間違えないで欲しい。

 ここでの理論は、アル添酒をなくせという事ではない。分類を変えないといけないのではないかという事です。

 ただ、純米とほぼ変わらない値段のアル添酒をそれでもありがたがって飲むのか?それは、私には理解できない。        店主
 

 ずんぐりして見えるのは、写真の所為ではなく、これはマグナムボトルつまり、1.5L入りだからです。


焼酎蔵の憂鬱

 ここに書くのは焼酎が売れて売れて、生産が追いつかないという話ではない。

 数年前からの焼酎ブーム、全ての蔵がその生産体制を見直さなかったなんてことは考えられない。では何故、需要にこたえられないのかをお話しようと思う。

 
そう古くは無い昔、焼酎の蒸留粕、廃液などは海洋投棄が許されていた。これは1996年のロンドン条約の産業廃棄物の海洋投棄禁止の実施に伴い、猶予期間を経て2001年に全面禁止となったわけであるが、なんと言い出しっぺは日本だったようだ。元専門家に伺ったところ、当時の日本の焼酎廃液量を全て海洋投棄しても自然の回復力を脅かす量では全く無かったらしい。現在の需要に応える為の量にしてもそれほど問題にはならないようだ。

 
海洋投棄ができなくなり、業界では焼酎粕を飼料にしたりサプリメントにするなどの研究にはいった。また、排水処理施設を設けて対処した所もある。しかし、その廃水処理施設にしても、絶対に安心というレベルの物は未だ完成しておらず、いつ政府から改善命令がくるかわからない状態なのである。処理施設がもてなかったところは、産業廃棄物業者に引き取ってもらっているわけであるが(その後はどうなるのか私は知らない)当然お金のかかることである。

 原料が米の場合はかなり研究が進んでおり、リサイクルされている。調味料になったりして新たな商材にも変化した。しかし、殊原料が芋となるとそうはいかない。一番に違うのが繊維質。これが現在の排水処理施設でも目詰まりの原因である。そして、また芋の場合すぐに腐敗臭が漂い、周辺住民にも迷惑をかけることがある。

 
バイオテクノロジーの一つの分野、「麹菌」による分解の研究もなされていた様であるが、この研究を中心になってしていた人物がとある酒蔵の専務になってからは、その研究を引き継いでいる者がいないということである。

 当店が取引させてもらっている蔵では、先にあげた産業廃棄物処理業者に引き取ってもらっている。その蔵も現在飛ぶ鳥を落とす勢いで、販路は拡大している。しかし、産廃業者にも受け入れ限度があるらしく、ちゃんとお金を支払っても全量処分してくれないようだ。生産能力は今の2.5倍の能力がある蔵なのだが、廃液処理に困っているのである。今、ブームであるからといって排水処理施設を新設しても、その金額が半端でない為に、投資した設備費が元が取れるようになるかが心配という。また、前述の通り、完成した処理施設にいつ改善命令がくるかもわからない。(御上の仕事とはいつもそんなもんだ)

 
あくまで、今の需要はブームである。まだまだ本物と言い切るには疑問点が多すぎる。「焼酎バブル」とまで呼ばれているのであるから、その泡がはじけるのを恐れるほうが自然だ。もっと、旨い焼酎を飲みたいあなたは、今の焼酎の価格が跳ね上がっても愛飲してくれるだろうか?心から愛するあなたは一本に付き数百円カンパをよしとしてくれるだろうか…。

酒の強さ

 8月下旬、東京新宿京王プラザホテルにて、第14回蔵元交流会が開催された。初日幹事会と2003純米酒宣言プレス発表、二日目きき酒と講評、三日目セミナーと燗酒楽園パーティが行なわれ、まことに忙しい日程であった。この中で、地方の酒屋である私にとってはやはり「きき酒」がメインの仕事であった。

 出点数は吟醸系が59点、精米歩合50%より黒い物(磨いていない物)が63点の計122点であった。自分が採点、寸評した物を講評で先生方のコメントと照らし合わせるのである。数年前までは先生方の寸評、評点に近づく事を目標にしていたように思うが、ここ数年はちょっと違ってきている。それは闇雲に自分の評価だけを過信するのでは無く、先生方の「クセ」や「特徴」を頭にいれて、自分ならこう評価するというように変化していったのである。(これが過信かもしれないが)


 先生の特徴やクセと言ったが、これは一回や二回でつかめる物ではないと思う。誰にでも好き嫌いがあるように先生にも敏感な部分とそうでない部分があるということに気が付くかどうかだ。一方先生方も何度も同じ席できき酒をするものだから、私のクセなどとっくの昔に気が付いて「山枡よ、お前の好きな酒があるぞ」なんて声をかけられることもしばしば。


 ここ数年で私のきき酒で劇的に変化したのが「酒の強さ」に対する見方である。以前はそれが若くて渋くても、きれいさ(曖昧な表現だが、透明感とでも言い換えることができるだろうか…)と将来性を買ってよい点数をつけていた。そこには自然から賜った穀物本来の味の複雑性や、腰の座った強さはあまり評価の対象に無かったと記憶する。だからどうしても吟醸系のお酒に偏った評点をつけ、周りから「酒ロリコン」とまで呼ばれたのであろう。今はどうなのか、細かく説明すると何文字あっても足らないので、大まかに言うと、歳の所為か、渋くて挑んでくるお酒にはそこそこの点数、円熟さを加えたお酒のほうに高評価を下す。どちらも、「酒が強い」ことには変わりがない。これは一貫している。


 さて、この「酒が強い」って一体何なのだろう?自分で言っておいて問い掛けるのも妙な話であるが、この言葉は酒の勉強中(現在進行形だが)に教わった言葉である。先生や先輩、杜氏さんのいう言葉を実証して、理解しているつもりではあるが、自分の言葉で表現した事がなかったのに気が付いたのだ。お燗をして崩れない、熟成に期待感がある、割り水に耐えうる、こんなところだろうか…。いや、これでは何かが足らないように思えて仕方がないのだ。ここには大らかさとか、包み込むような優しさ、無限の広がりなどが表現しきれていない。


 酒の強さとは「生命力」と言い換えることができるのではないか!これに基づけば、熟成途中に息絶えるものは削除され、包容力が表現されると一人納得。おまけにわざとらしい香りがあるものはクローン生物が如く(クローンを例に出したのはバイオテクノロジーで酵母を作り出していたりする事から)命短し、食品添加物を加えた物は(法律で許可され表記の義務が無いもの)その物の生命力とはかけ離れ、無理に濾過した物は(無濾過が絶対良いとは言っていない)身が細り、その抵抗力に欠け、吟醸香(または吟味)だけ突出した物はまるで私のように(嘘!)ええとこのボンボンで急激な環境変化にはついていけず死んでしまう。初めから死体の組み合わせのようなお酒は論外である。


 現在、市場でもてはやされているお酒には実はこの死体の組み合わせ酒や死に体のものが実に多いように思える。無濾生過原酒でも自然からもらった生命力に満ちあふれたものは数少なく、人間の小賢しさで無理に「今飲める」酒に変えられ、命を絶たれているものが当たり前になっている。裏返して考えれば、そんな人間が増えていることが原因でもあろうが。


 今回、きき酒をして、幸運な事に取り扱いの蔵元のお酒は総じて高得点をつけることができた。(やっと、普段着のきき酒ができた!)生きている、生命力のあるお酒だ。
なかに、一点だけ存分な生命力を訴えかけているのに、品温がそのお酒の良さを充分に引き出していないが為に、随分迷った物があった。後にお燗してきき酒したところ、その滋味とまるで時空を越えるかごとき味の広がりに魅了された。
 今度、この蔵に行ってみよう、生命力を授かりに…。


日本酒を愛でる…

 日本全国、たくさんの「地酒屋」さんが存在する。そして彼らは日々、より良い日本酒を販売する事、またよりよい日本酒を蔵元に造ってもらう事に心血を注いでいる。私もそんな彼らの一員でありたいといつも思っている。消費者の皆さんにより旨いもの、より品質の優れたものを味わってもらう為に、お店で無料試飲して頂いたり、足らない言葉を駆使して何とか思いを伝えようと苦悩の日々である。

余談かもしれないが、無料試飲で皆さんに飲んで頂いているお酒は、別に蔵元さんから無料で分けてもらったものではない。店主が身銭を切るか、「試飲に供す」ということで経費として落としているはずである。そんな、試飲に供するお酒は、ひょっとすると皆さんが普段飲んでいらっしゃるお酒よりも数百円、場合によっては数千円高い物であったりする。経費だから、身銭だから腹は傷まないなんて事は無いと理解してもらいたい。それは、その1本を開ければ、その後、最低4本から5本は売っても利益はでないからである。日本酒や焼酎は一升瓶入りでだいたい1ケース6本入りだから、1本の試飲で1ケースはタダ働きになる。それでも「良いものを紹介したい」「せっかくお金を払ってもらうのだから納得して買ってもらいたい」という気持ちがその1本の封を切らせるのである。

話をもとに戻そう。

全国に点在する地酒屋(と看板があがっているからと言って全てが本物ではない事は既に消費者の皆さんがお気付きのことでしょう)はその試飲の機会をもっともっと増やそうと、「○○の会」と称してチョッピリお客様にもご負担を願って旨い酒を飲む機会を作っていらっしゃる。…と、他人事のように書いたのは私が大人数でお酒を飲むのが苦手なので、全くそういった会は開催していない…一度そういった会に出席された方はお分かりでしょうが、あれだけの数のお酒、またはあれだけの合計金額のお酒を数千円で飲めるのであるからとてもお得なのである。

色々な会の進め方がある。美味しい料理を食べながら日本酒を愛好する会、真剣な眼差しであたかも格闘するかのように「きき酒」に没頭する会、蔵元や杜氏にも来てもらい造りの風景や、人物像を肴に飲む会、またはそのあわせ業の会など様々である。(幻の酒だなんて言って飲ませる会はほぼニセモノ地酒屋がやっていると思って間違いないのでご忠告申し上げておきます)

当店のホームページの作品集をご覧になったことのある方はご存知でしょうが、私は極たまにですが日本酒のラベルを作ったりもしています。このお酒は何を表現したいのか、どんな風に描けばこのお酒を特徴的にあらわす事ができるのか、他のラベルと比べて個性的であろうか、杜氏さんや蔵元さんの思いが伝わるかなどを考えながら作っているつもりです。ラベルを作る本人がこんな事を言うのはなんなのですが「酒はやっぱり中身が大事」です。どんなに美しいラベルや容器に入っていてもそれは良い酒の保証にはなりません。(コレクターには別でしょうが)

各地で開かれる日本酒の会には「先入観を持たないでお酒を味わって欲しい」という主旨から、新聞紙などで巻いたお酒をお客様に飲んでもらい忌憚の無い意見を交換している会も見受けられる。それをすると意外な結果が得られる事もよくあると聞く。それまで「新潟一番、他は全部ダメ(ちょっと抽象的に書いたが本当は銘柄がはいる)」なんて言っていた人が、一番不味いと言ったのがこれまで一番だと言っていたお酒であったりすることがよくあるのだ。(よくあることなので決して恥ずかしい事ではないですぞ)意識改革、先入観からの離脱には大変有益な会であろう。

しかし、ラベルだって心があるのだ。特に自分が作成した物には人一倍思い入れがあるものだ。ラベル作成会社が作ったような既存の物を貼り合せたものとは違うのである。先に書いたように、それを飲み、それを売り、中身もわかり、造り手の気持ちもわかって作成したラベル…。それは中身と一体になっているのである。気持ちのこもらないラベルならば無くても良いと思う。だが、少なくとも本業の手を止めて、あらためてそのお酒を飲み心を酒蔵まで飛ばして一心に集中して描き上げるラベルは「味の一つ」だと主張したい。

 一言:偉そうにラベルかくして飲むんじゃねぇよ!隠すのなら作者に一言断わってしかるべきなんじゃないのかい?俺の作ったラベルを隠されると悲しいんだよ。

最近思う・・・

 山陰東郷(特別純米)を取り扱うようになり、今、壁にぶち当たっている。何の壁か・・・それは、未だに「大吟醸で賞をとればお酒が売れる」という妄想から抜け出せない蔵元、従業員である。加えて杜氏までもが少なからず同じ考えを持っている。杜氏として腕の見せ所という意味がわからないではないが、そんなに磨いたお米で「誰も口にすることの無いお酒」を造っている暇とお金があるのなら特別純米クラスのお酒にもっと、もっと尽力してほしいものである。

 そもそも、吟醸酒が持て囃されるようになって20年は経つが、日本酒全体の消費量は伸びてきてはいないのである。一般の商品であれば、そんなに長い時間成績を上げない作戦をとり続けるだろうか?答は間違いなく「否」である。もういい加減に方向転換しても、誰も非難しやしない。

 いわゆる先生方も、吟醸系の酵母の研究などもう一部に留め、真に売れる日本酒とは何かを考えるべきではないだろうか?確かに、一部吟醸酒フェチがいて「偉そうに日本酒のことを、さも知っているといわんばかりに語っている」が、それは全体の何割いるのだろうか?本当に酒好きと言われていた人間達を、ともすれば無視し続けたのではないだろうか。一升酒も平気で飲んでしまうような人達、何が何でも日本酒といってくれる人達、朝から晩まで(アル中は困るが)日本酒を飲み続ける人達が果たして「吟醸酒とは…、カプロン酸がどうのこうの…」なんて言うか?

 日本酒業界は、「8:2」の法則(2割の人間が8割の売上を維持している)を実践した事があるのか?20年前に、本当にたくさん日本酒を消費してくれていた人の志向を考えての商品開発をしてきただろうか…。アルコール消費人口の全体に対して、シェア率を伸ばそうと躍起になってきたのは理解できるが、それが吟醸酒では望めない今、もう一度原点に帰り、「今飲んでいる人をもっと深く掘り下げてはどうだろうか」。

 吟醸酒が生み出した世界…熟成を無視しやたらと早飲みの酒が世に出回った。吟醸香がありさえすれば良いとズル賢い者は、混ぜ物によってその香りを創り出した。淡麗な飲みやすさを追求するあまり日本酒らしさを失い、米で出来ていることも感じさせない味わいは、いったんは日本酒の世界に入り込んだ人間をいとも簡単に他のお酒に奪い取られている。米の味わいを無視した日本酒はチューハイ、ワインにいとも簡単にアルコール消費者を差し出しているのである。


 今、2割のマニアな人間は、吟醸至上主義ではない。もし、このまま吟醸という言葉を残すのなら、もっと高い次元、誤魔化しの効かない【米を感じることのできる深い味わい】にこそ、使うべきだ。



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店長は商売上手!?


 私は店員です。(って言っても一人しか居ませんけど)そんな私から見て、店長は「これでいいのかしら?」と思わされることがよくあります。
 そうそう、今日もこんなことがありました。

お客さんA「お酒が好きだった故人に鳥取のお酒を供えたいのですが。〇〇大吟醸生酒300mlは、どうでしょう。お供えをするのでサイズはこのくらいのが良いです。故人は鳥取県のこの辺り出身だから、なるべくこのあたりのお酒をお供えしたいと思います。」

店員(私)心の中で…あっ!あのお酒だ。お客さん地雷踏んじゃったよ。あれ店長の嫌いな酒なのに…

店長「あぁ、そのサイズですかぁ。こっちは生で要冷蔵ですし…。そちらも、生ですが、変質してもそれ以上不味くなることはございません。正直、マズイです。好きな人もいますから扱っておりますが、私は絶対にお勧めできません。私が死んでこのお酒を供えられたら、必ず化けて出ますよ。それなら、△△の上撰ワンカップにされた方が故人も喜ばれると思いますよ。」

お客さんA「そうですか。〇〇大吟醸生酒300mlは、どうでしょう。お供えをするのでサイズはこのくらいのが良いです。故人は鳥取県のこの辺り出身だから、なるべくこのあたりのお酒をお供えしたいと思います。」

店員(私)心の中で…あっ!あのお酒だ。お客さん地雷踏んじゃったよ。あれ店長の嫌いな酒なのに…

店長「あぁ、そのサイズですかぁ。こっちは生で要冷蔵ですし…。そちらも、生ですが、変質してもそれ以上不味くなることはございません。正直、マズイです。好きな人もいますから扱っておりますが、私は絶対にお勧めできません。私が死んでこのお酒を供えられたら、必ず化けて出ますよ。それなら、△△の上撰ワンカップにされた方が故人も喜ばれると思いますよ。」

お客さんA「そうですか。〇〇大吟醸生酒300mlは、やめます。ありがとうございます。」

店員・・・〇〇大吟300mlの方が高かったのに、でも店長なら化けて出るくらいじゃおさまらなくて怨霊になるよな。…いつものこの調子。儲けてよ、もっと!!

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お客さんB「結婚のお祝いにワインとグラスのギフトを贈りたいのですが。」「あまりワインには詳しい方ではないですし、普段飲みません。」

店長「それならば、ワインギフトは、飲みやすいタイプのこのドイツの物が良いでしょう。贈られる方が、よくワインを飲まれる方なら、そのワインが甘かろうが、酸があろうが、そのことを理解して、それにあわせた飲み方が出来るでしょうから…。そうじゃないご様子ですので、無難を求めてこのすこし甘いタイプにいたしましょう。お若いようですし・・。グラスも有りますが、贈り物には合わないと思います。ここにあるものは、パントリーなどで用意するもので、割れたらハイ次、というようなクラスのグラスですから。こちらのペアグラスギフト(4000円)が有りますが、当店でお買いになるワインよりグラスの方が高いのはどうかと思いますよ。他の専門のお店で買ってください。その方が、同じ値段でもきっといいものが見つかると思います。」

お客さんB「そうですね。その方が良さそうですね。」

店長「ご予算も余ったことですから、その結婚される方を、お誘いして飲みに行くときの足しにしたほうが良いかもしれませんよ。たまには出たいみたいですから。」

店員…ワインギフトをラッピングしながら、ペアグラスの方が高かったのに…。

お客さんB「ありがとうございます。誘って飲みに行こうかな。」ラッピングしたギフトを手に嬉しそうに帰られました。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

店員・・・店長って、とっても商売上手?高い物が売れたのに。

でも、買って頂いて満足して頂ける物を売りたいよね。店に、入って何も言わずに迷っているなら、一言聞いて下さい。店長が、あなたの思いを満たします。たぶん。  店員談



慣れれば「OK」なんだろうな、たぶん…。

 あまり、酒を飲まなくなって久しい。この夏はさすがに暑くいくら冷房を効かせて走っているとはいえ、滲み出た汗が蒸発しているにすぎない事は帰宅後の喉の渇きが証明していた。こんな日は仕事上がりに冷えたビールをコップ一杯、いや、昔なら1Lくらいは欲しいところである。

 しかし、今年は我慢した。始めは我慢したと言うのが正しいかも知れない。アルコール類を控えていた為、ノンアルコールビールを飲んでいた。しばらくの間は薄くて飲めたものではなかったが、何もないよりは、また、甘い炭酸飲料を飲むよりはましだろうと思い、せっせと飲んだ。やがてのころ、会合に出る機会があり、…それでもお茶を飲んでも構わないわけだが…ビールを口にする事となった。欲しかったはずのビールは何処か重く、爽快感がない。こんなに味の多いものだっただろうか?小ぶりのジョッキ二杯でもう体が拒絶し始めている。体調も良くないのかもしれないが(別段、悪くはないがそうとしか考えられないくらいなのである)、生ビールを重く感じるのはどうやら普段飲んでいるノンアルコールビールが原因のようだ。決して自分自身の基準で言えばあんなもの美味いわけがないのに…。

 発泡酒が売れている。と、言っても馬鹿売れしているのではなく、ビールから発泡酒への乗換え組みが多いだけである。あんなもの何処が美味いのか理解できないが、これだけは言えるだろう。「慣れ」だ。慣れてしまえば、発泡酒の薄さでも我慢できるようになり、基準を失ってしまえば、発泡酒の方が飲みやすく、美味しいのかもしれない。どうだろう、酒屋がこんな事言うのは変だが、いっそのこと「もっと安い」ノンアルコールビールに代えては如何かな。よりあっさりして、肝臓への負担もなく、当然家計への負担も軽減される。ビールの旨さを忘れないで、今の自分に合おうがあわまいが、人に伝える時「ビールの方が発泡酒よりうまく、発泡酒の方がノンアルコールビールより多少味がある」と言えるならば。

 人の舌は思い込みと、マス(メディアや群集)にも左右される。新潟のお酒だから旨いとか、マスコミで取り上げているから素晴らしいとか。(ここ倉吉の場合は、メディア情報さえも遅れるが…)そして、一旦旨いのであると外部からインプットされ信じてしまった場合は容易にその呪縛から逃れられないようである。またさらにこんな不景気な時代に冒険しようという人間は少なかろう。より多くの人から支持されていると思われる(あくまで思われるのだけなのだが情報が少ない地域ではそれがあたかも全ての人間になどともとられがちである)、安全な(これまた疑問である)物にしか手を出さないもの。それが「酸味料・香料・なんとかエキス etc」など正体不明の原材料がかかれていようとも無関係になる。挙句、いい年をこいたおっさんまでもが缶チューハイレモンだの、巨峰だの飲みはじめる。そして、慣れる。慣れれば、我が世の春だ。知らんぞ、糖分摂りすぎで肥満や糖尿になっても。

 食品業界の不正表示事件など、不正表示であったことに気が付くのは「舌」ではない。(先日のお米の不正ブレンドは舌が見抜いた見事な?事件だったが)慣れて、それでも旨いと思っていたのだから、膨大な量を消費しない限り体に悪影響がないのだから、あそこまで騒ぎ立てるのもどこか妙な気さえする。妙に思うだけで、食品会社の見方をするつもりはないことは明言しておく。しかしながら、缶チューハイ等の合成酒(酒税法上では違う)がこの世に誕生してまだ長くはないのであるから、これからどんな悪影響が生じるかわかった物ではない。発泡酒もしかり。おまけに、あれほど大雑把な記述で安心するものなのか?産地表示くらいで(当事者の皆さんには失礼する)大騒ぎするが、安全な肉ならどこ産だって、いいのかも知れない。その食味も区別つかないで食べていたのだから。

 今、焼酎業界ではちょっとした波乱が巻き起こっている。私としてみれば「それ見たことか」と高笑いではあるが。

 まずは、魔王。やっとのことか…という感想はあるのだが、ついに「砂糖を入れすぎて焼酎と認められない」ということで製造が中止されている。国税局からのストップだと聞いている。以前にも言ったが、初期の魔王は古酒で、確かに一目置ける焼酎であったが、古酒がなくなり経営者が代わってからは全く別物になっていたのに、熟成による旨みと砂糖甘さの区別のつかない人たちの間でプレミアが付くくらい人気が出ていた。頭の中では「魔王は旨い。マスコミにも取り上げられているから旨い。飲みやすいからいいのだ。こんなに高いのだから不味いわけがない。」と魔王信者はあくまで肯定していたはずである。いまでもそんな残党が、「おいしいと感じればいいじゃないか」と捨て台詞をはいている。

 そして、ちびちび。代表銘柄は「宝山」かな?まったくもって焼酎らしくない焼酎であった。だから私は初めてこの蔵のシリーズを飲んだときから「キ・ラ・イ」。このちびちびは「バニラのような香り」が特徴の芋焼酎である。そりゃ、そうだよ。バニラエッセンスがはいっているのだから。以前から、業界内のまともな人間の間では変だ、変だと言われていた。なかには、「特別なことやっている」と言い切っている人もいた。そして、国税局からの製造中止命令。ばれたんだな、つまり。誰かがチクったとか言われているが、そんなことどうだっていい。頑なに拒みつづけた甲斐があったというものだ。他にもチョコレートの香りがする焼酎が同じ蔵にあるが、怪しいものだ。

 最初から、すだち酎のように、バニラ酎、チョコレート酎にすれば、税法上は問題なかったのだろう。しかし、さも革命児のように特別扱いで取り上げていたマスコミや、『専門店』様はどうなさるおつもりかな?すだち酎はリキュール類だから焼酎専門店様には置かなかったわけだが、これからはしっかり仲間入りさせてやるのだろうな。プレミアの上にプレミアをつけて提供していた「味のわかる」お料理屋様は、すだち酎もこれからは同じ扱いをされるのかな。

 焼酎や日本酒に表示以外の食品添加物も含まれている物があることは知っておいて欲しい。前述の蔵元に「こうすれば売れる」と指導していたのは、今、すごくプレミアのついている某日本酒の蔵元であることも。そしてその許認可される添加物の種類はどんどん増えていることも頭に入れておいて欲しい。あてになるのは、自分自身の舌と人間性のしっかりした蔵元と、そして真剣な酒屋であることも。

  

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雪印食品だけの問題なのだろうか?

 雪印食品がついに解散に追い込まれてしまった。

 産地表示の偽造、賞味期限の偽造など、食品業界でこれまでにもあったことは、誰でも気が付いていたことであろう。

 例えば賞味期限。スーパーの特売品など疑った方がよいというのは誰でも経験から感じ取っていたことに違いない。前日の「時間特売」で残った商材の賞味期限、または製造年月日などを操作した痕跡を発見したことは?

 話はそれるかもしれないが、この賞味期限は品質保持期限とほぼ同格に扱われている。しかし味が多少変化しても食べられる物は品質保持期限で表示してもらいたいものである。変化によってより一層美味しくなる物まで賞味期限で区切られてしまうと、あたかも品質そのものまで「終わりだよ」といわれているようで、納得がいかない。チーズなんて、あんなものは自分の好みの熟成度合いがあるのだから、いちいちメーカーに何時までに食べないと美味しくなくなるよなんて言われたかぁないよ。

 今回の雪印食品の問題で、次々に問題が発覚しているが、よく考えれば、ある意味、それだけ産地なり原材料なりが明記してあるから、発見しやすいのでありはしないか?

 海産物はどうだ?鳥取沖で獲れた紅ずわい蟹だけが「松葉蟹」となっているのだろうか?確かに関鯖などは厳密に捕獲場所が決まっているようだが、あんなに沢山獲れるものだろうか…。鳥取県の某漁港で、鮮魚業者が、松葉蟹につける「鳥取県産松葉蟹」の符牒を拾い集めていたそうだ。たぶん韓国産の蟹にその符牒をつけて高く売りさばくつもりなのだろう。

 お米はどうだ?魚沼産コシヒカリの名前で売られているお米は、果たして本物か?精米した場所が魚沼で品種がこしひかりなら他で生産したお米でもその名前がまかり通ると聞いたことがある。今でもそうなのだろうか。

 さて、一方加工食品となるとますますわけがわからない。調べようがないと言った方がいいのかもしれない。

 原材料名はそれぞれ書いてある通りだとしても、どこの産地の物なのか、皆目見当もつかない。地方のお土産物屋で買った、地元名産○○まんじゅうなんて、本当に地元名産と謳うだけの根拠があるものは数少ないのではないか!地元名産なら地元産出の原料、補助原料(調味料など)を使ってしかるべきなのだが。

 こうして、書いているのはどこに話をもっていきたいのか、薄々はおわかりか?

 ただ、これから先を書くにあたり、不安な点がある。それは、こんなこと書くと日本酒全体を見た場合の人気(ありはしないだろうけれど)が落ちてしまうのではないかという事。やはり日本酒はええもんだぁ、と言ってこちら側に目を向けてもらうことが先決かもしれない。日本酒サービス研究会酒匠研究会連合会のきき酒師連中はこちらの立場、つまりなんでもかんでもエエもんだの立場をとっている。

 ただ、人気者になって仕舞ってからでは、「実は…」なんて言い難いんじゃないかな?
 ということで、やはり、思い切っていうべきであろう。断わっておくが、これは決してすべての日本酒に当てはまるものではない。

 日本酒の原材料表示はご存知であろうか。 米・米麹・醸造用アルコール・酸味料・糖類など書かれているのは見たことがあるのではないだろうか。まぁ、ここまで書いてある酒は、もともと飲むに値しない酒(ザケと読む!)なので解説の必要は無いだろう。

 問題なのは、私が常日頃から推奨している純米酒の「米・米麹」である。まずは、米。*界*グループの本山、▲▲本家の場合など、米とは「米糠」のことである。米の規定が米粉を含むとはいえ、それを逆手にとってそれだけで造るとは…。米糠を糖化した液体を造り、それにほんの気持ちだけ麹を混ぜ、あとは酵素材で代用。それでも酒にはなるが、飲めたものではない…知らずに飲んでいる人はいるかもしれないが。にもかかわらず、あたかも地方蔵の手造りを装っている。また、米糠までは使わないにしても、「α化米」という米澱粉を蒸した状態と同じにしてあるものを使う蔵もある。確かに省力化にはなるが、「酒造り」で一番大切な部分「蒸し」を放棄してしまっては、ろくな酒など望めるはずも無い。表示にしても、果たしてそれは「米」と書いてよいものだろうか?良心があるのなら、「α化米」とか「米糠」ときちっと書いてほしいものである。

 続いて、米麹。最近は、資金不足=人手不足で、杜氏を雇い入れないで、社員や社長が造る蔵も増えている。それでも、一生懸命、それこそ寝る時間が無いほどに麹造りに邁進する蔵元もある。ただ、消費者や酒屋をなめきった蔵元は、「どうせわかりゃしないだろう…」ということで、「乾燥麹」というやつを使う。これは外米に麹菌を繁殖させたものを買い入れるのである(ブロック米というらしい)。これとα化米を使っても表示上は純米酒、つまり、米・米麹である。一麹、二もと、三造り(モロミ)なんて言葉は、過去の遺物と言わんばかりだ。

 新聞に、何のイベントなのか知らないが、外国の方を招いて、造りの真似事をさせている記事が載っていた。宣伝するのは構わないが、乾燥麹を使った造りが日本酒造りなどと勘違いされては、まじめに造っている蔵元やそれを応援する酒屋が迷惑するのである。

 本醸造でもこんなことがある。注意すべきは四段以上の仕込み。アルコール添加量は米の総量によって決まるが、四段目に多くの場合使う「米糠」も米とされるから、米の総量に対してのパーセントは守っても、添加量としては普通酒並にしてあるなんてこともある。

 また、製造元の表示も全て信じていいものではない。某所某蔵で造っていると思ったら大間違いである。どこかの蔵元に造ってもらって、瓶に詰める作業だけはここの蔵。これで、現行表示基準ではまかり通ってしまう。地酒を飲んでるつもりが、どこの酒かわかったものじゃない。これが、いちばん雪印食品の行為に似ているかもしれない。

 これらは、いずれにしても、飲む人が飲めば判るものである。(他の蔵が造ったものに関しては比較が必要だが)判らなければ、酒屋に聞けば良い。判らない酒屋なら行かなきゃ良い。

 厳密さを追求すれば、お米の産地も明記してもらいたいものである。そして、輸送がきくとはいえ、やはり地酒と言うからには、地元の米と水で造って頂きたい。

 また、お米や松葉蟹のような顕著な例でもおわかりのように、本質を確かめない無意味な銘柄信仰は、このような落とし穴にひっかかり易いものだ。



立ち上がれ「鳥取県人」!

 不景気、不景気で昨年は明け暮れた。そんなあおりで数々の会社が倒産の憂き目に会ったが、地元で印象的だったのが、アパレル業界の下請工場の倒産であった。新聞によると、生産コストを抑えるために生産拠点を中国などの海外生産に切り替えるため、人件費の高い国内の下請工場は不要になったとのことであった。地元では多くの失業者を出すこととなった。これこそ、私がずっと言い続けていた事の顕著な表れである。

 「安いもの安いもの!」と追いかける気持ちはよくわかるが、その安いものが誰も泣かない物ならば、全く問題ない。例えば、もともと生産コストが馬鹿に安いのにもかかわらず高価であったものなどは、安くなっても良いと思う。たしか、私が喫茶店の店長候補として働いていた頃はコーヒーの原価は「30円」で、売値は「300円」であったように記憶する。私の技術力など無いに等しかったし、時給が高かった訳でもないから、これはスターバックスにやられてあたりまえかもしれない。こんな場合を除き、あまりに安いものを求める行動は、回りまわって自分の足元まですくわれかねないと言う事である。「情けは…」ではなく「安さは人のためならず、ましてや自分のためにもならず」ってところでしょうかね。


 そんな中のパッとしないお歳暮商戦でふと気がついたことがあった。自分に対してでもあり、お客様に対してでもあることだ。

 普通のお酒って何?特別なお酒って何?
 当店のスタンスとしては普通のお酒が純米酒で価格帯としては2000円から3000円位。それが普通のお酒として考えていたはずなのに、当店のギフト商品(ギフトといえば一般的には特別なお酒ですよね)のラインナップをあらためてみて見ると、そんな普通のお酒の詰め合わせ商品ばかり。つまり、自分の中でも「普通、普通」と言っておきながらどこか特別視していた事になる。これは、矛盾なのか?一方、自己弁護として、普通のお酒として、受け入れられるための下準備でもあるんじゃないの?との言葉も脳裏をよぎる。

 こんな半端な考えだからだろうか、年末年始のお酒として「地元のお客様」が買っていかれるのは、まさに当店がいつも普通のお酒と言っている商品、つまり純米や純米吟醸である。何時になったら普段飲むお酒であると認識してもらえるのだろうか?どうすれば日常のお酒として受け入れられるのだろうか。この時期買っていかれたお客様のほとんどは「あれ、この間のお酒、美味しかったよ。」と言ってくださる。ならば何故、いつも買ってくれないのか?いつも美味しい方が良いに決まってるのに。

 昨年の冬のギフトの前くらいから、インターネットでの純米酒の販売をしているが、そちらの方のお客様は普段のお酒として「純米や純米吟醸」をお買いになる。何がこの差を生むのだろうか?地元の人より鷹勇や日置桜の事にお詳しい方がたくさんいらっしゃる。情報化社会なんて言っているが、道路と同様鳥取県には情報の道もついていないのだろうか。


 ホームページをみている人はこの鳥取県に何人いるのだろうか。本屋さんで情報誌を買う人は何人いるのだろうか。昨年末の[別冊オレンジページ」「日本の大吟醸100」に当店が紹介された事にたいして、反応があったのは県外の方ばかり。一体どうなってるのだろうか?「県内の本屋さんは本が売れなくて大変だなぁ」なんて余計な事まで心配してしまう。ひょっとして、鳥取県は文盲率が30%を超えてたりして…。

 そういえば、倉吉の図書館には本がめちゃめちゃ少ないのに、多くの人が沢山の本があるといっている。とすれば、こんなことを一生懸命書いていても意味が無いってことになるな。なんかバカバカしくなってきた。今回はこれでやめよっと。
共通言語

 9月9日は、定休日を利用して広島県竹原市の『竹鶴酒造』の「呑み切り会」に出席した。今更説明するまでも無いが、(と、思うのは私の勝手な思い込みですかね?)呑み切りとは、もともと貯蔵タンクにある酒取り出し口の栓を開けるという意味で、かつて木桶を使用していた頃からのなごりでその酒取り出し口を『呑み』と言い、その呑みを開ける(口を切る)ことから『呑みきり』と言うようになった。栓を開け、酒を取り出すのは「熟成の度合い」や、異常が無いかを調べるのが目的。一般に春と夏以降に行なわれる。目的でわかる通り、普通この作業に参加するのは、蔵の人間と先生方だけであるが、竹鶴酒造はその門戸を業界に携わる人にまで広げている。『呑み切り』…これでひとつ、皆さんとの共通言語が増えたかな?

 そもそも、業界用語はどこの世界にも存在するもので、その業界が世間の人から注目されたり、興味をもたれたりすれば、その言葉は一般に広く知れ渡る。しかし、日本酒業界の言葉はなかなか浸透していかない。ワイン業界の言葉も浸透しにくいかもしれないが、外国語でありながら知ろうとする人、使ってみようと試みる人はかなりいる様に見受けられる。使うだけでどこか格好良いからかも知れない。

 この夏に出版された『純米酒のすすめ』にも簡単な用語集を及ばずながら私が執筆してみた。先生方に見せるのが恐ろしいような解説だが、取っ掛りとしては、大きな間違いは存在しないと自負している。まだ、読んでいない方は是非ご一読願いたい。ただし、感じ方が違えば違う表現になるのは当たり前なので、自分がどう感じたかを持てる語彙を総動員して業界に詳しい人にぶつけてみるのがよい。そうすると、自分の表現した言葉が業界用語のどれに当てはまるか、微調整(「微」でない場合も多くあるのでご安心?下さい)して、返してくれる事が多いので徐々に覚える事ができる。私も随分と頓珍漢なことを言っては修正してもらったものだ。今でもよく修正されるが…。

 殊、きき酒の現場ではこの業界用語は重宝するものである。数多くのサンプルを前にする時、それらは略語としての役割も果たしてくれるのである。また、自分と蔵元さん、先生方(酒造関係)とを繋ぐ大切な共通言語となる。ある程度慣れてくれば(認められるようになると)自分の使った共通言語が他者と共通でない場合でも、今度は先生方や蔵元さんが歩み寄ってくれ、「そんな事もあるかな?」ともう一度確かめたりもしてもらえる。中には、「お前でなければわからない事」「この香りについてはお前が敏感」などと言ってもらえることもある。パーフェクトにわかる達人は存在しないのだから、共通言語を駆使することにより、土俵を同じにして、自己表現することも可能なのである。

 今回の呑み切り、初めて妻を同行させたが、一番身近な存在であるはずの人間と、共通言語がなかったのに少々がっくりきた事も付け加えておこうかな…。「きき酒用紙」にびっしりと書き込んだ各酒に対する私の評価に比べて、彼女の評価欄の空白がめだった。初めてだから仕方がないと言えばそうなのだが、日常、やはり業界用語でしゃべる事がないからからだろうな。これも、一種のコミュニケーション不足だろうと、反省しきりだ。

 話は変わるが、私もどうも苦手な業界用語がある。「ナントカ酸ナントカ」の香りが強すぎて感心しないなどと言われてもピンとこない。そもそもナントカ酸ナントカとしか聞こえていないくらいだから、さっぱりわかるわけがない。これは、業界人としてかなりコンプレックスとなっていた。先生方や、先輩業界人、蔵元さんが最新(?)の酒造技術を説明する時度々このナントカカントカが飛び交うのだ。この言葉、説明を聞けば聞くほどわけがわからなかったし、同じような名前で全く違う物を指すのだから余計にわからない。文科系の脳味噌をうらんだりもする。そうした時、インターネットで知り合った人からよい本を紹介された。(ではなく、只で送ってくれた!)その救いの手の書籍名は「なるほど!吟醸酒づくり」(大内弘造著;技報堂出版)。協和発酵(ゲッ!あの眠らない蔵の社長が以前勤めていた会社だぁ)の技術顧問の先生がお書きになった本である。杜氏さんたちとの対談形式になっており、文科系の頭にもわかりやすいようになっている。なかでも登場する杜氏さん達が「ちょっと、お馬鹿さん風」なのがレベルが合って丁度よい。私がもう一度確認したいような事を、読み返す手間なく、彼らが絶妙のタイミングで質問しなおしてくれるあたり、実に手が込んでいる。この本の本筋は、「鑑評会用の大吟醸酒を最近の傾向にあわせて造るにはどうしたらよいか」という、私の大嫌いな本筋ではあるが(この本、実は以前から知っていたのだが、この本筋のせいでお金を出してまで買う事ないだろうと思っていたのだが、くれるとあれば読んでみようと…)用語を理解するための本として利用するならば、おすすめです。

 カプロン酸エチル、酢酸イソアミル、ピルビン酸、不飽和脂肪酸、86(ハチロク)酵母、イソアミルアルコールなど、ピンとこなかった方、一読あれ。

 前述したが、妻を出張に同行するのは初めてで、当然、蔵の人達、業界関係者も私のそんな姿を見るのは初めて。みんな口々に「ついに、監視が必要になったのか?」と聞いてきた。そして、二次会の席などでは「今日はおとなしいね」「調子悪いの?」「なんか違うよね、去年と」などと、含みを持たせた言葉を言いに来る。どうも、このたびの呑みきりでは「要監視の人物、山枡俊二」「監視がつくと本領を発揮しない」というのが共通言語になったようだ。…余計なお世話だ。
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ここは、「場末」さぁ

 スコットランドでパブの閉店に対して、「近隣住民の憩いの場であるので、閉鎖しないように」という裁判所からの命令が下りた。それに対して、パブのオーナーは、客数が減っているので経営的に苦しいから廃止するのであって、それほど多くの来客数があるわけではないと言っているという。

 以前、近所の酒屋さんが閉店しました。そこで買っていた近所の人達は、口々にこう言っていました。「本当に、近所の酒屋さんが無くなって不便になったよ」と。

 しかし、ここで考えさせられるのは、不便だと言う彼らがそこの店に行かないから閉店せざるを得なくなったのではないのか、という事。
 廃品回収、運動会の寄附、各種行事のお手伝い、留守だと分かっている家庭への贈答品配達など、DSやコンビニでは引き受けない仕事、手間ばかりかかり利が薄い仕事は近所の酒屋さんに?
 日常の買い物はDSでまとめ買いか少量の買い物はコンビニで。普段は知らぬ顔を決め込み、都合の良い時だけ使う。しかも利幅は随分と押さえつけて。DSのおかげで、随分と消費者は勘違いしているようだ。「お酒の値段なんてあってないようなもの」だと…。
 確かに、かの酒屋さんはおいしい目もしてきた事は知っている。
 だけどそんなものとっくの昔に吐き出している。そう、サービスには資本がかかるってことを理解してやらねばなるまい。

 かつて巷には「たちきゅう」という名の酒屋の中の立ち飲みスペースがどこにでも見られた。そんな酒場が身近にあった。そこは、労働者の一日の疲れと、一杯の喜びに満ち溢れていた。
労働者の賃金は上がり、そんな店では飲まなくなった。スコットランドとは違い惜しまれもしなかった。(一部のアルコール中毒患者を除き)
 近年、不況とともに「たちきゅう」が復活してきてはいるが、それも時流に流されて、いつかは朽ち果てた時代遅れの看板だけが残されることだろう。これもご都合よく振り回された残骸だ。

 私の店は近所の人たちにとって便利でも何でもない店のように自己診断できる。そして、他人やニセ経営コンサルタントは言うだろう、あなたの店は消費者ニーズをわかっていない、と。だが、そんなうちの店でも都合よく使おうとする人たちの中で商売しなければならない。少しずつ嫌気がさしている。いっそこの地を去ろうか・・・。

 そんな時、近所の人達はまたどこかの酒屋さんに行って同じ言葉を繰り返すだろう。

 だが待てよ、彼らはその時はこう言うのかな。
 「日本酒や焼酎を送料無しで買える店がなくなったよ。別に不便じゃないけどね」


発禁!大放言炸裂!

 全国新酒鑑評会も終わりましたね。もう私はあまり興味がないので、その結果については各自インターネットなどでお調べください。興味がないというのは酒に興味がないのではなく、所詮自分の口に入ることのない酒はどうでもよいということですが。

 鑑評会はあっても無くてもよいのですが、つまり反対論者ではないのですが、受賞した蔵の中にはそれを全く関係の無いところで誇張して宣伝するものがあるのが鼻につきますね。

 何を指すのかはおわかりですか?

 「金賞受賞蔵」っていうやつですよ。金賞受賞酒の中には普段そんな酒は一切造ってないのに、この鑑評会だけのために極少量製造してくる蔵があります。受賞するだけの技術は、一般酒には全く反映していない蔵があります。こういう蔵に関しては、鑑評会サイドから考えても、レッドカードでしょう。幸い、鳥取県には上記のような蔵はない(と、思う)のですが、程度の差こそあれ「?」と思う蔵があります。ひとつは、「金賞受賞蔵」なんてのぼりを立てる蔵。もうひとつは、自社製品でもない酒に自社のレッテルを貼って、「金賞受賞蔵」なんてハンコを押す蔵。

 この二つは、実に妙なところで一致する点があります。それは、一般小売店の敵であること!(わぁー、言っちゃた)仮に前者をX社、後者をY社としますね。

 X社は小売店には酒の知識などない、もしくはあっても取るに足らないものだと思っているらしく、小売店を配送業のみの役割だと決め付けています。ですから、X社は小売店に味の評価を求めることはありません。もっぱら、蔵の中という一種独特な雰囲気で、旅行中という日常とはかけ離れた状態の観光客の評価ばかり気にしています。疲れている観光客が「甘い酒」を飲んでおいしいという事位も客観的に理解できないのでしょう。また疲れていれば味覚が鈍くなり、味の濃いものにしか反応しなくなることも忘れ、原酒ばかり製造販売しています。X社の敷地では今現在、コンビニエンスストアができようとしている。小売部門の敷地ならまだしも、製造部門の敷地にである。製造部門ならもっと他にお金をかけるところがあるはずだ。甑は今のままでいいのか?ボイラーは古くなっていないか?杜氏の給料はそれでいいのか?

 製造部門のすぐ近くに車が排気ガスを出して駐車して気にならないのか?コンビニの周りがゴミで汚染されることを知らないのか?自社製品など売れないのは承知の上か?

 自分の会社だけが(どんな形であろうとも)存続することだけが至上の命題か?伝統と誇りはどこに行った。文化の担い手としての酒蔵の役割をそんなにあっさりと捨てていいのか?

 Y社。自社製品を売るより、ビールや他社の製品を売るのは問屋業務が中心だからだとでも言うのだろうか。売れないのはわかるけれど、売れるような酒を造る努力はしなくていいのだろうか?

 ディスカウントを経営するのは別にかまわない。だが、小売店を騙して、ディスカウントにさせておいて、店主をクビにして放り出すのはいかがなものか。真相は違うかもしれないが、そうにしか見えない。

 かつてはY社と取引があった店の店主が亡くなったからといって、その店が営業を止めるようなことを言って、自社の小売部門にセールスさせるとはどういうことか!その店は直接取引きを止めただけで、Y社の製品は別の問屋からひいていると聞く。そして、まだそのお店は番頭さんと奥さんが切り盛りし営業している。

 数年前は、不渡りを出した酒屋さんの得意先を奪うの為に、噂の段階で、その店の得意先に言って回り、自分の蔵の小売部門を売り込んでいたという。

 確かに商売は食うか食われるか、かもしれない。でもそんな非人道的な経営者のいる蔵から、血の通った人間を感動させられる酒が生まれてくるわけがない。

 「金賞受賞蔵」に騙されるな…。今年受賞した蔵ではありませんがね。


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ちょっと、えらいことですよ!

 この度、「酒類における有機等の表示基準」を調べるために、平成12年12月4日に国税庁第一会議室で開かれた「中央酒類審議会」の議事録を読んでいた。その中で、聞き捨てならないこと、絶対消費者に公開すべきことが含まれていたので、多少の解説を含め、紹介する。

 会議の途中の今井委員の発言から・・・

今井委員 (前略)

 それがら次に、酒類をなぜ除いたのかなともう一つ考えられるのは、他の物に比べてアルコールが入っているということで、使っている容器によって、その容器から出てくる、例えばビスフェノールAみたいな有害物質の抽出が中に入ってしまうということがあると思うんです。

 ですから、例えば日本酒なんか見ているとわかるけれども、ワンカップにしてもガラス瓶にしていますよね。そういうのはきちっと考えているところは考えているなと言うことでわかるんですが、これが紙パックの内側がビニールコーティングだったりしますと、ビスフェノールだの、ノニフェノールだの、そういったいわゆる今、環境ホルモンと言われている外因性内分泌かく乱化学物質が抽出される原因になりますので、それは缶詰の内側なんかにも張ってありますよね。

 昔は缶詰がスズが出てくるとよくないと言うふうに言われて、じゃあといってコーティングしたら、そのコーティングの、いわゆるプラスチック、ビニール製品が今、環境ホルモン問題として言われていますので、それが水に抽出する能力とアルコールで抽出する能力だとアルコールのほうがずっと大きいわけですから、その辺も問題になるんじゃないかと思います。

    (後略)

――――――――この質問に答えて

吉澤委員 (前略)

 同じような問題として、例えば先ほどお話になられました塩化ビフェノールの問題に関しましては、確かにおっしゃるとおり対策のしようが現状ではない。ですから、例えば出荷したものを、どのくらい置いたらどのくらい出てくるかというのは、これはちょっと量りようがないものですから、現状ではほかのそういった農水産物の食品と同じように、容器に入ったものについてはそれ以上のことはちょっとできかねるということだろうと思いますが、よろしゅうございましょうか。

――この話題はこれ以降出てこない

 おい、おいって感じじゃありません?

 なにが「よろしゅうございましょうか」だよ!いいわけないじゃない!!こんなことしっかり情報公開してもらわないと、消費者にとってはもちろんのこと、我々販売する側でも知ってなきゃ困ることなんだよ。それに、そんなことがわかっているんだったら、即刻、ビニールコーティングの紙パックの製造は中止させるべきじゃないのか。

 おまけに、吉澤委員さん、不勉強にも程があるよ。塩化ビフェノールだって?それ(ポリ塩化ビフェノール)はPCBのことだよ。日本では1972年に製造が禁止されているものですよ。

 パックの日本酒、焼酎にしても中身があまり品質の高いものでないことはこれまでも言ってきたが、環境ホルモンが抽出されるとあれば、なおのことお客様にすすめるわけにはいかない。

 ビスフェノールAを製造している側のホームページを見ると、水に対しての溶解性はきわめて低く、安全のように書かれていたが、ことアルコールに関しては何の記述もみられなかった。これでは安心できない。ビニールコーティングしてあれば再生紙として利用できないばかりか、ゴミとして処理すればダイオキシンが発生する。とにもかくにも、「内側ビニールコーティングの紙パックは危険」である。

 ビスフェノールA;ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂製品の原材料。日本では年間25万トン生産されている。
 この物質は女性ホルモンであるエストロゲンと類似の作用を及ぼすとされ、ヒトに対しては乳がんなどの発ガン性が報告されている。

 ノニフェノール;業務用洗剤に含まれる界面活性剤ニノフェノールエトキシレートの分解段階でできる化学物質。またプラスチックなどの可塑剤などとしても使用され、日本の94年における生産量は2万トンと推定される。この物質はエストロジェン類似作用を持つとされ、多摩川などの鯉のメス化の主原因ともみられている。

 環境ホルモン;98年5月の環境庁の定義によると「動物の体内に取り込まれた場合に、本来、その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える外因性の物質」のこと。ダイオキシンもこれに含まれる。

ポリ塩化ビフェノール(PCB);日本では72年に製造が禁止されている外因性内分泌かく乱物質。

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自動販売機は、開店している時にしか使えませんよ〜〜

 子供の頃、妙に正義感が強くて損をした経験がないだろうか?自分が不利になることも恐れずに、大義名分のあるほうに賛成してしまい自分の行動範囲を狭め、息苦しくなったことないだろうか。今から考えると、大義名分に惑わされ自分の信念までも曲げていたように思う。信念を貫くための方法論は時に変化があって当たり前だといことを知らなかったのだ。坂本竜馬が信念を貫くためにとった方法は様々に変化したように記憶している。あのころ坂本竜馬の伝記、歴史的事実を学んでいたら…。

 今、酒販業界では「自動販売機自主撤廃」の動きが活発だ。

 そもそも、何故そんなことが必要なのか?それは、未成年者の飲酒を取り締まるため。未成年に酒を売らないという事と、自動販売機撤廃は本当に意味のあることとして繋がるのだろうか。ある統計によると、未成年者が酒類を手に入れる方法の大半は家庭の冷蔵庫なのだそうだ。コンビニなどがついで多いようだが、自動販売機での購買は極わずからしい。未成年の購入心理を考えても、敢えてリスクを犯して自分で買いに行くことは少ないのは納得できる。
 また、たとえ自動販売機で購入しようとしたにしても、街灯のないような裏道で店頭を機械が覆っているような店を選ぶだろう。最近はそんな店、どんどん廃業している。

 では、何故この業界が「自動販売機自主撤廃」などという事を言い出したのか。それには次のような経緯があったように思う。

 ディスカウント(以下DS)の不当(?)廉売、酒販免許の緩和を何とかしてもらおうと、組合が交換条件のような形で提案したものだった。何が交換条件かといえば、組合は以前から組合賦課金と同時に政治献金を徴収し政治家に渡していたのである。(私は、自分の支持しない政党や個人には献金する気はないのでその分は払っていない)政治家は政治家で献金をもらいそして選挙で票を稼ぐために何か実績を作ろうとする。選挙の声が聞こえてくればなおのことである。

 しかし、この「私達はこんなに良い事をしているのですからいじめないで下さい」的、幼稚な発想はどこからくるのだろう??

 かつて、酒屋さんはお酒さえあれば売れる時代があったらしい。…私は知らない…競合する相手も無く、自助努力など必要が無かった。あるとすれば、ご近所付き合いで頭悪いにもかかわらず町の役員になってみたり、段取りが悪いにもかかわらず世話係になってみたり。商売は何でも人情で解決できると思い込んでしまったようだ。だから、専門家としての自己研鑽を怠り、酒屋でありながら酒のことなど全く知らず、内容もわからない商品を平気で売りさばく。儲かると言われた商品を、それが人間にとって害になろうがどうなろうがそんなことお構いなしで売りさばく。結果、そんな商品はDSに目をつけられ、根こそぎお客様を持っていかれてしまった。信じていた人情だけの商売が崩れさったにもかかわらずまだそこだけに固執しようとするから、今回の問題でも「他人に頼る」ことしか考え付かないのである。「売れなくなったのは近所の人が悪い、政府が悪い…」自分で解決するという発想さえも忘れてしまったかのように。

 自動販売機は確かに未成年が酒を買う可能性はある。どこで売っていても可能性は否定できない。監視が必要なのはどんな場所でも同じことなのだ。だから、店に入ると奥のほうから店番が出てくるようでは、自動販売機の監視はできない。こんな酒屋が自動販売機を撤廃すことには賛成する。強制撤廃されても仕方が無いとも思う。
 ただ、監視ができる状態で、自動販売機の撤廃をする構えそのものが、すでに監視の手を緩めていると思えるのである。

 自動販売機での利益はそんなに無い。しかし、わずかでもあれば、それを撤廃してまで自分で自分の首を締めるのは滑稽に思える。

 自動販売機撤廃を大義名分化することで安心し、未成年者監視の信念を忘れてはならない。

 当店は、今後、現在使用している自動販売機が御釈迦になるまで撤廃しないつもりだ。
 当店の自動販売機は、自分たちが監視できる時間、つまり開店から閉店の時間までしか動いていない。

 自動販売機での販売は「手抜き」と取られるが、当店の場合「マニアな酒屋の一般の人達にむけてのささやかなケア」だと思っている。
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酒は働きの者へのご褒美

 16歳の少女は飲酒のうえバイクを運転、ハンドル操作を誤って転倒死亡した。この事件で書類送検されたのは、少女に酒を販売したコンビニの店員とその経営者だった。この酒ありコンビニは酒類小売免許が剥奪されることとなるだろう。

 ご存知だろうか?未成年者飲酒禁止法。大正の時代からあった法律だが昨年12月に改正され罰則規定が強化された。未成年者に酒を販売供与したものは、50万円以下の罰金に科せられ、罰金を科せられた販売業者は酒類小売免許を取り消されることとなったのだ。
未成年者の犯罪が凶悪化しかつ増加している事実からすれば予防策としては有効な手立てかもしれないが、こんな対処療法で間に合うのか疑問が残る。

 我々が若い頃を思い出してみよう。酒を買ったり飲んだりすることに罪悪感があったと思うのだが、いかがかな?それに、若者が購買意識を持つような酒があったかな?近所の小うるさいおっさんがいなかったかな?

 酒を飲むのは盆暮れくらいで、しかも親戚や親に勧められて飲んだもの(これでも大正時代からある法律に違反しているが)である。自分で勝手に飲むなんてことは相当な悪か、かなりの研究家だと思っていた。今は、主に母親だが、チュウボウをつれてきて選ばせている。そんな母親の手にあるのは「ホカ弁」。
 酒も、「タコハイ」があったくらいで、あとはハイボールくらいの情報しかなかったように記憶する。ところが、今は「お子ちゃま向飲料」の何と多いことか。チューハイ系缶入り飲料しかり、カクテル系瓶およびペット入り飲料、擬似ビール飲料がカラフルなデザイン(幼稚なデザイン)で氾濫している。ターゲットはどう見ても精神年齢の低い人間だ。メーカーに責任の一端はあるかもしれないが、そんな幼稚な品を手にする成人がいることはこの国全体の衰退を意味するのではあるまいか。
  近所にはうるさいおやじやおばはんがいて、だれそれさんちの子供は酒買って飲んでたと噂をされたもんだ。その場で叱ってもいた。

 大人が、手本になるような酒を飲み、酒を飲むことの本当の楽しさを、つまり酔うためではなく、食卓の彩りを楽しむ大人の特権として伝える必要がある。
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